五話 魔界と書いてイケメンパラダイスと読むんですね!


「いやー、食べた食べた。超美味しかった! 満足だわ、結局何を食べたのかわからないけど」

「人ってお腹がいっぱいになるだけでも幸せになれるんだから、不思議よねぇ。自分が何を食べたのか、未だにわからないけれど」

「あはは、気に入ってくれて良かったー!」


 メノウと一緒に、腹を撫でながら幸せそうに笑い合う。メニューに書かれている食材が魔界特有のものばかりで、何がなんだかわからないままシェーラのオススメであるグラタンを食べたのだが。あの春の新緑を思わせる鮮やかな緑色の甲殻類っぽいものは何だったのか。

 得体の知れない食事に若干、身の危険を感じはしたものの。よく考えれば野宿してる時よりかは安全だと思うし、味自体は非常に美味しかった。

 しかも食べ放題で無料だなんて、天国かなここは?


「あ、ねえねえ二人とも。二人のお部屋に、石鹸とか無かったわよね? 実はわたし、趣味で石鹸とかクリームとか色々作ってるんだー。よくお友達とかにもあげてるんだけど。まだ部屋にたくさんあるから、二人もいくつか持って行かない?」

「本当? シェーラって、趣味まで女の子っぽいのね」

「えへへ。ぺリの国ではもともと香水とか化粧品が名産品だからねー。お薬の材料の余りとか勿体ないから、そういうので作ってるだけよー?」

「良いわね。オリガも何か欲しいのあったら――」

「さってとー、お腹も一杯になったし。時は満ちた。早速、魔王に夜這いに行こうかな!」


 胃に溜まった美味なる食事は、あたしの野望を果たす為の糧となった。残る問題は、どうやって魔王に仕掛けるかだ。


「あ、でもその前に何着て行こう? パジャマ? キャミソール? 思い切ってベビードールとか?」

「お、オリガちゃん?」

「ぎゃはー! それは流石に冒険しすぎってか? 人間界から魔界に来るまでだけでも結構な大冒険だったのに? まだ冒険しちゃうの? ふひー!」

「あー……これはしばらく放って置く方が良いかも」


 相手にするだけ面倒だし。メノウが慣れた様子で言えば、シェーラも苦笑するしか無いらしく。


「あそこのバカは放っておいて。さ、石鹸を見に行きましょう」

「え、わたしは構わないけど……オリガちゃんは?」

「自分の世界に入っちゃったから、放っておくしかないわ。ワタシが適当に見繕って持って行けば良いわよ」

「んー、二人がそれで良いなら構わないけど」

「じゃあ、決まりね。オリガ、アナタは先に部屋に戻ってなさい。夜這いに行くのは良いけど、せめてお風呂に入って着替えてからにした方が良いわよ」

「ふへへへ、いつもは鎧で隠れてるけど。あたしだって結構出てるところは出てるし、引っ込んでるところは引っ込んでるんだから。昼間と夜で違う姿にギャップ萌の好感度爆上げ……あ、あれ? メノウ? シェーラ?」


 二人が居なくなっていることに気が付き、はたと立ち止まる。これはまさか、絵画の中に引き込まれたとか影に食べられたとかそういうホラーな案件かな?

 でも、石鹸がどうのこうのと言っていたような。


「ちえ、ちょっとくらい構ってくれたって良いのに。仕方ない、一旦部屋に戻ろうっと。あ、あれ……部屋って、どこだっけ?」


 メノウの言う通り、まずは汗やら何やらを洗い流す為にお風呂に入らなければ。そう考えて踵を返す。でも、よく見てみれば前も後ろも似たような景色。

 壁紙も、照明も毛の長い絨毯も。視界に入るのはどこも同じ。部屋の配置の違いはあるようだが……こういう時に変な置物とか絵画とか飾ってあれば目印になるのに。


「んー。この階なのは間違い無いと思うんだけど……ちくしょう、なんて勇者に優しくない城なの! 魔王め。もう少しこう、案内板的なのを置いておいてくれても良いのに……うん?」


 何だろう。人の話し声が聞こえる。しかも、この気品がありながら茶目っ気も感じるノーブルボイスは! 

