第8話 遭遇
起きたら目の前に毛玉があった。
さらさらもふもふの丸い毛玉。
というかサンなんだけど。
ちょうど僕の首でサンが寝ていた。
「あつい……」
犬は人間より体温が高いと言うがもはや体温というより発熱機だ。
普通の犬、前の世界の犬であったら心配していたところだがサンに関しては心配いらない。
今の僕はきっと獣医よりもサンの身体に詳しいだろう。
専門的なことはわからなくても”能力”がサンの身体の細胞一つ一つの動きまで伝えてくる。
これが今のサンにとって正常なのだ。
サンを持ち上げてベッドの横に置き起き上がる。
鶏のコケッコーという鳴き声が聞こえる。朝である。
「んー」
背を伸ばす。固まっていた筋肉がほぐされていく。
今日はゲームやセーブデータが入ったメモリーを取りに前の家に戻る日だ。
ついに念願の引きこもりゲーム生活が始まる。
うひょおおおおおおお。
そのためにはまず朝ごはんだ。僕は顔を洗いサンのご飯を皿に入れて自分のご飯をテーブルに出した。
味気ないご飯を食べ終え車に向かう。
サンも一応後ろから付いてきている。
車の横ドアを開けるとサンがジャンプして助手席の窓にもたれて器用に二本足でたった。よほど外の景色を見るのが好きらしい。
鍵を差し込みエンジンを動かす。
というわけでもとの我が家へ出発である。
家には数時間でついた。
サンは興味深そうにキョロキョロしている。
「ここは僕の家」
とはいってももう使うかはわからないが。
サンが腕に飛びかかってきた。
「うし、行くか」
もう何百回何千回と登った階段をひさしぶりに登る。
あ、やべなんか涙で出てきた。
ゆっくりゆっくり一歩ずつ懐かしい感触を噛み締め登っていく。
するとすぐに自分の部屋のドアについた。
鍵はしていない。
もし誰か知り合いが生きていて僕に何かを残していたらという希望があったからだ。
ドアを開ける。パット見出てきたときのままだった。
腕の中のサンが”部屋汚い”みたいな目をして僕を見た。
まあ見事なゴミ部屋ではある。
サンをとりあえず中に放し家を探った。
見なくてもどこに何があるのかわかるほど使った部屋だ。
すぐに中が何も変わっていないということに気づいた。
知り合いが生きていてなにかメッセージという希望は儚くも消えた。
テレビのそばに置いてあったゲーム機を手に取ってカバンに詰め込む。
携帯ゲームも一緒に。
あとソフトもあるだけカバンに入れる。
とそこで気づいた。
今ならほんとにゲームし放題じゃんと。
時間的な意味ではなく。ソフト的な意味で。
いつも行くDVD屋にはソフトも腐るほど置いてあるだろう。
きっとこれから誰にもしようされることのないゲーム達。
「……とりにいくか」
とりあえず先のことも決めておく。
そんな時”声”が聞こえてきた。
あっ。
聞き慣れた声だ。いつも聞いていた声。僕はそれを聞いて完璧に忘れていたことを思い出した。
”ミズ!ゴシュジンミズ!”
ベランダを開けるとそこにはあった。
バケツくらいの大きさの植木鉢に入った観葉植物。
ユッカ・エレファンティペス。
完璧に忘れていた。すまない。
ってあれ、ご主人?。
前のユッカ・エレファンティペスはミズホシイしか言わなかった。
少なくともご主人なんて概念はなかったはずだ。
とりあえずコップに水を入れてユッカ・エレファンティペスにかける。
”ありがとうご主人!!”
