第22話 身体を寄せ合いながら映画を見る

(きれいだよなぁ)


窓に映し出された母なる星をみてしみじみと思う。

ここNOAHに滞在してからもう一ヶ月のときが過ぎた。


光陰矢の如しとはよく言ったように、宇宙でも時間の速さは変わらないようである。いやまて、同じなのか?。ブラックホール付近では変わるって話も聞いたことがあるような。


まあ体感時間はという話である。


とそんな色々と足りない頭で時間と宇宙について考えていると、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえてきた。


ソ―フィヤさんだ。

いつ聞いても、超絶いい声である。


壁面の出っ張りを掴んでボタンを押す。

すると出っ張りが壁を走っていき、僕を運んでいく。

宇宙エスカレーター的なやつである。動くのは壁の出っ張りだけ。


あれから僕は、この小型宇宙ステーションNOAHでの生活を謳歌している。


本当は、すぐに地球へ帰っても良かったのだがあまりに居心地が良かったので今も滞在中だ。

あとひとつ理由もあるが。


僕は自分の能力の全容をまだソ―フィヤさんに言っていないのだ。

生命操作、他者の生命を好き勝手にいじくれる恐ろしい神に逆らうような能力。


それを話せば、おそらくソ―フィヤさんも一緒に地球に帰れる。

だが、僕はまだそれをソ―フィヤさんに言えてなかった。


だって怖いだろう。他人が心も、身体も何もかも好き勝手に操れたら。

一瞬にして、自分が化け物になってしまうかもしれないのだ。


とまあ、そんな感じでチキンの僕は、ソ―フィヤさんにきちんと能力のことを言えてなかった。

だから今ソ―フィヤさんは僕の能力を、自分の身体を変化させる能力としか思っていない。


「ヒカル、ご飯できたよ」


リビング(僕が勝手にそう言ってるだけ)に行くと、ソ―フィヤさんがフライパンをもって待っていた。


美味しそうな料理がテーブルに並んでいた。

まあ虫なんだけど。

あとはサラダと特殊な腸内細菌によって生成された人工肉だ。


そう、ここでは割と変なのを食べる。

蚕とか、コオロギとか。それはなぜかタンパク質や栄養価が豊富な割に、とても繁殖が容易で長期的に入手することができるからだ。

味も慣れたら割といける。

だいたいエビとか淡白な魚のような味だ。使い古された表現だけど。


「いただきます」


と僕がいうと、ソ―フィヤさんも


「イタダキマス」


と手を合わせて食べた。











ソ―フィヤは三年も代わり映えしない食事を口に入れながら目の前の少年を見た。


美味しい。


もう一時期は見るのも嫌だったというのに、誰かと一緒に食べるとこんなにも食事は楽しいのだ。いやこの少年とだからだろうととソ―フィヤは思った。


地球にいた頃、こんなにも食事が、いや生活が楽しかったことはない。


「でさ僕は思ったんだ。えぇ、そこにじゃないだろって」


「フフ、そのおじさん変だったんだな」


自分がこんなにも笑えるとは思わなかった。

4年前の自分に今の自分を見せてもそっくりさんだと思うだろう。


ヒカルここに来てから、もう768時間が立っていた。

最初は本当に夢を見ているのかと思った。


ついに自分がおかしくなったのだと。


正直言って今でも信じられない。

でもそれでもよかった。ヒカルが自分の妄想でも。ずっとそばにさえいてくれれば。


食事が終わるとソ―フィヤはヒカルの腕を取り、管制ルームへと歩いていく。

地球と連絡が取れなくなり、一時はまったく使用しなかった部屋。


そこに入る。

すると、そこには壁面の大型のディスプレイと部屋の中央に大人数人が横になれる手作り感満載の大きなベッドがあった。


ヒカルもソ―フィヤも特に何も意識せずベッドの上に登る。

身体が半分起こせる状態にした背もたれ付きだ。


そしてソ―フィヤは明かりを消した。


今から何をするか。それは……映画鑑賞である。

いつものルーチンワークだ。


もともとソ―フィヤたちの研究は長期間に及ぶものであった。

だからこのため娯楽等は割と用意され、自由時間も他の宇宙飛行士に比べ存在していた。


そしてその娯楽の最もたる例は、メモリに保存されている映画や電子書籍だ。


宇宙に機材を持ってくる場合、少量であっても莫大な予算が必要とされる。

そんな中、映画や、電子書籍の場合、少しの質量で数え切れないほど保存できるし、宇宙空間であっても地上から簡単にデータとして受け取れる。


最も今現在ではもうデータは更新されないが。

それでも数十年は楽しめるだろうという量は存在していた。


ヒカルと身体を寄せ合いながら映画を見る。


以前であれば、何も思わなかっただろう映画を見て、笑って泣いて怒ったりする。

嫌な変化ではなかった。


いやそれどころか、もっと変化したいと思う。

考えるまでもなくそれはヒカルから影響を受けているのだ。

最近では口癖も移ってしまった。


精神が退行しているような感覚がある。

でも幸せだとソ―フィヤは思った。地球では得られなかった家族との絆のようなものが感じられる。


(弟……なんかしっくりくるな)


