第25話 キャン、キャン、キャン


謎の宇宙生物襲来、そしてソ―フィヤさんが人間をやめた日から3日後。

僕は、かつての船員が使っていた部屋の机で思考を重ねていた。


あれは、なんだったのだろう。

地球から高度400kmの位置にある小型ステーションNOAH。

そこに突如張り付いたスライム状の地球外生命体。


その能力は、岩石に擬態、そして周りに存在する物質を捕食すること。


まるで、以前僕が作った生物、クラウスライムのようだ。

あれも、クラウスライムも、子孫を残すことではなく、ただ周りにある物質を捕食することが生命の根幹。


あれとずっと呼んでいるのもあれなので名前をつけることにする。

ALIEN、A001ーMaterial Body Slime……こんな感じか。


決めた名前はA001MBS。

地球外生命体で、初めて発見された(001)、様々な物質に変化させる体細胞をもつ、Slimeみたいな生き物。


以後、あの襲ってきた生物をA001MBSと呼称する。


A001MBSは明らかにこの地球の生物ではなかった。


まるで誰かが、何を掃除するために生み出した生物。


「(わからん……)」


その時、僕の脳裏にはある仮説が浮かんだ。

B級SFも真っ青なありふれたストーリーだ。


宇宙人が、地球に攻めてくる前触れなんじゃ……。


もはやありえないとは言えなかった。

あの隕石から全て始まったのだ。


あれがもし、地球人の存在を邪魔に思う、地球外生命体の仕業なら。


「って、行き過ぎか……」


まだそんな確証はない。

だが地球外生命体はいたのだ。


しかも大地から400キロほどしか離れていない場所で。


もし、そいつらのせいで人間が、みんなが、友達が死んだのなら僕は……。









考えるべきことはソ―フィヤさんのこともある。

ソ―フィヤさんは、もう人間じゃない。


正確には0.002%が人間ではない。


今のソ―フィヤさんの肉体は僕が作り出したものだ。


前のソ―フィヤさんのデータを元に。

99.998%それが、元のソ―フィヤさんと同じ物質。


だけど、残りは、僕の力が流れ込み補正的に構成した何かだ。


そしてオリジナルのソ―フィヤさんはもう死んでいる。

いわば完全で不完全なクローン。


ソ―フィヤさんは僕のせいで死んだのだ。


「……」






と、太陽に突っ込みたい気分になったとき、トンと頭を叩かれた。


後ろを振り返ると、ソ―フィヤさんが手を僕の頭に載せていた。

その瞳は、何も気にしていないようで、むしろ僕のことを少し呆れているようだった。


「ヒカル……何度もいうが、あれは私のせいだった、ヒカルのせいじゃない。だから気にするな」


ソ―フィヤさんは理解している。自分の身に起きたことを。


「もう行くぞ」


ソ―フィヤさんは僕の右腕を捕まえて椅子から立たせた。






いつもなら壁面のレバーで移動するが、今日は使わなかった。

なぜなら、今日は帰る日だから。


母なる大地に。


ソ―フィヤさんと手をつなぎながらゆっくりと宙を移動する。


もう、ここに来ることもないかもしれない。


ソ―フィヤさんも、今は誰もいない他の船員たちの部屋を見て、少し感傷に浸っているようだった。


そして、外に出るためのガッシリとした開閉部がある部屋に付いた。


「行こうか」


僕もソ―フィヤさんも宇宙服をつけず外に一歩を踏み出した。









外に出る。

僕の背が膨れ上がり、6対の翼が生み出る。


そしてソ―フィヤさんの背からも翼が出る。


(こ、神々しい……)


大天使ソ―フィヤという言葉が浮かんだ。

翼をえたソ―フィヤさんは本当に女神のようだった。

薄く輝く金髪に、傷一つない白い肌。

こんな神様がいたら僕は即無宗教を辞める。


それにしても本当にお美しい。

髪もそうだが、ダークブルーの瞳には美しさと同じくらい知性も感じられる。


こんな人が英語の先生だったら、絶対学校大好きになっただろうなあ。


僕はソ―フィヤさんを見ながらそんなことを思った。


”行こうかヒカル”


僕の脳裏に声が響いていた。

ソ―フィヤさんの声だ。


”声”を利用したテレパシー。

僕の力の一部を得たソ―フィヤさんとだからできるコミュニュケーション。


”帰ろう地球に”


僕はテレパシーでソ―フィヤさんに伝えた。


あっ、


やべえ。


さっきの大天使ソ―フィヤみたいなピンク色の思考も伝えてしまった。


ソ―フィヤさんは、突然きたイメージに目を丸くして、軽く僕の額にデコピンした。


”バカな事考えてないで、きちんとしろ”


しばらく宇宙空間を進んだあと、僕たちは向かい合った。


ソ―フィヤさんが5対の翼を大きく広げる。

僕も6対の翼を大きく広げる。


そして互いを包み込んだ。


暗い、

光が一切入らない翼に包まれた空間。


”暗い”

”ああ”


外から見たら僕たちの姿は、白い翼に包まれた変な球体のように見えるだろう。


”このまま待っておけばいいの?”

