魔法使いは崩壊した世界をファンタジーにしたい!
きつねこ
第1話 隕石が落ちてきた日
カーテンの隙間から朝日が差す。
眼の前では“討伐成功“の文字がテレビに浮かび、真っ黒なヘッドホンからは小さくファンファーレが鳴る。
ついに僕は成し遂げたのだ。
“クリーチャハンターZZ“。略してクリハンの中ボスである邪眼鬼竜ブラストアイズを倒したのだ。この超大作である人気シリーズの今作は中ボスに行くまでに攻略サイトを見ながらでも最低一ヶ月はかかる。
頭おかしいボリュームで長年クリハンのファンだった人たちをも苦しめたことで有名な最新作。そして僕はやっとその中ボスを倒すことに成功した。れっきとした高校生である僕がこの中ボスをクリアするのにかかった時間は二ヶ月。一日の疲れを取るための大切な睡眠時間をどれほど犠牲にししただろう。
なんとも言えない達成感が広がっていく。
「まじで疲れた……」
窓から入った光が反射してうっすらととテレビには大きな隈を作った平凡そうなクソガキが映る。
いやまあそれは僕なんだけど。
室内が太陽の光によって少しずつ暖かく明るくなっていき徐々にその部屋が姿をあらしていくのをぼーっと眺める。
どこにでもありそうな薄暗いオンボロアパートの一室。ここが僕、佐藤光(サトウヒカル)の住処である。数年前に両親が死んでからは一人暮らしだ。
古い畳に、布団とテーブル、それと冷蔵庫とトイレ。
それとテーブルの上とキッチンに無造作に積み上げられたカップラーメンの空。
壁にかけられていた古いアンティークの時計の針は7時15分を指していた。
「もうこんな時間か」
ゆっくりと立ち上がり洗面所に向かう。
「いったあ!」
小指に鈍い痛みが走る。寝不足で頭がフラフラしてたせいなのか運悪く右足の小指がテーブルの脚にぶつかったようだ。地味に痛い。脚を抱えながらぴょんぴょんと脱衣所に向かう。
蛇口から冷たい水がバシャーと勢いよく流れる。
あー気持ちいい。
さきほどまでの(ゲームの)命をかけた決死の激戦で興奮した頭にはちょうどいいくらいの冷たさだった。
タオルで顔を拭いてベランダに出る。
そこにはバケツくらいの大きさの植木鉢に入った観葉植物があった。
ユッカ・エレファンティペス。この植物の名前である。寒さにも乾燥にも強いこの子は僕がこの部屋に来たときからの友達だ。
“ミズホシイ、ミズホシイ“
「なに水がほしいの?うん、あー少しだけねわかった」
旗から見たらなかなかヤバイやつだと思う。
目に隈をつくった少年がブツブツと草に話しかけるのだ。
すくなくともそんなやつ僕なら近づかない。
だが、本当にユッカちゃんは言ってるのだ。ちょっと水ほしいと。
キッチンに行き、コップに水をれてユッカにかけると喜んでいた。
ユッカに感謝する知能はないけど僕は少し嬉しくなる。
僕、佐藤光には不思議な力がある。
“なんとなく生き物が考えていることがわかる“
それが僕の魔法、超能力?、そんな感じの力。
それはたとえ人であっても例外ではない。
しかもON、OFF可能である。漫画でよくある心を読める力を持つ人間が人の悪意に触れすぎて狂ってしまうということもない。使用者に優しい能力である。
例えば、アパートの向かいに住む一軒家の優しそうなおばさんがパート先の若い男と不倫しているのを知っているし、クラスで一番可愛い宮本さんがとんでもない尻軽ビッチなのも知っている。
正直僕の妄想であってほしい。まじで。
宮本さん好きだったのに。ほんとに惚れてたのに。
生まれた時から使えていたらしいその力はそれそれは幼い頃トラブルを撒き散らしたらしい。だが母と父はそんな僕を見捨てず大切に育ててくれた。
もう感謝しかない。
ただ僕の名前の由来は酷かった。光。ヒカル。光って生まれてきたからヒカルである。これを教えられた時僕は泣いた。僕は宇宙人か何かか。
そんな母と父も数年前に事故にあって死んだ。
付き合いある親戚はいなかったがある程度の財産は残してくれたため悠々自適に一人暮らしである。
「あーやめやめ考えるな!」
母と父のことを思うと、ほんとに気分がどんよりとしてくる。まるで世界中でひとりぼっちになってしまったような孤独感。
僕はそんな思いを断ち切るべくパシッと頬を叩き学校に行く準備をした。
朝食のシリアルと牛乳をお腹に入れて学校に向かおうとカバンを背負ったときピンポーンと呼び鈴がなった。
