五話 異世界でも報連相は忘れるな!
ひいっ! 不意打ちする声に、ユウギリだけではなくあたしまで飛び上がってしまった。慌てて後ろを振り向くと、案の定そこに居たのはシュリだった。むすっと不機嫌そうな顔で、ずんずんと大股で歩いてくる。
「陛下!? え、えーっと。これは、その」
「ユウギリ、余は悲しいぞ。そなたは余と一番長い付き合いであり、優秀な右腕だというのに。余に何の報告もしないまま、勝手な判断で行動するとは。それも、オリガやメノウまで巻き込んで」
「あー……ごめんねぇ、大臣さん。見回り途中で魔王さまに見つかっちゃって。顔面の圧に勝てなかったわ」
シュリの後ろから、ひょっこりと顔を出したメノウ。一応シュリには秘密に、という方針だったのだが。まさかメノウが捕まるとは、盲点だった。
「も、申し訳ありません。陛下のお手を煩わせる程の案件ではないと判断しまして」
深々と、ユウギリがシュリに頭を垂れる。まあ、確かに。たかが幽霊騒ぎとはいえ、やはりシュリに何も言わなかったのはまずかった。
だってほら、仕事で
それに、部下に頼って貰えないと上司も寂しいっていうか。
「まあ良い、許す。それに、幽霊とは面白そうだ。余も手伝おう、仲間に入れよ」
「げっ!」
違った。魔王、仲間外れにされて不機嫌だっただけだ! 子供かよ!
「い、いいえ! 陛下のお時間を取らせるような事態ではありませんので!」
「遠慮するでない。ここは余の城だ。余の城を、そして余の臣下達を脅かす者は何であれ許さん。張り切って成敗してやるぞ」
「張り切らなくて良いです、陛下の張り切りが一番の恐怖なので! あー!! 大鎌を出さないでくださいー!」
まるで手品のように、何もない空間から大鎌を出現させるシュリをユウギリが必死に止める。自分の城を案じているのは王の鑑だと思うが、壁と床に貼られた絆創膏は見えないのかな?
「ねえ、オリガ。そこでふわふわしてるカッコいいお兄さんは誰? 雰囲気はかなり違うけれど、なんか魔王さまに似てない?」
「あー、この人はシキって言って。大昔の魔王らしいんだけど……あれ?」
足音忍ばせ近付いてきたメノウに答えるものの。さっきまであーだこーだうるさかったくせに、すっかり静かになってしまったシキを振り返る。
消えたかと思ったが、残念ながらまだ居た。口を閉ざし、物静かな表情でシュリを眺める姿はかなり絵になる。
そうか、こいつは喋ると残念なタイプなんだな。
『…………』
「あんた、何でさっきから黙ってるの?」
『……わからんのか、勇者の小娘。シュリは俺様の存在に気が付いていない』
「え?」
シキが屈辱的だと言わんばかりに、唇を噛む。言われてみれば、とはシキとシュリを交互に見比べる。必死に説得を続けるユウギリを視界の中心に置いたとしても、シュリの位置からはシキがばっちり映り込んでいる筈なのに。
幽霊で、ちょっと透けてるし足も膝から下辺りが消えてしまっているが。それでもシキの存在感は凄い。性格はこれっぽっちもあたしの好みではないが、見た目は文句の付けようのない美男だ。
この状況でシキをスルー出来るスキルは、流石の魔王でも未修得だろうに。
「……何で?」
『知らん。これでも結構頑張って存在をアピールしているんだがな』
「え、頑張ってるの? どの辺が?」
『貴様のような一雫の魔力も持たないような人間の小娘には理解出来んかもしれんが……今の俺様は言わば魂と記憶、そして魔力のみで形作られている存在だ。だが、そんな儚さも俺様の美貌を飾る要素の一つにしかならんのが我ながら恐ろしいな、ふはは――』
「チェストー!!」
『ぎゃあ!!』
剣を抜き、シキに向かって突き出す。しかし、史実にも名を残すだけあって幽体でも流石の身のこなしで避けられてしまう。
くそう、幽霊のくせにすばしっこいな!
『やめろと言っているだろうが小娘!! 良いか、お前の剣は物を斬る以外に魔力を消滅させるという意外と凄い力を秘めておるのだ! 無闇やたらに振り回すな、馬鹿者!!』
「あんたがどうでも良いことをペチャクチャ喋るからでしょ!」
「……オリガよ。そなたはそなたで一体何をしておるのだ、しかも独りで」
シキといがみ合っていると、シュリが気まずそうにあたしを呼んだ。振り返ると、その紅い双眸がまるで雨に濡れた捨て猫を見つめるかのような視線を注いでくる。なんてこったい!
よくよく考えてみれば。シキの姿が見えていないということは、シュリから見たあたしは何も無い空間に盛大な独り言を叫び続けていたということか。
これは流石にキツイです!
「むう……そなた達、どうやら相当疲れているようだな。ユウギリ、もう今日のところは良い。全員、部屋に戻れ。幽霊騒ぎの調査はまた後日にするぞ」
「え、ええっと……そ、そうですね。とりあえず、今日はもう休むことにします」
『お、おいコラ! 俺様の話がまだ終わって――』
「オリガとメノウも、早く部屋に戻るのだぞ」
「はぁい、魔王さま」
「おやすみなさーい」
流石、現在の魔王。流れるような采配でこの場を収めると、シュリはユウギリと共に行ってしまった。あたしとメノウがひらひらと手を振って、扉が閉まるまで見送る。
そして、訪れる静寂。
「……それで、オリガ。これからどうするの?」
「んー、そうだねぇ。とりあえず……やることは、たった一つだけ」
そう言って、あたしはくるりと背後を向いてシキを見る。そして右手を差し出して、高らかに言った。
「さあ、魔王シキよ。あたしにシュリの寝室への隠し通路を教えなさい!」
『ふざけるな!! 何故そうなる!』
「何よ! あんた、自分の話を聞いたら隠し通路を教えるって言ったじゃない」
『話はまだ終わっていない。何なら、まだ本題にすら入っていないぞ!!』
銀色の髪を振り乱して、シキが獣のように低く吼える。だが、すぐに諦めたらしく。大きく肩を落として重々しい溜め息を吐いた。
『……まあ、良い。別に急ぐような話ではないし、何なら俺様の杞憂かもしれんしな』
「杞憂?」
『俺様も疲れた。これ以上魔力を消費すれば、本当に消えてしまうからな。ほら、付いて来い』
「え、ガチなんだ!? やっほーい!」
「あらぁ、魔王さまもそうだけれど……シキさまも随分太っ腹なのねぇ? まあ、お姉さんはおジャマにならないように退散するわぁ」
「ナイス、メノウ! 大好き! じゃあ、あとでね!!」
ひらひらと手を振るメノウに、ブンブンと振り返して。あたしは意気揚々に、シキの後を追い掛けた。
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