最終話 魔法使いの少年のお話
雲が触れられるほど近い。
当然だ。なぜならここは地上から遥か上空なのだから。
謎の宇宙人の科学力を手に入れ、ついには空を浮遊するようになった方舟の島NOAHの中なのだから。
光は、NOAHにあるバルコニーから、地上を見て呟いた。
「今って西暦何年だっけ……」
光を膝枕しているウルスラが、それを聞いて首をかしげた。
「西暦ってなんだよマスター」
ウルスラには、いや光が造り出した彼女たちには、時間という概念があまり存在していなかった。彼女たちにはこのNOAHが全てであり、過去の文明でなんの暦が使われていたかなど興味がなかった。
「西暦というのは、キリスト教と呼ばれていた宗教の暦のことよ。主様が生まれた時代では世界中でそれが使用されていたの」
イリスが光の手を煩わせないと、光の代わりにウルスラに答えた。それを聞いて、ウルスラはへーと返事した。
「イリス、今何年かわかる?」
光がイリスに聞いた。
「申し訳ありません主様……イリスには今が西暦何年かという質問にすぐ答えることができません……。ですが、一日いえ、半日時間をいただければ必ずや」
主の問いに答えられなかった自分を責めるように端正な顔を歪め、すぐさま研究室にこもろうとするイリス。だが、光はそれを止めた。
「クス、そんな無理しなくてもいいよ。もうずっと時間なんて意識してなかったし、たぶん今は西暦3500年くらいかなあ」
あまりに長い時間が地球では流れていた。
だから少し知りたくなっただけだ。
地上では、もう以前の文明の形はなく、ほぼ全てが残骸とかし、灰になりはじめていた。かつて街だった場所は、今はもう完全に深い森になっている場所すらある。
「ヒカル様、新しい紀年法を作り出すのはどうでしょうか」
そうヒカルの口にアイスをスプーンで運んでいたアレクシアが提案した。
ヒカルはアイスを口に入れながら「へ」と不腑抜けた返事をした。
「ヒカル様が生み出した子たちが、地上には栄えております。やはり暦がないのは不便かと」
という理由で新たな紀年法を作り出すことになった。
なぜかウルスラやイリスたちが大賛成だった。
アレクシアたちは、歴に僕の名前を入れたがってたがそれは拒否した。
恥ずかしいし。
というわけで、僕が初めて新人類をつくりだしこの世界に放った日を、紀元とすることにした。これから新たな世界の歴史は始まっていくことになる。
なので紀元前はBCではなく、BHとすることにした。
人間が生まれる前、before human。ただそれを略しただけである。
紀元後はcommon Era のままでいいか。
B.H.1430頃――エイリアンが地球に襲来。
┃
B.H.430頃――エイリアンの母星に行き、彼らを滅ぼす。
B.H.400頃――ナノマシンによる特異技術を開発。魔法と命名。
B.H.300頃――ドラゴン誕生、1年後、名前のない化け物ネームレスを誕生させる。ドラゴン、ネームレスをアフリカ、日本、中国、イギリスがあった場所に数体放す。
C.E.00――新人類とエルフが100体ずつ誕生。過去のアフリカ南部付近を新人類始まりの場所とする。また、過去のアメリカ、メキシコ付近をエルフの始まりとする。
C.E.3ヶ月――新人類、エルフ、それぞれ集落ができあがる。また炎を発見し、武器を作り出す。新人類、エルフ、それぞれに特異個体がいるため、想像以上に早いスピードで、集落に近いものができる。。
C.E.4――エルフが特異技術、魔法を初めて行使する。
C.E 5――人間の特異個体XXXXが、ネームレスに襲われ死亡。
C.E.12――この時点の新人類の総数は123体。特異個体が絶命したことにより人類の進歩は停滞するかと思われたが、人類は独自の言語を発明を終えていたため、大幅な停滞はなかった。
C.E.35――人類が初めて特異技術、魔法を行使する。
C.E.50――この時点でのエルフの総数、432体。人間の総数667体。
C.E.100――この時点でのエルフ総数、437体。人間の総数1924体。
C.E.147――亜人を世界各地で誕生させる。
C.E.148――人類、エルフが初めて亜人の存在に気づき、原始的な争いが起こる
C.E.300