 思わず、声がする方へ走る。


「居た、魔王だ! ……ん? 向かいに居るのは誰だろ」


 偶然を装って突撃してやろうかと思ったが、角を曲がろうとしたところで思わず足を止めてそのまま隠れてしまう。


「あれは……ユウギリ、じゃないわね」


 誰だろう。あたしと同い年くらいに見えるが、なんとなく近寄り難い雰囲気を持つ青年だ。

 癖のある黒髪に、猫を思わせる金色の瞳。背中に蝙蝠のような翼と、頭に羊の角がついている。


「ふむ、状況は変わらずか」

「……やろうと思えば、力づくでどうにか出来るかもしれないが」

「いや、良い。リンドウ、そなたの実力は将軍位に相応しいが……今回は相手が悪い。下手に刺激を与えれば、大きな被害が出てしまうかもしれん」

「承知。では一旦、魔王城へ帰還する。今後の対策はそれから――」

「ん? おお、勇者ではないか」

「やば!? バレちゃった!」

 

 不覚だ、無意識に角から顔を覗かせてしまっていたなんて。だって黒髪の方の話し方がボソボソしてて、よく聞こえなかったんだもの!

 

「……勇者?」

「うむ、そなたにも紹介しよう」

「い、いや……その」


 どうしよう、盗み聞きしていたのがしっかりバレてしまった。逃げようにも、魔王が「おいで」と言わんばかりに手招きしてるし。やめろ、年上男性のそういう仕草に弱いんだよ!

 ……仕方ない。不可抗力だ。


「え、えっと……どうもー、勇者ですー」


 社畜の悲しい性か、ぺこぺこしながら二人に歩み寄る。それにしても、近くで見ると青年はかなり端正な顔立ちをしている。魔王といい、ユウギリやこの青年といい魔界は顔面偏差値が高いな!

 そんなことを考えていると、青年の目が皿のように大きく見開かれる。


「人間……勇者、だと。本物、なのか?」

「え、えっと」


 ふるふると震えながら、青年が爪先から頭のてっぺんまでジロジロ見てくる。いやん、イケメンに熱い視線を向けられると困っちゃう!


「うむ、そうだぞ。勇者よ、この者の名はリンドウ。余の――」

「今すぐ帰る!!」

「へっ、うわわ!?」


 ぼふんと、視界いっぱいに白い煙が上がる。反射的に後退り、目を瞑る。一体何が、テロ?

 すぐに目を開く。だが、そこに居たのは魔王だけ。不思議なことに、青年の姿はどこにもなかった。


「え、あれ? 今のイケメンはどこに?」


 毛の長い絨毯が足音を吸収するとはいえ、こんな一瞬で人一人が居なくなるなんてことある? 手品師かな?


「……ふ、ふふ。ははは! リンドウもリンドウだが。そなた、なんて間抜けな顔をしておる」

「へ? あ……ちょ、ちょっと驚いただけよ! 笑うな、見るな!」


 腹を抱えて笑う魔王に、顔がかあっと熱くなるのを感じる。笑顔も気絶しそうなくらいに素敵だが、あたしでも笑われるのは恥ずかしいの!

 耐えられずに、子供のように地団駄を踏んでしまう。しかしふと、自分の足が何かを踏んでしまっていることに気が付いた。

 屈んで、拾い上げる。バラバラになった紙片だ。元はトランプカードくらいの大きさだったようで、何かが書いてある。何が書いてあるかはわからないが。


「もう……あれ、これは何?」

「ああ、それは魔法カードだ。そのカードに魔力を込め、様々な魔法を発動させる。今、ここに居たリンドウは本物ではない。本物のリンドウは遠征に行っており、城内には居らぬ。今のは連絡用の代わり身だったのだが、途中で魔法が解けるとは。そなたの存在に相当驚いたようだなぁ」


 笑い過ぎたせいで涙が出たらしい。目元を指で拭いながら、魔王が言った。うーん、確か二次元の世界では陰陽師が札を使って似たようなことをしていたような気がする。


「将軍としての技量は申し分ないが、気が弱いのが玉にキズだ。すぐに取り乱して、集中力を欠いてしまう」

「魔王の城に勇者が居たら、普通は取り乱すと思うけどね。でも、将軍と言うことは」

「うむ、リンドウは我が魔法軍を率いる将軍だぞ。あの様子だと、近い内に帰ってくるだろう」


 にこにこと魔王が笑う。それにしてもシェーラの言う通り、この魔王は城内ならどこにでも行くし誰にでも気軽に声をかけてしまうようだ。

 これは確かに勘違いをするかもしれない。なんてやつ!


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