第10話 ネスト・コープス・ワーム
車を走らせる。
見慣れた景色が流れていく。赤いポストの上で日向ぼっこする野良猫、電線で屯している小鳥、風に吹き飛ばされるチラシや缶。
隕石落下後のいつものと変わらない景色。
とでも昨日カラオケに向かわなければ思っただろう。
死体が少ない……。
家の周囲にはいつもどおり死体があった。だから気づかなかった。
このカラオケの周囲に死体が少ないことに。
少なくとも外にさらされている死体はない。あるのは路駐している車の中で腐っているものだけだ。
外にあった死体はコープスワームの巣になったのだ。
「そろそろか」
もうそろそろで昨日訪れたカラオケの近くだ。
まわりには路駐している車が多い。いい障害物になりそうだ。
「ここらへんでいいかな」
車を停めると近くに居た猫が逃げていった。
ふうと息を吐いて目を閉じる。
今も能力を使っているためコープスワームの大体の場所はわかるがそれではだめなのだ。固まっていない、要するに屯していない単独のコープスワーム寄生死体を探す必要がある。
限界近く使っている能力を息を止めさらに限界ギリギリまで使用する。
もっとだ。もっと。深く、広く。
痛い。脳からチリチリと音がするような気すらしてくる。
鼻奥で何かが切れて血が出てくる。
「見つけたぞ」
ここから前方100メートル前後。薬局。
その中に一人。いや一体の死体。その中に132匹のコープスワーム。
車のアクセルを踏もうとして一瞬思いとどまる。
この距離なら警戒されないためにも歩いたほうがいいだろうか。
そんな思考が頭をよぎる。
昨日はカラオケの駐車場に車を止めた。
間違いなくカラオケ内にも車のエンジン音は届いていたはずだ。
でもコープスワームは気づかなかった。それとも認識していたが意識してなかったのか?。
まあ、近くに車を止めても建物から出てこないのは確認済みしてる。
今も特に”声”の反応はない。
聴覚はないのか……?。それとも野生動物と思ったのか?。
いや聴覚がないというのはおかしい。昨日アイツラは叫んで仲間を呼んだのだ。
つまり聞こえているが意識していない。
それに車を離しすぎると仲間を呼ばれた場合おそらくバッドエンドだ。
少し悩んだ後、僕はハンドルを握った。
クリープ運転ででできるだけ音を立てないようにしながら車を進ませる。
それでも音は大きい。
薬局の約20メートルほどで僕は止まった。
僕の50メートル走の記録は6.5秒。
ここからなら単純計算で3秒ほどで車に戻れるだろう。
「……」
そこら中にコープスワーム寄生死体はあるが一体ではない。
昨日のカラオケのように建物の最奥に数体、数十体で固まっている。
やはり、認識していない。
一体なら僕の運動能力でもどうにかなるが二体以上になると今の僕では無理だ。
だからこそここから20メートルほどの位置にある薬局にいる一体のコープスワーム寄生死体を狙わねばならない。
後ろの席に身を乗り出して腰にベルトを巻き、拳銃を差す。
横に置いてあった日本刀を鞘に入ったまま持つ。
「……」
そして車のドアを開けた。
ここから20メートルほどにあるシャッターが空いたまんまになった小さな薬局。
その奥、そこに一体のコープスワーム寄生死体はいた。
こちらを認識していない。
「結構最低だけどやるしかねえか」
僕は近くに路駐している車を見る。
運転席にはおじさんの死体があった。
止まっている車のドアを開ける。
一気に鼻にくる悪臭に顔をしかめながらおじさんの身体を地面に下ろす。
その後、お姫様抱っこの要領でおじさんを持ち上げた。
重い……。
ふらふらとおじさんの身体を持ったまま薬局に歩いていく。
静かにゆっくりと。
てかほんとに重い……、結構ギリギリだ。
フラフラ歩きながら薬局の前につく。
僕はシャッター前におじさんをゆっくりと置いた。
おじさんまじでごめん。
まだコープスワームはこちらに気づいていない。
おじさんの死体をゆっくりと店の中に太陽の当たらない位置にいれる。
ギリギリ外から見える範囲で。
そして僕は薬局の前に止めてあるビッグスクーターの影に隠れた。
動きやすいジャージのポケットからスマホを取り出す。
すぐに時計アプリを使い時間を図る。
1秒、2秒、3秒と時間が過ぎていく。
1分が過ぎる。
スマホが1分49秒を表示した頃、”声”に変化があった。
コープスワームが死体に気づいた。
その10秒後、コープスワームの巣、動く死体がおじさんの死体の横に現れた。
女だ。店員だったのだろうか。
目からコープスワームが飛び出てなかったら結構美人だと思っただろう。
目を凝らす。
さあ、ここからどうする。お前らはどうやって増える。
それを僕に教えろ。
口を二ヤアと歪め女は顔をゆっくりとおじさんの顔に近づけていく。
え、、、キス。キスしちゃうの……。やだ大胆。
なんて童貞思考丸出しで見てたら、次の瞬間目に飛び込んできたのは結構きつい光景だった。
おじさんの顔に近づいた女。
女の目の位置からゆっくりとコープスワームが二匹出てくる。
右目から一匹。左から一匹。
それがさらに身体を伸ばし、蛇のように外に出てくる。
結構長い。
そしておじさんの顔の前で螺旋を描くように右から出たコープスワームと左目から出たコープスワームが絡まっていく。
なんだ、あれ。
僕はこれと似た光景をどこかで見たことがある。
蛇だ。蛇の交尾。それにしめ縄。それをもっと醜悪にしたもの。
それが目からでてきたコープスワーム二匹で行われている。
絡まった二匹のコープスワームがおじさんの口の中に入っていく。
コープスワームは卵をおじさんの身体に植え付けた。
聞くのも憚れる”声”でそれがわかってしまう。
もうそろそろか……。
僕は一気にビッグスクーターの影から飛び出した。
飛び出してきた僕にコープスワームが気づいて立ち上がる。
そして息を吸う。仲間を呼ぶようだ。だけど。
「もうおせえよ」
刀を横にして喉を突き刺す。
嫌な感触が腕に伝わる。喉から血ではないぬめぬめした液体がぷしゃっとでてくる。
コープスワーム寄生死体は「キュエッキュエッ」と奇妙な鳴き声を上げる。
喉を刺したというのにまだ立っている。
「なら」
左手で刀の柄の真下を握る。右手は掌底のように鍔を真横に押す。
勢いよくコープスワーム寄生死体の首が半分千切れる。
空中にある刀をさらに千切れかけた首に振る。
パシュッと切れの良い音を立てコープスワーム寄生死体の首が床に落ちる。
身体が司令塔を失ったように後ろに倒れる。
「……」
頭部と身体の断面口。本来血が溢れであろうそこからはコープスワームがうねうねと湧き出ていた。
こうしてみると意外に小さい。あの目から飛び出た二匹が大きかったのだ。
一匹一匹は缶コーヒーくらいの大きさと長さだ。
と思ったが違った。外にでたコープスワームが伸びてる。
ヒルのように身体を伸ばし縮みさせながら移動している。
グロい……。
僕が薬局玄関に死体を置いたのは、こいつらの生態を簡単に知るためというのもあったが一番の理由はこいつらを誘き出して隙を作るためである。
死体を何らかの方法で巣にしているというのは最初から知っていたのだ。
策は驚くほど上手くいった。
周囲のコープスワームも僕たちに気づいた様子はない。
「教えてくれ」
僕は一匹のコープスワームに触れた。
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