│――人類、エルフの集落が拡大中。世界に広がっていく。
┃――様々な技術が発展する。
┃――(略)
C.E.1502――新人類初めて国家という概念が誕生し、統一国家ができる。
C.E.1503――この時点でのエルフの総数、94931体、人間の総数、1035151体。
C.E.1520――吸血鬼、オーク、ゴブリン、竜人を世界各地で誕生させる。
C.E.1623――人類総数の5割が絶命、亜人総数の7割が絶命、エルフ総数の3割が絶命。
C.E.1650――アイン、ツヴァイ、ドライという総数調整個体を誕生させる。
C.E.1700――エルフ、獣人、人間、竜人、複数の国家が生誕
C.E.1742―現在
「こうしてみると、結構いろんなことがあったんだねえ」
僕はイリスが提示した年表を見ながら呟いた。
「フフ、これがヒカル様が造り出した尊い世界ですよ」
アレクシアが、僕の頭をなでながら言った。
「この世界を造り出したのはヒカル様、だからヒカル様がしたいことをしればいいのです。そのために我らがいるのですから」
「そうだぜ、マスターがしいたいことをしればいいんだ。人間を何匹ぶっ殺そうが、無理やり戦争させようが、マスターのしたいことをしればいい」
「そうです……御主人様は唯一……この世の全ては御主人様の手のひらにあるから……」
まるで、忠誠を誓うように、アレクシアたちが僕の膝の前にひざまずき頭を下げた。
それを見て僕はゆっくりと立ち上がった。
なんとなく思いついたことがあったのだ。
「?ヒカル様どこにいかれるのですか?」
「その創った世界を見に行こうと思ってね」
「下界に降りるのですか?、でしたら我ら全員で御主人様をお守りします」
「ううん、一人で行きたいんだ」
「そんな……」
そして僕は、背中から翼を生やして、NOAHから飛び降りた。
僕の背中を不安そうな瞳がいくつも見つめていた。
*
世界を見た。
地上に降りるのは本当に久しぶりのことだった。
はじめに人間の国を訪れた。
人間の国の王を見た。
傲慢で醜悪ないきものだと感じた。
僕に似ていた。
人間は他の種族を、支配しようとしていた。
エルフの国を訪れた。
エルフの始祖個体は、迫りくる脅威から必死にエルフを守ろうとしていた。
そして、亜人の国をいくつも回った。
亜人たちは、人間に狩られ奴隷になることも多く、それでも必死に抗っていた。
吸血鬼を見つけた。
襲われたから殺した。
近くにいた人間に感謝された。
人間はその吸血鬼に家族を殺されていた。
争いを見た。
魔法が飛び交う戦場を見た。
小さな命が塵のように消えていくのを見た。
奴隷を見た。
奴隷である動かなくなった母にすがりつく奴隷の子供を見た。
吸血鬼が、国を滅ぼす光景を見た。
血の海ができた。
それでも人間たちは立ち上がった。
エルフの親子を見た。
エルフの母は子に乳を与えていた。
子供はすくすく成長した。
だけどあるとき、戦争に巻き込まれてエルフの母は死んだ。
子供は荒野で一人泣いていた。
別の亜人の国を訪れた。
その亜人の国では人間が奴隷にされていた。
恋人の敵を討とうとする戦士を見た。
戦士は、僕にご飯を分けてくれた。
戦士の恋人を殺したのは僕が生み出したネームレスの化け物だった。
戦争帰りで、家族と再開する兵士を見た。
兵士は泣いていた。
この世界の神話を知った。
僕や、アレクシアたちと思われる存在が出てきていた。
UEによって変化した生物が、魔物を呼ばれていることを知った。
ある一人の男が立ち上がるのを見た。
男は国を作った。
人間も、エルフも、亜人も受け入れる国。
男は、皆から慕われる王になった。
ドラゴンを見た。
ただのでかいトカゲだった。
そのドラゴンにいくつもの国が滅ばされた。
数え切れない人間やエルフが死んだ。
男が作った国もドラゴンに滅ぼされた。
それでもその国の生き残りがいた。
生き残りは男の志を継いでまた国を作った。
エルフの少女と旅をした。
少女は、世界を旅していた。だから付いていった。
少女は最初迷惑そうにしていたが、途中から文句を言わなくなった。
あるとき、エルフの少女は僕をかばって死んだ。
”もう家族と思っていたから”
それがエルフの少女が僕を庇った理由だった。
