第34話 僕のたった”一人”の家族

※久しぶりに出てくるので登場人物紹介。

宮本美桜 ヒカルのクラスメイト。クソ可愛い子。ビッチ。

寺島綾乃 ヒカルのクラスメイト。美桜の親友。こわいヤンキー娘。

月野木玲香 ヒカルの元家のお隣さん。女教師。美人。





太平洋上を彷徨うNOAHと呼ばれる二人しか住んでいない人工の島。

その人工島の森林の中央にはぽっかりと穴が空いたように複数の施設が存在する。

一つはヒカル、ソーフィヤの自宅。

そして世界中に現存していたすべての本が集められている図書館や、全ての娯楽を集めた娯楽施設など。


そしてヒカルとソーフィヤの自宅から30mも離れていない場所にそれはあった。


一言で表すならばそれは”一切窓のない白いビル”であった。


白いビルの3階、ある部屋。


そこは真っ白な壁が四方を包み、一般の人が見れば無機質と言われるような部屋であった。


そこはソーフィヤが作りだした研究室の一つ。


その部屋の後方に、2つの椅子、そしてその椅子を囲むように四角い大きなテーブルが存在しており、その上に様々な資材と機材が置かれている。


そしてその部屋からもう少し奥に進むと、そこには数え切れないケージがあり、その中には、UEによって変化した様々な動物が飼育されていて、部屋の中を小動物の鳴き声が満たしている。


「……」


小動物、ラットを代表する生物たちが飼育されている部屋。

そのゲージの前にソーフィヤはいた。


身にまとうは白衣。赤いフレームのメガネをかけ、輝く髪を後ろで結って彼女はケージを観察していた。


「Dの23番、反応なしか……」


彼女は、結果を手に持っていたノートに書き込みその部屋から踵を返した。


元の四角い中央の開いたテーブルのある部屋に戻ると、彼女はまずアルコールで手指を消毒し、四角いテーブルの一部を持ち上げた。この四角いテーブルはこのようにして、中に入れるようになっているのだ。


その空間の中央には、大きな椅子が2つ。

その一つには一人の少年が座っていた。


「ヒカル、ただいまぁ」


少年は彼女の言葉に「あー」と返事を返した。

その視線はソーフィヤを見ておらず、虚空を向いている。


少年の名前は、佐藤光。”生物の心の声を聞く”という超能力を持って生まれ、人類が滅ぶと同時に、一人地球で生き残った少年。


そして宇宙飛行士であった彼女、ソーフィヤ・イリイニチナ・ラズドゥホヴァを、宇宙から帰還させてくれた恩人。そして彼女にとって何よりも大切な愛しい人である。


もっとも今ではその見る影もないが。

ヒカルは、ソーフィヤによって寄生分裂体を頭に埋め込まれ、数十年間、この状態である。だが、その身は一切の苦痛を感じておらず、むしろ今現在も快楽物質が脳で強制的に注がれている。ヒカルはソーフィヤよって文字通り身体のすべてを支配されていた。



ソーフィヤはヒカルにキスをした後、自分ももう一つの椅子に座り、テーブルに置いてあるPCで文字を打ち込んでいく。


研究。



それが二人の、いやソーフィヤの日常だった。

この世界は謎が尽きない。

何かを知るということは、身を守る術にもなる。


ソーフィヤが様々な分野の研究に打ち込んでいる中、ヒカルはずっと椅子に座りっぱなしだ。ヒカルを家に置いておくのを、ソーフィヤが嫌ったから結局ヒカルにも研究室に付いてきてもらっている。


(ヒカルが側にいてくれるだけで、やる気が何倍にもなる……)


