六話 尊さで墓が建つ思いをしたことがあるか?


「へえー? この城、こんな隠し通路があったんだ。でも……なんか、随分雰囲気が違うみたいだけど。ジメジメして古臭い感じ……」


 お目当ての隠し通路は、玉座の後方にあった。奥の壁にちょっとした仕掛けが施されており、壁の模様をシキの指示通りになぞった途端、壁が消えて代わりに通路が現れたのだ。

 そこはレンガのような石造りで、足音だけではなく声や息遣いまでやたら響いてしまっている。


「ユウギリやシェーラの話では、魔王城はその時の魔王によって形や内装を変えるらしいけど、ここは随分無骨なところなのね? 何となく、シュリらしくないような……」

『貴様は自分と幼馴染。骨格まで全く違う生き物だとでも言い張るつもりか? この通路は、言わば魔王城の骨格だ。人でいう服や肉にあたる外装や内装は変わるが、骨格までは変わらん』


 シキと話しながら、薄暗い通路を二人で進む。二人とは言っても、うっすらと埃の積もった床に残る足跡はあたしの分だけだから妙な気分だ。


『ここに入る際の仕掛けは変わるが、通路自体は変わらん。だが、俺様の時代と同じ仕掛けだった辺り、やはり俺様とシュリは似ているらしいな。俺様の頃の方が、この城はもっと煌びやかだったがな! 辺りには金や宝石が溢れ、血の池には肉食魚が猛々しく泳ぎ回りそして――』

「はいはい、すごーい……でもこの通路、勇者であるあたしに教えちゃっても良かったの? こういう通路って、魔王が緊急時に逃げる為の通路なんでしょ?」

『とことん人の話を聞かない小娘だ。もう何百年もまともに使っていないからな、シュリでさえ知っているかどうか疑問なくらいだ』


 それはそれで、どうなんだと思わないこともないが。この通路を使わなくて済むくらいには、平和であると考えるべきなのだろう。

 そうだ。どうせなら、この通路ももっと平和的に有効活用すべきだ。


「シュリの寝姿……きっと凶器レベルで綺麗なんだろうなぁ。ふへへ……シュリって寝る時、どんな格好してるのかなぁ。はっ、裸だったらどうしよう。それはそれでご馳走です、ウッハウハ!」

『……ほんの少しだけ、シュリのことを気の毒に思ってしまった。ほら、着いたぞ』


 姦しく騒ぐあたしを殆ど無視しながら、シキが足を――無いけれども――止めた。一見すると行き止まりだが、目の前にある壁の向こう側がシュリの部屋らしい。

 つまり……この壁の向こうに、シュリがあられもない姿でベッドに……。


「よ、よし。とりあえず、シュリの寝室までの行き方は覚えた。ありがとう、シキ。それじゃあ、あたしは一旦部屋に戻ろうかなぁ」

『は? 貴様は何を言っている』


 自慢の美貌に不似合いな、素っ頓狂な声を上げるシキ。くるりと踵を返すあたしの前に立ちはだかって、引き返す道を塞いでいる。

 くそう、幽霊のくせに無駄に迫力がある!


『ここまで来ておいて帰るだなんて……面白くない冗談だな、小娘』

「だって……あ、ほら! あたし、まだお風呂入ってないし!」

『あの埃っぽい通路を見ただろう? 風呂に入ってどれだけ垢を落とそうが、あの道を通れば一瞬で埃塗れだぞ』

「そ、それは……あ、剣! あたし、剣持ったままだ! 流石に物騒じゃん、置いてこなきゃ!!」

『床にでも置いておけば良いだろう? ……何なら、その剣でシュリを脅しながら事に及べば良い。中々興奮するんじゃないか?』

「あんたの趣味えげつな! ていうか察してよ。あたし、緊張でどうにかなりそうなの! ぶっちゃけ、深く考えないで勢いで来ちゃっただけなんだってば!」


 あれだけテンションをぶち上げていたものの、いざその時が来たら物凄く緊張してきた! 手は震えるし、変な汗かくし。

 頭の中はぐちゃぐちゃで、百通りは考えたシュミレーションが全て混ざり合って何も考えられなくなってしまった。


「と、とにかく! 仕切り直しよ、だから今夜は出直して――」

『ええい、ごちゃごちゃとやかましい! お前は勇者だろう、今が勝負時だ。腹を括れ!!』

「え、ちょっ、うぎゃあ!!」


 怖気づくあたしを励ましながら、シキが背中を優しく押した……ではなく。問答無用と言わんばかりに、ボーリングの球くらいの大きさに圧縮した電撃を投げ付けてきやがったのだ!