このタイミングならあの人しかいないけど一応扉の穴を覗き見る。
そこにはセミロングくらいのキレイな黒髪を後ろで簡単にまとめた女が立っていた。誰が見ても綺麗、美人とでも言うだろうお姉さんオーラ抜群な女性。
僕はその人を小さな穴からを確認し玄関を開ける。
「おはようヒカルくん」
「おはよう先生」
彼女の名前は月野木玲香。一言で言えばお隣さんである。
ここに越してきた時から職業柄かよく面倒を見てくれるお姉さん。
たまにごはんを作りに来てくれたり掃除しに来てくれたりする。
職業は教師。だけど教師言っても僕の学校の先生とでも言うわけではない。
近所にある公立の中学校の教師だ。
まだ高校生の僕が言うのもなんだけど中学校の教師は大変そうだ。小学生はまだ楽だろうだ。よくも悪くも単純な子しか居ない。
高校生はもう大人の一歩手前だ。ある程度の世の中のことがわかっているような気がする。教師には基本無関心だ。
だがしかし、中学生はヤバイ。基本やばいやつしか居ない。教師を舐め腐った奴等しか居ないような気がする。個人的な経験則で。
そんな忙しい職業なのに玲香さんはよく僕の面倒を見てくれる。
僕が両親が居ない子だとしってから何かと。
「もう、また徹夜でゲームしてたの」
ちょっと怒った顔でポンポンと頭に手を置いてくる。
くっそーお姉さん面しやがって健全な男子高校生に何やってんだよ!!。
こう言う無自覚なスキンシップは健全な男子高校生には毒である。
しかもしてくるのが女盛りの綺麗なお姉さんだ。
正直言って惚れちゃうだろどころではない。正直言おう。惚れた。
惚れていた。両親が死んでひとりぼっちのところに優しいお姉さんが何かと面倒を見てくるのだ。純情な青少年が惚れないわけがなかった。
そうしてその後、その純情な心は生まれ持った力によって絶望に包まれることになる。なんとなく悪戯心で能力を使いながら会話してしまったある日。
『~』
『うん今日の放課後は少し行くとこがあるから』
“ダイスケさんと久しぶりのデートなの“
そう言って仄かに微笑む玲香さんの顔を僕は一生忘れる事ができないだろう。
ダイスケさんって誰だよ!。
そう玲香さんには彼氏がいる。彼氏がいる。かれ……。
あーなんか死にたくなってきた。
「ヒカルくん、これから出るところ?途中まで一緒に行こっか」
そういうとこだと思うんだよなあ。
恐らく学校でもいっぱい勘違いさせているのではないだろうか。そして青少年の幼気な心を弄んでいるのだ。
「うん」
クソ、喜んでしまう自分が憎い。
玲香さんと途中で別れてから一人でゆっくりと歩く。
もう学校はもうすぐだ。
背中に軽い衝撃。誰かに叩かれたようだ。
後ろを振り向く。
「おっす」
「おは」
「おはっす」
そこにはいかにもチンピラと言った不良学生と髪を茶髪に染めたけばい女子高生がいた。
髪を金髪に染めているこの男の名は先嶋健。ひとことで言えばイケメンなチンピラ。口を開けばだいたい下ネタしか言わない。成績はほぼ最下位。なんでこの学校に進学できたんだろと思うほどのアホである。だが人の心が読める僕にとって内面も外面もあんあんまり変わらない健は結構付き合いやすかった。
何故か健の方も僕のことを付き合いやすいと思っているようだ。
超真面目な超絶優等生である僕と合うのが不思議である。
髪を茶髪に染め胸元を大きく開き、少し濃いくらいの化粧をしている女は上原みい子。健の彼女である。なんというか流行りものに目がない女。ブランドものにも目がなく学校に隠れてバイトまみれの生活である。意外といい子である。あと下ネタによく笑う。
二人と一緒に校門をくぐる。騒がしいが僕はこの雰囲気が嫌いじゃなかった。
「だからさあ、絶対コジマの野郎、みいのことエロい目で見てたって」
「ええ、ほんとぉ?やだぁ」
「そんなこという前に胸元閉じろよ」
二人はギャハハ、キャハハと笑った。
そんな感じで僕たちは教室に向かった。
教室にはもう半分くらい生徒が集まっていた。
何時も通りの教室。僕は朝の静かな教室の雰囲気が好きだ。
といってももう今日はうるさい時間帯だが。
一番左端の列、その前から二番目の席に座……ろうとしたが座れなかった。
理由は簡単である。僕の席は一人の女に占領されていた。
「あのー宮本さん、どいていただけると私助かるんですけども」
「あーおはよー!ひっちゃん!」
「オハヨウゴザイマス」