ずっと目の届く範囲に、愛しい人がいるというものは幸せだ。

ソーフィヤはヒカルが側にいてくれるだけで心が安らぎ、何でもできる気分になった。


「ね、ヒカルもそう思うだろう?」


「あぁーだ、だー」


彼女は、そのうめき声をYESと受け取った。

彼をこんなにした罪悪感などない。

なぜならヒカルは今、世界中で1番幸せなのだから。

彼女にはそういう自負があった。


大丈夫、私はヒカルを幸せにしている。


これ以上の幸せなどこの世界のどこにもない。


「だからね、わたしはヒカルのためにも頑張るよ」


ヒカルの意志を考えないまま、彼女は研究に没頭していった。
















窓から見えるどこまでも広がる青空。

その青空の中を自由に燕が飛んでいた。


「いいなぁ」


佐藤光は、教室の1番窓側の席で肘をつけ、手のひらに顎を乗せながら呟いた。


「ひっちゃん、何言ってるの、授業に集中しないと……!」


隣の席の、宮本美桜が光に向かって小声でいった。

宮本さんは真面目だなあなんて言いながら、黒板に眼を向ける。


そこには、美しい金髪の先生が、生物学を教えていた。


「では、B細胞がインシュリンなら、A細胞は?はい、さっきまで空を見ていて黄昏れていたヒカルくん答えなさい」


げっ、光の内心を表すのはその一言だった。

隣では宮本美桜が「だから言わんこっちゃない」という顔をしていた。


A細胞、A細胞と頭をぐるぐる回すが、でてくるのは徹夜でしていたクリーチャーハンターというゲームの知識だけであった。


そして光が無言でいると。


「……ヒカルくんは、後で指導室来るように」


そう金髪の彼女、ソーフィヤ・イリイニチナ・ラズドゥホヴァ先生は言った。


ソーフィヤ・イリイニチナ・ラズドゥホヴァ。ヒカルの高校の生物の教諭だ。

ロシア人である彼女が、なぜ日本でしかも高校の教諭をやっているのかはわからないが、彼女はその美貌から生徒たちに絶大な人気を誇っていた。


輝くような艶のある金の髪。ロシア系の氷のような無表情な顔。

女性にしては高い身長であるが、その肢体はすらっとしなながらもきちんと出る箇所はでており、その魅力をスーツの上からでも醸し出していた。


放課後にくるように指導された光を、女生徒は可哀想にという視線と呆れたような視線を送るが、男子は一人残らず、むしろ「羨ましい……」という羨望の視線を光に送っていた。


(むむ、そうかよく考えたらソーフィヤ先生と指導室で二人っきり……約得じゃん……)


そんなバカなことを考えながら光は、その日を過ごしていった。










場面が変わる。











そこはビルの屋上だった。

街では、真っ昼間というのに車一つ走っていない。


当然だ。なぜなら”アイツラ”がそこら中にうようよしているのだから。


「ぜんっぜん減ってる様子ないわ」


寺島綾乃が、フェンス越しに下を見ながら呟いた。


ビルの屋上そこには複数の男女がいた。

男子一人に、残りは全員女性だ。


光、宮本美桜、その親友の寺島綾乃、月野木玲香、ソーフィヤ・イリイニチナ・ラズドゥホヴァ。計5名。


彼、彼女らはある日にして世界の崩壊を味わった。

その日は、至って普通の日だった。ただ唯一違ったのは、午前3時に日本海に隕石が落下したということだけ。


そしてアイツラが現れた。いや、アイツラになった。

普通の授業中、光たちのクラスメイトの一人が突然、発狂し周りの人間を襲い始めた。


そして襲われた人間は、そいつも発狂し周りの人間を襲い始めた。


まるでB級パニックホラーのような光景だった。


そして3日もたたずに、すべての国の政府が機能停止した。

それは軍、警察機関の停止を意味していた。


後でわかったのは、その日、世界中の人間が20人に一人の確率で突然アイツラになったそうだ。

離島だろうが、東京だろうが、反対側のブラジルであろうが。


そして軍の内部、政府のなかでも同じようなことがおきたとわかった。


隔離は意味がなかった。あまりに感染の速度が早すぎたのだ。

噛まれると、10秒もしないうちに普通の正常な人もアイツラになった。


アイツラになると、身体能力は倍増し、脳以外を狙っても奴らは再生した。

人間の数だけ増え続けるほぼ不死の軍団。


その脅威に人類はあっさり滅亡しかけている。


「怖いよ、光くん」


怖いと言いながらも、その音色は甘い。

言葉とともに宮本美桜が、光の右腕に抱きついてくる。

制服の上からでもわかる豊満な胸元が、ヒカルの右腕で形を変えた。


「あっ、コラ、駆け抜けしない!」


薄いシャツ一枚だけの月野木玲香という女が、美桜に対抗するように光の左腕に抱きつく。


その感触を感じて、光は赤面した。


「こら、光が嫌がってるじゃねえか!やめろよ!」


そい言いながらも寺島綾乃が、光の背中から二人に手を伸ばし、その肢体を光に押しるけるようにする。


「って言って、綾乃さんも触りたいだけなんでしょ」


ソーフィヤが、綾乃に小言を言いながら光の正面から抱きついてくる。

その手は光の胸元に置かれており、この中の誰よりも密着面が広かった。


(めちゃくちゃ不謹慎だけど、最高……)