まただ。ユッカ・エレファンティペスに感謝する知能なんてものはないはずだ。
いや隕石が墜ちる前までは。
変わった。適応したのだ。UEに。
植物すら知能を持ち始めているのだろうか。
これがこのユッカちゃんだけに起こっている現象なのかはやく調べなければ。
とりあえず植木鉢を持って外に出て車に乗せる。
数分後。これでとるものは取り終わっただろう。
後は帰るだけだ。
サンは部屋の中で布団に潜って何故か荒ぶっている。
「サン!」
すると飛び込んできたのでそれを受け止める。
そして車に乗り込みエンジンをかけた。
いつものように景色が流れていく。数日前まで車のエンジンをかけたこともなかったのにもう慣れたものだ。
とはいっても元の世界のように車がいっぱいあったらすぐ事故るであろうが。
助手席にはサンとその下にはユッカちゃんがいる植木鉢がある。
ここらへんはいつも通っていた通学路だ。
薬局・病院・車屋・飲食店。いつもの道。
そしてもう少しすればあのカラオケが見えてくる。
起きたら世界が変わっていた場所。
そして宮本さんや寺島や健、みい子さんが死んだ場所。
いつの間にか車はカラオケの前に止まっていた。
助手席のサンが「ん?」とこちらを振り向く。
「少し待っといて」
どうやら伝わったらしい。サンは助手席で丸くなった。
車を降りる。
なぜここに止まったのか自分でもわからない。
僕の脚は力が入ってないにもかかわらずなにかに導かれるようにそこへ向かっていく。
008番室。
みんなが死んで。僕だけが目覚めた場所。
ゆっくりと歩いていき、少しずつ扉が近づいてくる。
「……」
さきほど、ここにきた理由がわからないと思ったが、おそらくきっと別れを言いに来たのだろう。
自分だけが生き残って家に逃げて。
大した別れも言えなかったから。
震える手でドアを外側に開ける。
「え」
それは信じられない光景だった。
ない。
ないないない。死体がない。
「え」
排泄物に濡れたソファはそこに死体があったことを示している。
部屋番号を見返す。008。まちがいないここだ。
「あ……え」
あれなんで気づかなかった。
あわててカウンターに行く。
そこにもなかった。死体が。
カウンターでは女子大生くらいの女の子が死んでいたのを覚えている。
廊下にも何体かあったはっずだ。
どういうことだ。
ゾワリと背筋が凍る。
奥。008室からさらに奥。
そこから何か音が聞こえる。
何かの足音。
コツ。コツ。
それがたくさん。
震える脚で近づいていく。
おいおい、B級ホラー展開はやめてくれよなんて思いながら。
一歩。一歩。奥に行くに連れて少しづつ外の光が入らなくなっていく。
そこにはいた。
たくさんの人が。
なんだこれ。たくさんの人の背中。
十人ほどいるだろうか。
店員らしき背中が見える。あの子だ。カウンターにいた女子大生っぽい人。
服装が同じだ。
間違いなく彼ら立っている。なんの支えもなしで直立している。
まるで幽鬼のようにフラフラしながら。
ただ全員壁の方を向いて表情が見えない。
ゾっと嫌な汗が流れる。
もうこの時、僕は気づいていた。
これがぜったいに普通ではないことに。
”声”、いつもなら聞こえるはずの人間の意志の声が聞こえない。
なにも。
眠っているときでさえ聞こえるははずのそれが聞こえない。
思わず後ずさってしまった。小さくない音が鳴る。
しまったと思ったときには遅かった。
一人がゆっくりと振り向いた。
それは奇妙な表情だった。
顔を横に傾け、口は半開き。
そして目は完全に人間ではなかった。
両方の目の位置には奇妙な見たことのない軟体のナメクジのような何かが飛び出ていた。
目が合う。いやもう何がなんだかわからん。
もうまじでB級ホラーやめてよ……。
僕も思わず口を半開きにして同じような表情を取った。
仲間と思ってもらえれば見逃してもらえる説。
あると思います。
目?のあった一人が息を吸い込んだ。
あーあ。
「キュエィユィィィィィッィィッッッっっっっっっっっっ!!」
ダメでした。
その声とも言えない奇妙な鳴き声はカラオケ中、いやたぶん周囲百メートルくらいかるく響いた。
一斉に壁に向いていた人たちが振り向く。
みんな同じだった。口は半開きで両目からなんか奇妙な軟体のぬめぬめしたのが飛び出ている。
僕は失禁した。
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