第11話 適応段階3


「まじかよ」


手のひらから流れ込んできたコープスワームを構成するすべて情報は今までの生物の生態からでは考えられないものであった。


僕がネスト・コープス・ワームと名付けた軟体の生きものはその名に恥じない生態を構築していた。


ネスト・コープス・ワーム。


その生態の最大の特徴は、人間の死体を巣にし、まるで生きているように操ることであろう。これは能力を使わなくてもわかっていた。


だがこの生物の恐るべき点はこれだけではない。

むしろこれはあまり脅威ではない部類だろう。


ネスト・コープス・ワームの恐るべき点はその繁殖能力と寿命、そして再生、分裂能力。


まずネスト・コープス・ワームはさきほどの光景のように死体を発見してそこに数百から数千の卵を産み付ける。そしてたった一時間で数百個、数千の卵が一斉に孵化。


孵化した後、回りに存在する腐肉を食べて成長していく。

そのまま利用する肺や腸、感覚器官などの臓器を残して。

グロ……。


そして生き残った個体が一日ほどで成体に成り、身体の中で骨に纏わりつき死体をまるで生きているように見せる。


一度成体になったネスト・コープス・ワームはほぼ無敵だ。

寿命は数百年に及び、身体を損傷してもプラナリアのように分裂、再生する。


ようするに銃弾や刀は通用しない。


えぇ。これなんて無理ゲー。


ゾンビは頭を潰したら倒れるのが鉄則だろう。

だれだこんなの考えたの。


巣となる死体が損傷しても頭部から高い粘着性の糸を吐き出し切断された部位をつなげ、もとに戻る。


僕が先程切断したコープスワームの頭部も数時間でもとに戻るだろう。


ついでにネスト・コープス・ワームは雌雄同体だ。


成体になったネスト・コープス・ワームはその巣の中から一番強い個体と二番目に強い個体を出す。一番強いネスト・コープス・ワームはクイーンになり、二番目に強い個体はキングになる。目からでてきたやつである。


