四話 いやん、見つかっちゃった!


 思わず、ユウギリと顔を見合わせる。しかし、互いの顔面にあったのは全く別の表情だった。

 ユウギリは驚愕。

 あたしはチベットスナギツネ。


「シキ、さま……? え、まさか。ほ、本当に?」

「………誰?」

『ダークエルフ、世間知らずの小娘に俺様の偉大さを教えてやれ』

「え、ええっと。シキ様は、その……今から五百年前に即位されていた魔王でな」


 しどろもどろになりながらユウギリが言うには、魔界の歴史で一番の名君だと言われている魔王。それが目の前のシキであるらしい。

 領土を巡り、争いが続いた戦乱の時代。それを圧倒的な力で平定したカリスマ。現在の平穏はシキが作り上げた土台があってこそであり、彼無くしては今もまだ魔界は地獄のような争いが続いていただろうとまで言われているとのこと。


 要するに、すんげー魔王ってことか。


『理解したか、勇者の小娘。俺様がいかに偉大であるかを』

「うーん、まあ。なんとなく、でも……」


 紅い瞳があたしを睨む。しかし、大して恐ろしくはない。なんていうか、もう答えはわかってしまっているからだ。

 ほんのり向こう側が見える程度に透き通っている身体は、ふわふわと優雅に浮いている。声も聞こえるというよりは、頭の中で響くかのような感じがする。


「あんたって……幽霊なの?」

『俗な言い方をするのなら、そういうことになる』


 シキが頷く。まさか、本当に幽霊なんてものが居るだなんて。しかも、結構はっきり見えるし会話だって出来ちゃったよ。

 でも、まあ。幽霊を見つけたのなら次にやるべきことは決まっている。あたしは一秒たりとも迷わなかった。


「成敗!!」

『んなっ!? なな、何をする!!』


 強く床を蹴り、シキと一気に距離を詰め疾風の如き速さで剣を抜き放つ。そして、勢いそのままにシキの身体を目掛けて思いっきり剣を振った。

 だが、流石相手はシュリの先祖だ。完全に不意を突いた筈なのに、紙一重のところで避けられてしまった。

 束ねた銀髪に切っ先が僅かに触れたのだろう、絹糸のような髪が数本宙を舞って儚く消えた。


『き、貴様……いきなり何をする! 無礼者め、今すぐ跪き許しを請え!!』

「はあ? 勇者が魔王を倒すのに許可でも要るわけ?」

『急に正論を言うか!?』

「おお、今のは凄まじい動きだったな……昨日とはまるで別人だ」


 いつの間にか立ち直ったらしいユウギリが、あたしの動きに感嘆の声を上げている。そうだ、昨日は相手がシュリだから油断していただけだ。

 あたしは間違いなく、神に選ばれた勇者なんだもん!


「それよりも。今の慌て方、偉大な魔王らしくなかったんじゃない? やっぱり噂通り、この聖剣は何でも斬っちゃうのかなぁ。鉄だろうと水だろうと……幽霊だろうと、例外無く」

『うぐっ』

「図星みたいね。よーし、やったるわ!」

『ま、待て待て! ダークエルフ!! 貴様、自分の主の先祖が勇者に倒されそうになっているんだぞ。何とかしろ!!』

「ひい! こここ、こっちを見た!? 幽霊と目が合ってしまった! 魂を持って行かれる! ひいいぃいい!!」

『ええい、軟弱者め! これだから最近の若造は!』


 こうなったら。シキが改めてあたしに向き直ってくる。


『おい、小娘。俺様と取り引きをしろ。俺様は話がしたいだけだ』

「はあ? ちょっと、何百年前の魔王か知らないけど……それが他人様ひとさまに頼み事をする態度な――」

『俺様に向けるその剣を下ろし、とにかく話を聞け。そうすれば、シュリの寝室に繋がる秘密の通路を教えてやる。恐らく、シュリでさえ知らないだろう。夜這いでも何でも出来るぞ』