あるとき吸血鬼と竜人の間に子が生まれた。
彼は強かった。
そして魔王と呼ばれた。
彼は、他の吸血鬼、竜人、オークなどをまとめ上げ一つの国を作った。
彼の国は、人間、エルフの国をどんどん滅ぼしていった。
でも人間やエルフもただやられるだけではなかった。
彼らは連合を作った。
エルフと人間、亜人すべての国が協力するのは初めてだった。
その土台となったのは、昔、人間もエルフも亜人も関係ないと言った男が作った国の子孫たちだった。
戦争は、長い間続いた。
たくさんの血が流れた。
あるとき魔王と呼ばれていた彼が死んだ。
戦争は終結した。
だが勝利者と呼べるものはどこにもいなかった。
ここから数百年、小規模な争いはあれど、大規模な戦争は起きなかった。
みんな、これ以上血を流すことを嫌がった。
とてつもなく巨大な”何か”が海の中から現れるのを見た。
”何か”は形をもたず、まるで海が生きているかのように地上に出現した。
それはスライムだった。
何千年も前に僕が初めて生み出した”クラウスライム”という化け物だった。
クラウスライムは、人間もエルフも亜人も、吸血鬼も、ドラゴンすら飲み込んだ。彼らは、今度は吸血鬼も竜人も含め、クラウスライムに立ち向かった。
クラウスライムはしばらくすると、海に帰っていった。
少しだけ世界から争いがなくなった。
長い、長い時間が過ぎていった。
その中で新たな命が生まれるのを数え切れないほど見た。
全ての生命が死に物狂いでこの世界を生きていた。
*
僕はNOAHに帰っていた。
アレクシアたちが泣きながら出迎えてくれた。
でも僕にはやるべきことがあった。
もしかすると、ここに来るのも最後になるかもしれない。
アレクシアたちにこれからの話をして、僕はある場所に向かった。
NOAH東部の深い森の中。
そこには美しい女性の石像があった。
「ソーフィヤさん、元気だった?」
もちろん石像は何も答えない。
「僕さ、やっとわかったよ」
「生命は自由じゃなくちゃダメなんだ。管理するとかされるとかずっと僕は神様気取りで、傲慢で……僕は間違えてしまった」
「だからさ、最初からやり直そう、もう一度最初から生命を知ろう……二人で」
僕は美しい女性の石像に触れた。
そして、僕たちの姿はNOAHから消えた。
*
かつて日本、東京と呼ばれていた場所。
1800年経過した今では森林しかなく、東京と呼ばれていた頃の影も形もない。
そんな深い森の、ある場所に、二人の人間の姿があった。
一人は少年。
もうひとりは、金髪の美しい女性。
ふたりとも、木の陰で倒れていた。
遠くから聞こえる鳥の囀りで、二人のまぶたがぴくっと動いた。
先に、金髪の女性のほうが目を覚ました。
女は最初混乱していたが、一度息を吸いゆっくりと回りを見渡した。
そして少年の姿を見つけた。
見覚えのない顔だ。
だけど、なぜだろう彼の姿を見ていると心臓がキュッと締め付けられた。
こんな感覚は初めてだった。
しばらくして、少年も目が覚めた。
少年は驚いた。
起きたら、森の中にいるのもそうだが、目の前に見るからに外国の金髪の女がこちらを見ていたからだ。
少年は、「やべえ、なにこれ、異世界転生しちゃった?」「さっきまで学校にいた……いたはず……」なんて口走っていた。
女はなぜだか、少年の言葉が理解できた。
自分の生まれはロシアで、少年の言葉は日本語のはずだ。
なぜ理解できるのだろうと女は不思議に思った。
それだけじゃない。まず自分は地上にすらいなかったはずだ。
自分は地上から遥か上空の宇宙ステーションに滞在していたのだから。
どうして?、という感情が頭を支配していた。
女も少年も、自分がここにくるまでの記憶を失っているということを認識した。
でもどこか女と少年は落ち着いていた。
なぜだかわからないけど、「「この少年が(この人が)側にいてくれるなら大丈夫」」そんな気がした。
少年と女は互いに自己紹介をした。
女は自分の名前を「ソーフィヤ」と、少年は自分の名前を「ヒカル」と名乗った。
了
魔法使いは崩壊した世界をファンタジーにしたい! きつねこ @sthgknsk12
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