第9話 ”声”のフィルター

無我夢中でカラオケ内を走る。

後ろからはいくつもの足音が追いかけてくる。


なんだあれなんだあれなんだあれッ。


流石に世界がおかしくなったからと言ってあんなB級ホラーありだろうか。

後ろを走りながら振り向く。


謎の動く死体はものすごい表情でこちらを追っかけてきていた。

砂漠で水が湧き出るようなオアシスを見つけたときのような表情。


喜色。口を大きく開け、よだれを垂らしながら走る動く死体。

目の位置にいる肌色のなまこのような生物も狂喜乱舞しているようにに見える。


普通の人間の顔ならまだしもやつらの顔は、いや目は完全に化物だ。

あれでどうやって視界を認識しているのだろう。


そんな思考も刹那で流れる。


見るな。少しでも距離を稼ぐなら後ろを見ないで走るべきだ。

そう頭が判断する。


すると下半身に感じる嫌な不快感も何も感じなくなった。


走る。ただ走る。


するとすぐに出口が見えてきた。


「おいおいおい、嘘だろ」


カラオケには”死体”が数体向かってきていた。

さっきの叫び声はやはり仲間を呼ぶためのものだったらしい。

間違いなく後ろから追ってくるものと同じだ。


”動く死体”。周りの家を見てみるとそこからもぞくぞくと現れている。

こんなのどこに隠れていたんだ。

車にいく階段の前に2体の”動く死体”がいる。


僕は階段の前で飛び降りた。

それなりに高さがある。


「だがしかし!!」


地面につく瞬間に身体を前方向に回転させて衝撃を逃がす。

それなりに痛いが絶えれないほどでもない。


嘘、超痛いです。


昔パルクールを悪友の健につれられてかじったことがあったので土壇場でやってみたが失敗した。これなら普通にジャンプしたほうが良かったんじゃないだろうかってくらい痛い。


良い子は真似しちゃだめだぞ。


そう。逃げる一心のはずなのに、どこか僕の頭は冷静であった。

たぶん……僕はもう死んでいいとどこかで思っているのかもしれない。


そんなときキャンキャンと声が聞こえた。


サンだ。


車の中から飛はねて必死そうにこちらを見ている。


”一人にしないで”