「はい、シキ様! 今日はどのようなご用件で現世に戻って来たんですか!?」

「掌返しが早すぎるぞ勇者!」


 悲しきかな、これが欲深い人間の性だ。それに、言葉は荒いが本人が訴えるように悪さをするつもりはないらしい。


「そ、それで……ええっと、しっ……シキ様、は……本日はどのようなご用件で」

『怖がるか敬意を払うか、どちらかにしろ。鬱陶しい』

「ひ、ひいぃ! すすす、すみません!!」


 ユウギリの声が裏返る。相手は幽霊ではあるものの、自分の主の先祖という妙な葛藤と戦っているらしい。難儀なことだ。


『ふん、まあ良い。用件か……そうだな。用件は二つだ。まず、俺様は我が高潔なる血を受け継いだ子孫の、あまりの体たらくにそれはそれは非常に心を痛めている』

「あー……もっと端的に、わかりやすくオナシャス」

『俺様と並ぶ魔力と実力を持っていると言うのに、緊張感がまるでない! 勇者の侵入を許すだけならまだしも、力加減さえ出来ないとはたるんでいる!!』


 鬼のような形相でシキが怒る。力加減というと……あれか、あたしがちょんぱされたことを言ってるんですかね、やっぱり。

 ていうか、勇者が城に乗り込むのは良いのか。


「でも別に良いじゃない。ずっと戦ってたあんたとは違って、シュリは久しぶりに大鎌を振り回したって言ってたから勝手が違うのは当然だし。いざという時は滅茶苦茶格好良くキメてくれるわよ。だって、あたしの最推しだし!」

『全く、勇者というヤツはどいつもこいつも簡単に言ってくれる……。貴様の言うことも一理ある。だが、シュリは魔王だ。相応の力量を求められるのは必然である。昨日もそうだ。相手が勇者である貴様だったから助かっただけで、そこのダークエルフだったら蘇生する間もなく死んでいた。不器用、では済まされない』


 うぐ、とメノウに隠れたままユウギリが肩を震わせた。流石、幽霊とはいえ歴史に名を刻んだ魔王だ。

 昨日はあたしがちょんぱされて、城に絆創膏が貼られるだけで済んだが。あの時、魔族が自主的に逃げていなかったらもっと被害が出ていたかもしれない。


『そもそも、貴様らはシュリの本質が見えていない。あれは、非常に危うい。何せ自分でも、その危うさに気がついていないのだ。まあ、自分というものはこの世で一番不可解な存在だ。見ようとすればするほど薄らぎ、考えようとすればするほど揺らぐ。よって、誰かがわからせてやる必要がある』

「あのさ、あんたの話って超わかりにくいんだけど? わざとなの?」

『俺様の話が理解出来んのなら、これ以上続けても無駄だ』


 チッと舌を打つシキ。やばい、面倒臭い上司臭がぷんぷんしてきやがるぜ! 


「あ、あの……お言葉ですが、シキ様。陛下は……シュリ様は、確かにミカンの皮も上手く剥けないくらいに不器用な方ですが。即位してから十年、魔界の平和を更に根強いものにしようと尽力しております。シュリ様以上に、今の魔界に相応しい王は居ないと思いますが」


 ぶるぶると震えながら、ユウギリが言った。お、主君を貶されて流石に怒ったのだろうかとも思ったが。真っ青になった顔面からは圧倒的に「オバケこわい」という本音がだだ漏れである。

 そんなユウギリに、シキが大きく溜め息を吐いた。


『シュリが魔王に相応しくないとまでは言っていない。すっかり平和ボケしている辺りが気に食わんが。あれの力量は凄まじい。俺様から見ても賞賛に値する』

「じゃあ、何なのよ。シュリの何がそんなに気に食わないっての?」

『ここまで言ってもわからんのか! だから、このままではシュリは自滅すると言って――』

「そこの二人、余に内緒で何をしておるのだ?」



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