ソ―フィヤにとってヒカルはもう家族同然の存在であった。

いや本当の家族よりも、家族だと思う。


こんなにも長い間一緒にいる存在は誰もいなかった。

宇宙滞在中も、訓練期間中も、大学生だった頃も、子供の頃も、他人と接するときはどこか一歩ひいていた。家族ですらも。


今であれば、ヒカルがどんなときに喜び、どんなときに悲しみ、どんなときに怒るのか、ヒカルの思考、常識などがだいたい理解できる。


良くも悪くも単純な少年だ。


だからこそ、気になる。

ヒカルが何を隠しているのか。


ヒカルはたまにこちらを見て、何か言いたそうな顔をする。

だが結局言わない。


だがだいたいの見当は付いていた。


ヒカルの能力のことだと思う。

ヒカルは、自分がヒカルの超能力について身体を変化させる程度の能力と理解しているだろうと思っているはずだ。


なんだろう。

ヒカルは何を話そうとしている?。


やろうと思えばテレパシーのように人の思考を読み取れるところか。

それとも記憶や情報を読み取れる部分か。


それとも……。




元来、宇宙飛行士というのは常人以上の観察力が要求される。

それを満たさない者はまず、宇宙飛行士候補生にすら成れない。


その中でもソ―フィヤの観察力、記憶力は他のコスモノートよりも一線を画していた。だからこそヒカルが自分の超能力について隠していることもある程度わかった。


だがまだわからない部分もある。


ソ―フィヤが映画を見ながら並列思考でヒカルの隠しごとについて考察しているとき、それは鳴り響いた。


ピピ、ピピピピピ。

画面が黄色く染まる。第一緊急アラート。


「うわっ」と隣でヒカルが驚く。


ソ―フィヤはベッドから飛び起き、モニターを操作していった。

モニターにはE23ー532番と表示されている。


ふー、とソ―フィヤは安堵の息を吐いた。


「外壁部系、それも太陽光パネル系の問題だ、よかった」


問題が起こった場合、種類に応じてパネルに数字と記号が表示される。

E23、おそらく修理可能な破損、問題。

そして500番代は、外壁系かつ、30番はパネルの問題だ。


「大丈夫な問題?」

とヒカルがソ―フィヤに聞く。


「ああ、生命に危険を及ぼすものではないよ、それに幸いパネル系の問題であれば私が修理できる」


ソ―フィヤはすぐに外に出る準備をした。

機械を使用してもよかったのだが、残念なことに一人で動かせるものではない。


外にでて直接確認したほうがわかりやすいとソ―フィヤは判断した。


すぐに生命に直結する問題ではないとはいえ、電気はこの船の生命線だ。

何らかの要因でその破損が広がれば、すぐにこのNOAHは終わる。


「ソ―フィヤさん、外に出るの?」

「ああ、その方がはやいはずだ」


ヒカルはしばらく考えたあと、「僕も行くよ」と言った。

ソ―フィヤもそれを聞いてしばらく考えたあと、首を横に振った。


「いや、ヒカルはここで待っていてほしい。理由は3つ」


「3つ?」


「1つ目、まず私一人で対処可能なこと、2つ目、もし行くとしてもヒカルの体格に合う宇宙服を今から準備するのに少し時間がかかること、3つ目、まあこれが主な理由なんだが」


「主な理由なんだが?」


「ヒカルの能力はまだ詳細がわかっていない。何らかの要因で、能力が機能しなかったら危ないからだ。もしかしたら宇宙の何らかの物質に反応して能力が発動しないこともあるかも知れない、それとも時間経過によっておかしな反応になるかもしれない」


「それは」


「だから不安要素はできるだけ消しておきたいんだ。大丈夫、危険だと感じたらすぐに戻ってくるし、それほど危険な任務でもない」


だからヒカルは待っててくれとソ―フィヤは言った。

言ったことはだいたい本当であったが、ソ―フィヤの本音はそうではなかった。


正直にいってソ―フィヤはヒカルの能力を疑ってはいない。

おそらくなんの問題もなく、ヒカルは生身で宇宙空間で生命活動を行えるだろう。


だがソ―フィヤは怖かった。

初めての心通わせられる家族というものを失ってしまうことが。


また一人になったらどうしよう。

ヒカルが外に出てそのまま地球に帰ったらどうしよう。


そんな不安がソ―フィヤの心を支配していた。



ヒカルはしぶしぶそれに頷いた。

ソ―フィヤは納得させられたことに安堵し、宇宙服に袖を通した。









「じゃあ行ってくるよヒカル」

「気をつけて」


がちゃんとロックが掛かり、2つあるうちにの扉が閉じる。

もうなんの音も聞こえなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る