 幸いにも、威力は罰ゲームレベルの静電気くらいだったので大して痛くはなかったが。吹き飛ばされて、べちゃっと潰れるように床に倒れ込むあたし。しかし、倒れた先は柔らかい絨毯だった。


「い、いたた……ちょっとシキ! 危ないじゃない! こういう時は、そっと肩を叩きながら優しく励ましなさいよ。そういうポジションでしょあんた、この顔面無駄遣い野郎め!」

「……オリガ。そなたは一体どこから入って来たのだ」

「……え?」


 てっきりシキが怒鳴り散らしてくるかと思いきや。ギギギ、と油の切れた人形のようにぎこちなく背後を振り向く。

 そこに居たのは、寝巻きに着替えた最推しシュリだった。座り込んだあたしに視線を合わせるようにしゃがんでおり、緩く編まれた髪が絨毯についてしまっている。


「しゅ、シュリ!? な、なんでここに!」

「何だと、ここは余の寝室だぞ。もしや、そなた……迷子になったのか?」


 不思議そうに、シュリが首を傾げる。なんだその仕草、可愛いな! 思わず室内を見回すが、どうやらここは本当にシュリの寝室らしい。傍には天蓋付きの豪華なベッド。キングサイズのそれはあたしの乙女心をこちょこちょと擽ってくる。

 空気は柔らかく、ハーブのような良い香りがする。こういう部屋、女子は大好物です。

 ちなみに、シキはいつの間にか姿を消していた。人を吹き飛ばすだけ吹き飛ばしておいて、あとは若い二人だけでってか?

 やかましいわ!


「うう、シキの鬼畜……ま、まあ良いわ。観念しなさい、シュリ。あたし、夜這いに来たの!」


 すくっと立ち上がり、指をシュリの眼前に突き付ける。あー、どうしよう! これっぽっちもムードがない。果たし合いかな? 色気ってお店で買って装備するものでした?

 これでは、シュリに担がれて部屋を放り出されるのがオチだわ。諦め半分、後悔半分。しかし、彼が発したのは耳を疑うような言葉だった。


「……ふむ。これは……据え膳食わぬは男の恥、というやつか?」

「ふへ?」


 シュリがゆっくりと立ち上がると、あたしの腰に左腕を回して身体をひょいと持ち上げる。

 そして、そのままベッドにぽいっと放った。


「ひわわっ!?」


 あたしの身体がベッドで弾む。え、何事? 何が起こった?


「夜這いか……それなら、寝たフリでもしておけば良かったか。いや、女性にされるのも悪くはないが。残念ながら、そういう気分ではないからなぁ」

「え? え?」


 妖艶な微笑を浮かべながら覆い被さってくるシュリ。するりと、彼の指があたしの頬を擽るように撫でる。

 これは……VR? それとも、


「余はこう見えて、結構ケダモノだぞ」


 口角を上げて、舌なめずりをするシュリ。綺麗な顔面とは裏腹に、まるでライオンやトラを思わせる獰猛な表情。これはつまり、どう考えてもそういう展開なわけでだから――


 視界に突如、鮮血が舞った。


「ゴッフ」

「お、オリガ!?」

「だめ……辛い、何この顔面兵器……尊い……尊すぎて墓が建つ」


 上半身を起こし、ボッタボタと鼻から血が流れる。このまま失血死するかもしれない。でも、このタイミングで鼻血だけはやめろ。頼むからやめろ。


「だ、大丈夫か? すまぬ、少しからかいすぎた」

「うん、大丈夫……バージンをロストしただけだから」

「バージン……鼻に?」

「と、とととにかく! 今日のところは、これで勘弁してあげるんだからね!!」


 じゃあね、おやすみ! 手の甲で鼻を押さえたまま、あたしはシュリを押し退けるようにしてベッドから転がり落ちると、そのまま自慢の駿足で隠し通路に逃げ込んだ。

 その後。忘れ物を取りに来たユウギリが、大量の鼻血のせいで事件現場っぽくなってしまったシュリの寝室を見て気を失ったことを、あたしは夜が明けてから知らされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る