そう言ってニコニコと手を振る女の名前は宮本美桜。
明るめの茶髪に少し短いスカート。たぶんクラスで一番可愛い女。
なんというか今どきの女子高生感がすごい。僕が三ヶ月前まで好きだった相手。クソ、まじでうかつに心の声聞くんじゃなかった。玲香さん事件から学ばないのはご愛嬌である。
返事はシカトされたようなので仕方がないので机に座りスマホを広げる。
宮本の横には明るい金髪で長身の女子高生が椅子を跨ぐようにして座っていた。
寺島彩乃。なんというか不良ギャルの優等生みたいな女。
キリッとした瞳に、テンプレのごとく短いスカートと緩んだ胸元。
噂では他校のヤンキー男数人と喧嘩してボコボコにしたらしい。
目が合うと睨んでくる。
うっ、ちょう怖え。
「おはー」って言いながら二人に上原みい子が合流する。
上原みい子、寺島彩乃、そして宮本美桜。この三人は教室では基本的に固まっている。
もし嫌われでもしたら多分身ぐるみ剥がされて学校から追放される気がする。そのくらいの権力を持っている気がする。
適当だけど。
なんやかんやで時間を潰していたら先生が入ってきた。
その頃にはごめんねーって言いながら美桜が自分の席に去っていった。
席に座る。さっきまで座っていた宮本のぬくもりが伝わる。
あっ、ちょっとあったかい、ちょっと興奮する。
あーもうヤッベ、どうしよ、深夜のテンションが消えない。
ちょっといいこと思いついた。
ホームルームが終わり先生が出ていく。
東山……なんだっけ。とりあえず東山先生を追って声を掛ける。
「せんせー」
「ひっ、佐藤」
東山はそのなんというかハンサムな先生。
その面からよく女子生徒に人気がある先生だ。
ちなみに既婚者。
そんな彼が怯えて僕を見る。
(くっそ、このツラ見たらイライラするぜ)
「あのー僕、今度はあれやってほしいんですけどー」
「な、なんだ」
小声で内容をささやく。
「そんなのできるわけ「あーいいんですか」
「11月!24日!ゆ!」
僕の口は東山先生の手によって塞がれる
「わかったわかった、先生が悪かった」
そんなわけで僕は先生に少しあることをお願いした。普通では生徒が教師に絶対にできないお願いごとだ。
何故こんな事ができるのかというと一言で言えば僕が東山の弱みを握っているからである。
この眼の前にいるハンサムな先生は不倫している。
しかもうちの学校の女子高生と。というかクラスメートと。
というか宮本さんと。
これ聞いた、というか見たときの僕の心境がわかるだろうか。
好きな女の子が学校の先生と不倫しているのだ。
僕は3日間はショックで寝込んだ。
そしてそれを知ってしまった僕は二人のデートにこそこそ後ろからついていった。
そして週刊記者のようにカメラを構えてその場面をとった。
泣きながら。
まあ、宮本さんは、先生だけではなく他の男、具体的には有名大学の大学生とか近場のお医者さんとも〈pー音〉しているのだが。
僕はそれを知ってまた3日寝込んだ。
くそ、あのクソビッチめ。
と僕はこんな感じでいつも先生方にご贔屓にさせてもらってる。
罪悪感とかそういうのはなかった。
人に突かれるような弱みを持っているのが悪いのだ。
こんな能力なのだ、せいぜい有効活用しなければ。
もちろんバレない範囲で。バレてマッドサイエンティストたちに解剖でもされたりしたら大変である。
教室に戻った僕はゆっくりと席に座る。
HRが終わった教室は結構騒々しい。
座ったあと、右斜め上の席の男子生徒が椅子を僕の方に向けた。
「なあひっちゃん聞いた?」
谷口。黒髪天然パーマ。どことなくパッとしない男。
僕の“クリーチャーハンターZZ“仲間である。
戦友である。こいつといくつクリーチャーを狩っただろう。
軽く100は超えている気がする。
そんな谷口が言った。
「隕石?」と僕。
「そー今日の夕方、結構大きい隕石が日本海に墜ちるんだってさ」
「やばくね?」
「いやまあ、そんな津波が起きるとかじゃないんらしいけど」
「なんだ、よかったじゃん」
宇宙人が張り付いてたりしてと谷口は笑った。
宇宙人か、いるとしたらどんなのだろう。
僕の能力は宇宙人の意志を伝えられるのだろうか。
そんなことを考えながら僕は学校での時間を過ごしていった。
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