”声”が伝えていた。


そうだな。まだサンのためにも僕は死ねない。

ならばどうする。車まで後数メートル。


車の近くに1体の動く死体。


少なくとも車に入るためにはあれをどうにかせねばならない。


どうする。まずあれはなんだ。ゾンビだ。

なぜ動ける。知らん。

なぜ能力が聞かない。知らん。ありえない。生物であれば僕の能力は間違いなく働く。


死体はともかく、目の位置にいるあのなまこのようなナメクジのようなのは間違いなく生物だ。


”声が聞こえない”。

生き物じゃない?いや違う。


「そういうことかよ!」


聞こえないんじゃない。意識的に聞いていなかったんだ。


この世にはどこにでも無数の虫や微生物がいる。

だが僕はその”声”を聞いていない。


なぜなら、あまりにその”声”の量が膨大すぎて意識的にシャットアウトしていたから。

フィルターがあるのだ。生物を区別する”声”のフィルター。


だから小さな虫や、微生物の声が聞こえない。


なら切ればいい。そのフィルターを。

ぷちんと頭の中で何かが切れる音がした。


瞬間、膨大な”声”の情報が僕の頭に入ってくる。

それにはあの死体の中から蠢くたくさんの声も聞こえてきていた。


鼻から液体が流れる。鼻血だ。


僕は車からこちらに向かってくる、動く死体に顔を向ける。

もう大丈夫だ。口が嫌でも釣り上がる。


僕は鼻血を出しながら笑っていた。


動く死体に近づく。


「右!、横!、左ッ!」


死体が伸ばした腕を軽やかに避ける。

最初から言っているのだ、どこにどう動くと。


避けれないはずがない。


そして死体が腕を伸ばしすぎてバランスを崩しかけた瞬間、死体の脚の関節を思いっきり蹴った。

ぐるんと脚が曲がり死体が倒れる。


「脅かしやがって、クソが」


ビビりながら頭を踏みつけ車のドアを開け中に入った。

サンが腕に飛び込んでくる。


「ふー」


暖かい。ほっとする。

張り詰めていた空気が溶けていく。


動く死体が車の回りに集まり始めていた。

やばい。一体一体はともかく、集まりすぎるとそこから動けなくなるかもしれない。


僕は急いでエンジンをかけてアクセルを踏み込んだ。








あの悪夢のカラオケから数キロすぎると周囲に”動く死体”は確認できなくなった。

”声”でわかる。ここらへんにアイツラはいない。


動ける範囲があるのか?。まだわからない。


ふーと背もたれに思いっきりもたれる。

サンは窓の外を見て警戒している。


「あれはなんだ、まじで」


動く死体。目の位置からはなぞの軟体生物がでている。

動く速さは普通の人間と変わらなかったと思う。


知性は……まだわからない。だが仲間を呼ぶ知能、習性があるのは確認済み。

そして一番の問題は人間を、僕を襲ってくる。


「あれは一体じゃなかったな」


少なくとも人間の死体に何かが取り付いている、寄生しているのはまちがいない。

しかも一つの体に百匹以上はいた。


外見からでは目から飛び出した奴らしかわからなかったが、身体の中からはうじゃうじゃ”声”が聞こえた。虫や微生物に近い生物なので最初、”声”が聞こえなかった。


今現時点で確認できたことは、まずアイツラ……。名前がないのは不便だな。

パラサイト、寄生虫。


そういう類の生物であることは間違いない。おそらくUEの影響で意味のわからない進化、変態をした生物。


いやだがあれはもはや共生ではない。

共生には基本的四種類あり、相利共生、片利共生、片害共生、寄生などがあるが、基本的、複数の生物が一つの体にいる状態のことを言ったはずだ。


ゴキブリに寄生するエメラルドゴキブリバチやカタツムリに寄生するロイコクロリディウムという有名な寄生虫にしろ、ある程度宿主が生きていないと困る筈だ。寄生された結果最終的に死ぬにしろ、最初から死体に寄生しているというわけではない。


少なくとも間違いなくあの人間の身体は死んでいる。

寄生されたのは隕石落下のあとだろう。ならば寄生と言っていいのであろうか。


「わかんね」


そういえばどことなくアイツラはロイコクロリディウムが寄生したカタツムリに似てる。目から出てくるとことかそっくりである。まあロイコクロリディウムは触覚に寄生するのだが。


やはり死体に寄生?し、それをまるで生きているように動かす生物というのは聞いたことがない気がする。


アイツラが隕石落下以前に僕たちの身体にいた何らかの寄生生物が進化したのであれば寄生虫と言ってもいいのだが、隕石落下後の死体に寄生した場合、どちらかというと寄生虫というよりはヤドカリとかに近いのだろうか。