光は、その感触に酔いしれながら今までのことを思い出していた。


アイツラが現れた日。

安全な場所を探して学校をでた光と、寺島綾乃、宮本美桜は、光の家に立て籠もった。そして、光の部屋のお隣さんである月野木玲香も合流し、数日が過ぎた。


そして食事を探しに慎重にコンビニにに行ったとき、彼女、ソーフィヤ・イリイニチナ・ラズドゥホヴァに出会った。


大手金融系の会社に勤めるロシア美女OLである。


彼女たちと”運良く”合流し、ソーフィヤの務めていたビルに立てこもる計画をし、今に至る。


このビルには、自家発電設備と小さな農園があり、屋上か5階に、人が住めるような居住スペースが有ることをソーフィヤに教えられて光たちはここに数時間前に到着した。


ここでなら、しばらくは安全そうだ。

この場所には光たち以外誰もいない。


怖いのは、アイツラだけじゃない、一番怖いのは人間だということを光は様々なドラマや映画で学んでいた。


安全。


そう思うと、どっと薄い赤色の感情がどこかから光の心に湧き出てきていた。


よく考えてみてほしい。

普通の男子高校生が、こんなに女性に囲まれ我慢できるであろうか。しかも不安をかき消すためなのか、身体をやけに密着させてくるのだ。


一度、ここが安全だとわかると、そりゃあ張り詰めていた意識が消え、別の欲求が来るわけで。


なんて言い訳をしている光の顔はいやらしくブサイクにニヤけていた。








場面が変わる。








「ブレスがくるっ!、ミオ避けろ!!」


「おっけーっ!」


そこは荒野だった。

あたりにあるのは、枯れかけている草と、降り注ぐ灼熱の太陽のひかりのみ。


そこに、彼らと一匹の巨大な生物がいた。


彼ら、一人の男と、女。

名前をヒカルとミオ。姓はない。

二人は共に貧しい村に生まれ、共にハンターを目指した幼馴染であった。


クリーチャーハンター。


この世界には様々なクリーチャーが存在する。

小さな二足歩行する犬から、天を翔ける巨大な竜まで。


人に害をなすクリーチャーを狩ることが彼らの仕事であった。


そして、今も彼らはクリーチャーと戦っていた。


「XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXッ!!!!!!!!!!」


彼らと対面するクリーチャー。

それは様々な生物が融合したクリーチャーだった。

熊の顔をもち、筋肉隆々な竜の身体、そして”3対”の腕と翼。


人六筋熊ベアード亜種。


優にその体躯は5mを超え、今、その口から青い光線がミオに向かって放たれる。


それはミオは間一髪よけ、素早い切り返しで持っていた六残刀と呼ばれる武器を構えベアードに突っ込んでいく。


だが、ベアードもそれに構え、右の3本の腕をミオに振り下ろす。


だが。


「俺たちの勝ちっだあああああああ」


ベアードの耳の直ぐ側からそれは聞こえてきていた。

ベアードは、首を回し視線の端でその姿を確認する。


そこには、巨大な剣を持った少年が飛んできていて、その剣をベアードの首に振りかざそうとしているところであった。


次の瞬間、ベアードの意識は途絶えた。





「よかったあ、これでギルド長に怒られないですむね」

「あのおっさん、怒りすぎだよ」


二人はベアードの死体を、地走屋と呼ばれる運び屋に乗せたあと、酒場に行き食事をとっていた。


無駄に強く臭いビール、そしてありったけの肉が、二人のテーブルの前に並んでいた。


二人のランクは、B。

あと、そろそろで達人と呼ばれるAに到達する。


(そしたら、そろそろしよう……)