新たな死体を発見したらこの二匹が交尾を行い、卵を死体に残す。


生きるために必要なものはUEと少量の水、そして肉。

元になった生物の名残で夜行性。だから昼に外では見かけなかった。


これがネスト・コープス・ワームの生態である。


なぜ僕の住んでいた街でこんな進化が起きたのだろう。

偶然であろうか。


このままいけばネスト・コープス・ワームはいずれ日本中に広がっていく。


そんな恐ろしい生物がUEの影響とはいえいきなりでてくるものだろうか。

僕は正直その理由をなんとなくわかってしまった。


僕の能力のせいだ。


僕の”声”を聞く力。これは聴覚で聞いているわけではない。

空気の振動ではないのだ。


この力を使う時、僕の身体から何かがソナーのように外に広がっていく。

いまは虫や微生物を例外とすれば街一つ分は認識可能だろう。


虫や微生物のフィルターを外すとさらにその範囲は小さくなる。


このソナーのようなものはきっと何かのエネルギーの波だ。

生き物の遺伝子に何らかの変化を誘発させていたとしてもおかしくはない。


UEや能力に関することはまだまだわからない。


本当になんなのだろう、これは。








僕は床で伸び縮みしているネスト・コープス・ワームから手を離した。


「燃やすか、溶かすしかないってなんてクソゲーだよ」


バランス崩壊してるじゃねねえか、と僕は一人愚痴をこぼした。

今の僕にコイツラを倒す手段はない。


だがどうするこのまま掘っておけば間違いなく近いうちに家の近くにまで生存範囲を拡大させる。そして日本中に広がっていくだろう。


巣となる死体は日本中、いや世界中にどこにでもあるのだ。


「とりあえず静かに逃げよう……」


情報も手に入れたし、こんな場所さっさと立ち去るに限る。


ゲームのように刀を鞘に戻す。

クリハンで何万回もやった動作だ。どことなくスムーズな感じがする。


刀を鞘に入れる瞬間いい……、好き。


任務が終わった達成感からか僕の頭は少し緩んでいた。


左手で刀を構えながら薬局を出る。


瞬間。僕の動きが止まる。

手のひらから刀が落ちる。


「え……」


唐突に脳みそが変形したような異常な感覚を感じた。

痛いとかそういう次元ではない。


「まZいdきtuいyyめ……」


この感覚覚えがある。

ヤクザ屋敷で刀を入手した後、同じ感覚を覚えた。


能力進化、UE適応段階3。


まずいまずいまずいまずい。

このタイミングはまずい。


意識がとびかける。


「まっじでっっ今はまずいって!!」


視界がくるくる回る。

その一瞬、視界の隅に車が映る。


速く戻らないと……。


はやくはやく。


モドラナイト。

視界が閉じる。


見えない。何も。


「a」


手のひらに冷たいものを感じた。

車。


ドアを開ける。もうだめだ。


閉じないと、ドアを。


あ。やべ半ドア。



もう……。















ソレは、ソレたちは憎悪していた。

巣をこのようにした存在に。


切られた頭部と身体がやっと修復を終えた。


「キキキキキキ」


外に出る。

もう夜だ。


自分たちの時間だ。


匂いをたどる。

いた。


ソレ達は歓喜した。


巣をこのようにした存在がまだ逃げていないことに。


その存在は四角い何かに入っていた。

だがそれには小さな縦長の穴が空いている。


あれなら力で押せば入れるだろう。


「キキキキ、キュエィユィィィィィッッッっっっっっっっっっ!!」


歓喜の声を上げる。

今ので仲間もここに来るだろう。


四角い何かに近づく。


王が横を見ると穴からぞくぞくと仲間たちがでてきていた。


「キュイキュイキュイ」


四角いなにかに巣をぶつける。

何度か試すが四角い何かは壊れそうにない。


女王が左穴から飛び出た。

あの細長い隙間から入るのだ。


そして女王が、その存在の顔に食らいつく。


否、その存在の一歩手前で女王は止まった。


止まらされていた。


その存在の右腕に。














コープスワームの女王個体は光の顔の目前で止まっていた。

右腕で身体を潰されながら。


「キキキュキュイ……」


女王が悲鳴をあげる。

光がゆっくりと目を開ける。


その瞳には紅蓮の輪が浮かんでいた。


「ああ、最高の気分だ……」


女王個体の胴体が千切れる。

光は自分の力を確かめるように手を動かした。


早くも千切れた女王が再生を始める。


光はそれを見てフッと笑った。


「”俺”さあ、どうやったらお前らを殺せるか考えたんだよ」


別のコープスワーム寄生死体が数十、数百と車に集まってくる。


ゆっくりとドアを開けて外に出る。


女王を傷つけられたコープスワームの巣が怒り狂い襲ってくる。

だがコープスワームの巣は歩みを止めた。


止められた。


巣の顔を右手で鷲掴みにされていた。

瞬間、顔が破裂する。


「ヒヒっ、やっぱ力が増してんなあ」


光の頭の中ではUEによる変化のほかに異常な量のアドレナリンが分泌していた。


周りのカラオケやコンビニからでてきたコープスワーム寄生死体が129体、走って集まってくる。


以前であれば失神したであろう光景。


「切っても、撃っても死なない。現実的な解決策は燃やすぐらいしかない」


でもと光は続けた。


「なら俺が変わればいい……」


光の背中が膨らむ。

そしてソレは光の皮膚を突き破りでてきた。


まるで光り輝く大樹の根。

それが翼のように背中から飛び出ていた。


光り輝くその翼は柱のように空中に伸びていく。


「フハハハハハハ」


光り輝く大樹が巨大な翼のように広がり、一本一本の根が一体一体のコープスワーム寄生死体に突き刺さる。


計129本。


「”進化”はお前らだけの特権じゃねえんだよォォォォ」


一本でもその光り輝く根を死体に入れられればその根からまた根が伸び、死体の巣にいる一体一体のコープスワームに根が突き刺さっていく。


瞬間、コープスワーム寄生死体の身体がミイラのように干からびる。

否、巣である死体だけではない。その死体に巣食う数百のコープスワームも一緒に干からびる。


「おおおおおおお」


膨大な量のエネルギーが光の中に吸収される。





そしてあたりは静寂に包まれた。

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