「ううぇ、なんか気持ち悪くなってきた」


とりあえずなにわともあれ情報である。

情報がないから怖いのだ。


アイツラというのをやめてとりあえず名前を考える。

人が未知の存在を知ろうとする時名前を付けるとこから始めねばならないと思うからだ。

寄生虫、パライサイト、死体、コープス、寄生、巣、ネスト、ロイコクロリディウム。


さっきまで考えていた色々な単語が頭でくるくる回る。

ここにインターネット大先生があればラテン語でオシャレな感じにつけるのだが。


人間の死体に巣を作る生物。

ネスト・コープス・ワーム。


あれ、思いの外かっこいいのでは?。

略してコープスワーム。


とりあえず僕は仮名称としてあの人間の死体に寄生?するなぞの軟体生物をコープスワームと呼ぶことにした。


人は一番怖いと思うのは、知らないということだ。

知ってさえいれば予測、対策がたてられる。


そうやって人は進化していったのだから。


それにと僕は笑った。


今の僕にはそれにうってつけの力がある。

前までは“なんとなく生き物が考えていることがわかる“という力だけだったのが今は

“生物のDNAや記憶など構成する情報を完全に解析する“力が加わっている。


隣にいるサンを撫でる。


するとサンの臓器の働きや、脳細胞の動き、サンが今感じている感覚まで伝わってくる。案外嬉しいらしい。


「よし、というわけで捕まえて調べるか」


決行は明日。何体か捕まえて調べよう

今日はもう暗くなる。


さすがに危ないだろう。それにとサンを撫でる手を止める。

サンがいる状態で危険なことはしたくない。


「夜、家に特攻してきたらどうしよう……」


さすがに怖い。まあ今はコープスワームの”声”も聞こえるので大丈夫だと思うが。

今日は能力使いながら寝よう……。







『今日の日記

やばいのが現れた、B級ホラー並の展開。

元の家にゲームを取りに向かった。元の家でゲームを取って、忘れていたユッカも車に載せた。その帰り道、カラオケでアイツラに遭遇した。コープスワーム(名前つけた、かっこよくね?)。人間の死体に巣を作る寄生虫的な生物。死体が襲ってきたので逃げた。死ぬかと思った、まじで』









ピピピと目覚ましが鳴る。

時刻は七時半。僕はぱっちりと目を開けた。


学校に行くときは比べ物にならないほど、目が覚めている。


これは完璧に熟睡はできなかったパターン。

窓際ではサンがもう起きて日向ぼっこしている、


暖かそうだなそこ。


ゆっくりとベッドから起きる。

サンのご飯とミルクを皿に入れて顔を洗いにいく。


一階の風呂場につく。

白いタンクに貯めていた水を使い顔を洗う。


鏡に映る自分の顔は少しいつもと違っていた。

緊張、興奮、殺意。


そんな感情が思いっきりでてる。それに目。

寝てる間も能力を使っていたからなのか少し色がおかしい。


赤い輪。まるで炎の輪のように両目に浮かんでいる。


……かっけえ。


健の彼女のみい子さんが生きていたら「うわ……だっさ、カラコン?厨二病?」とか言われそうだったが、正直僕の琴線に触れた。多分健もかっけえって言う。


自分の身体を能力で調べてみたが、よくわからなかった。

だが能力とUEの関係でこうなっているのだろうと予想はつく。


“生物のDNAや記憶など構成する情報を完全に解析する“力は自分にとってもある程度例外ではない。今も自分の血液を流れる白血球の動きすら感じられる。


だが能力に関することだけはまだまだわからないのだ。

だが逆にこの瞳に赤い輪が浮かぶ現象がどうやって起こるかわからないということはそれが能力由来のものということだ。


まあ、かっこいいからいいや。深くは考えないでおこう。







二階に戻りご飯を食べ終え、「うーん」と背伸びをする。

よし身体の状態は良好。問題なく動ける。


そんな僕をサンが真面目な表情で見てきた。

いつものバカ面ではない。


「行ってくるよ」


サンはキャンと吠えてついてこようとした。サンはこれからアイツラと戦うことをわかっているのに。


サンを両手で持ち上げ顔の前に持ってくる。

そして肩に乗せて抱きしめる。


暖かい。


「今の僕がいるのはサンのおかげだ。だけどお前はまだ子犬だ。だから連れて行かない」


サンの瞳を見て言う。伝わってはいないが真面目なことを話しているというのは分かるらしい。


何度、この暖かさに助けられただろう。まだサンを迎い入れてそんなにたっていないのに。僕はもしかしたらサンが居なかったら自殺していたかもしれない。


このまま連れていき、サンがコープスワームに寄生されたアイツラに殺されれば僕はたぶん折れる。


それがわかる。


「というわけで行ってきます」


サンをベッドにゆっくり降ろして僕は急いで扉を締めた。

中でキャンキャンと鳴き声が聞こえた。








玄関から出て車に向かう。

そしてトランクを開ける。


武器は二つ。ヤクザ屋敷から拝借した日本刀と警官から拝借した拳銃。弾は5発。


基本的にはアイツラに触るだけで正体がわかる。

そこまで装備はいらないだろう。


「よし、行くか」


僕はトランクを閉めて、車のエンジンをかけた。

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