プロポーズ。

その言葉がヒカルの脳裏に浮かんでいた。


幼馴染と一緒に都会にでてきて数年。

なんとか、やっていけている。


そして一年前に、やっとヒカルのほうから告白をし二人は恋人同士になった。

ミオは「遅いよ、もう……」と涙ながらに告白を受け入れた。


そろそろ、身を固める時期なのかと、ヒカルは思った。


ここ最近、ミオが、部屋のテーブルのうえに”ザクシィ”と呼ばれる雑誌を置いていくのだ。

さすがにそこまでされては、言わんとしていることはわかる。


だから達人と呼ばれるAランクに上がればミオにプロポーズしようとヒカルは考えていた。


Aランクに上がれば、間違いなく金銭面で不安になることはない。

Bの今でも普通の人よりかは、いい暮らしをしているのだ。

Aに上がればなおさらだろう。


そしてAに上がってある程度お金を稼いだら、ハンターをやめて二人で喫茶店を開くのもいいかもしれない。


クリーチャーハンターなんて、クソみたいな仕事だ。

命の危険が隣り合わせ、いつ死んでもおかしくはない。


そんなことを考えると、横にいるミオが声をかけているのに気づいた。


「どうしたの?ぼーっとして」


「ううん、ごめん、なんでもないよ」


ミオは、それ聞いて「今日はもう帰ろっか、家で飲もうよ」と声をかけた。

どうやら心配させてしまったらしい。


と、次の瞬間、カンカンカンカンと大きな鐘の音が街中に響いた。


「「ッ」」


ミオと同じように、すぐに立ち上がる。


それは一つの現象を表す、鐘の音だった。


スタンピード。


何らかの理由で、街に様々なクリーチャーが襲ってくるという合図。

この鐘が鳴ると、ギルドに属しているハンターは眠っていようが、風呂に入っていようがすぐさま現場に駆けつけないといけない。


「ちっ、どこだ!!、クリーチャーの種類はっ!!」


酒場から外に出たヒカルは、大声で鐘のある塔に向かって叫ぶ。

だが、それに対する反応はなかった。


塔の上で、役人は失神していた。


「っ」


ヒカルが息を飲む。

一般の人間は、クリーチャーを見るだけでも失神してしまうことがあるのだ。


ソレ故にクリーチャーと呼ばれている。


「そんな、早すぎる……」


見える範囲に、奴らがいるということだ。

つまり、城壁のもう近くに奴らはいる。


「……ヒカル聞こえない?」


それは、ウルフ系のクリーチャーの鳴き声であった。

それがどこかから微かに聴こえる。


「上だっ!!」


誰かが言った。

そして衝撃とともに彼らは落ちてきた。


ダンッッッ


ウルフ系のクリーチャー、数百体。


それが城壁の外から街の中に飛んで降りてきた。

一言で表すならばそれであった。


街では悲鳴と、逃げ惑う人で溢れている。


ウルフ系のクリーチャーは数え切れないほどいる。


そしてクリーチャーたちの中央にそれはいた。


普通のウルフ系のクリーチャーとは毛色が違う。


黄金の毛、巨大な体躯、鋭い牙。

だというのに、彼女にはどこか気品が感じられた。


(あれっ、なんでメスって僕わかるんだ?)


わからない。



頭に鋭い痛みが走る。

彼女は、こちらを見ていた。


逃げ惑う人には目もくれず、彼女はじっとヒカルのほうを見ていた。


眼を眼が合う。


その瞳には、慈しむような感情すら感じられた。


その眼には見覚えが合った。

だが、彼女をみるのは、初めてのはずだ。


なにか大切なものを忘れていたような感覚がする。

とても大切だった何か。








「……サン」


ヒカルの脳内でぷちりと音がした。

それと同時に夢を見ていたヒカルの脳内に寄生していたソーフィヤの分裂体が破裂した。


どこかから「そんな、バカな、ありえない!」という甲高い女の声が聞こえる。

よく聞いたことのある声だ。その声は、珍しく大声で取り乱している。




「……」


涙がヒカルからこぼれ落ちた。




ここじゃない。


僕が生きていたのはこの世界じゃない。


ありがとう、全部思い出したよ、サン……。




もうこの世にいない僕のたった”一人”の家族。





世界が変わる。


白く染まっていく。








次に見えたのは、たくさんの機材が置かれた無機質な白い部屋だった。


そしてその中央、そこにはソーフィヤ・イリイニチナ・ラズドゥホヴァが目を見開いて僕を見ていた。





















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る