”ああ、このまま自由落下しれば、3時間ほどで、日本からさほど遠くない太平洋に落ちるはずだ”


僕は目を閉じた。

ゆっくりと落ちているのを感じる。


不思議な感覚だ。

ソ―フィヤさんはぎゅっと僕の手を握りしめた。




そして三時間後、僕たちは本土から500キロメートル離れた太平洋上に着水した。










海中。

衝撃の後、僕は無事地球へついたことを認識した。


ソ―フィヤさんが素早く、僕の手をひき海面へ上がる。


”泳ぎうめえ”

”宇宙飛行士にとって海中は割とよくある練習場所なんだ”


ソ―フィヤさんから訓練時代の練習風景が流れてくる。

はえー。


そして数秒後僕たちは海面からブハッと顔を出した。


「あはは、ついた。本当に生身で」


ソ―フィヤさんは笑っていた。

僕もつられて笑った。

















その犬は巨大であった。


巨大な川が中央を流れる、かつてXX町とよばれていた地域。


そこにはいた。

全長約2000㌢。体高800㌢。

大型バスほどの大きさの黄金の犬。


ゴールデンレトリバー。


それが彼女の姿だった。


今の彼女の心境を表すと、我が子を失った母親である。


彼がいなくなってしまった。

自分を拾ってくれた人。


そして三年引きこもっていた人。

ただ一人の家族。


朝起きたら、空を指して飛んでいってしまった。


勝手に。勝手にである。

少しひどくはないだろうか。


彼女は彼が帰ってきたら、怒ってやろうと思った。

そのくらいしないと彼は懲りない。


彼女にはもはや知性と呼べるものが合った。

それは、人間と比較しても遜色ないほどの知性であった。


彼女が休んでいる場所から100メートル離れた場所には、様々な犬が屯していた。


トイプードル、チワワ、ブルドック、狼、ポメラニアンなどの犬や、完全に交雑した犬も多数。

人がいなくなった世界で、彼らは必死に生きていた。

だが、その姿は、彼女のように巨大ではなく犬が人に飼われていた頃のままだった。


彼女は特別だった。

そして彼女の近くにいるのは、彼らの知恵だった。


遠くから遠吠えが聞こえてきた。

ほら、今日も来た。


全長17メートルのワニ。


その数、13匹。


UEにおける恩恵を強く授けられた生き物、授けられなかった生き物。


様々だ、あのワニたちは、恩恵が強く、屯している犬たちは恩恵が少なかった。


恩恵が少ない生き物に、この世界は残酷だ。

だが、それでも必死に彼らは生きていた。


彼女がゆっくりと立ち上がる。


”フン、また来たのか”


ワニたちが、彼女に襲いかかった。





5分後、そこには血に濡れた彼女と、ワニの死体の山があった。


彼女は、その鋭い牙で、ワニたちを噛み殺した。

かんたんに。あっさりと。


彼女はワニの一匹を食べた。


そして天に吠えた。


彼女からの合図だ。

犬たちは走り出した。


はっ、はっ、はっとワニたちの死体に群がる犬たち。


彼らにとって、彼女は女王だった。

慈悲深き黄金の女王。










「なにこれ」


犬たちは振り向いた。

そこには、直立二足歩行する猿のような生き物がいた。


犬たちは舌をぺろりとした。


自分たちでも倒せそうな生き物だ。

殺して彼女に捧げようとして、


犬たちは吹き飛ばされた。


「「「キャウッ」」」


犬たちはわけがわからかった。

彼女のタックルで吹き飛ばされたのだ。


そして、起き上がった犬たちが見たのは信じられない光景だった。

彼女が、その不思議な生き物をペロペロと舐めていた。


自分たちにはしたことがないのに。


「ただいまサン」

「キャン、キャン、キャン」(訳バカ、バカ、バカ)


彼はひょっこりと戻ってきた。


そして彼女と彼が再会の喜びに浸っていると、うしろから声がした。


「クス、随分と飼い犬に慕われてんるんだな」


彼女は、耳をピクッと動かした。

彼と同じ言葉だけど、この声は女の声。


彼女は後ろを振り向く。

そこには、彼と同じ人間だろうと思われる存在がいた。




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