三話 今のあたし、超カッコイイから見て!

 それから数時間後。時刻は夜。太陽が地平線の向こうに沈んでも、息苦しい程の熱気は衰えない。

 それでも、この石造りの『謁見の間』の空気は不思議とひんやりしている。


「ねえ、ユウギリ。どうしてまたここなの?」

「僕が最も優先すべきなのは、陛下の身の安全だ。ここは陛下と客人と謁見する場所なのだから、緊急性が高いのは当然だろうが」


 ユウギリがふん、と鼻を鳴らす。そうは言うものの、目の前の玉座は空だ。魔王と言えど、シュリはずっと玉座に腰を下ろしているわけではないらしい。

 むしろ、シュリはここに居る方が少ないとのこと。普段仕事をするのは執務室で、昨日は定例の謁見がありそのまま部屋にも戻らずに眠ってしまっていただけらしい。

 魔王イコール玉座という安直な考えが通用した昨日は、運が良かった。今日だったら、このクソ暑い中を探し回らなければならなかったかもしれない。


「ここでは、獣のような唸り声に壁や床を殴り付けるような音。あとは、独り言をブツブツ言うような人の声が度々聞こえるらしい」

「さっき言ってたような物が浮いたり変な影が動いたり、そういうのが目撃されたところの方が良いんじゃない? ま、それでもシュリを優先するなら彼の寝室でもお風呂でも付き合うけどね!」

「ば、馬鹿者! そんな生々しい場所に行って本当に幽霊が出たらどうする……いや、お前が暴れても良いようにここにしたんだ。ここならば広いし、壊れやすいものも無いからな!!」


 ユウギリが必死に捲し立てる。もはや怖がりなのが全く隠せていない。あたしのヘンタイ発言にツッコミすら入れられないようだ。

 なんか、可哀想になってきた。


「そんなに怖いのなら、あたしに任せて部屋に帰っても良いよ? それか、メノウに付き合って城内散策とか」

「あ、ああいう女は少々苦手なんだ。どこを見ていれば良いかわからないし、聖剣を持っている分、お前の方が信用出来る……」


 ぶるぶると震えるユウギリ。うーん、信用されているんだかどうなんだか。ちなみに、メノウは他に幽霊の目撃情報があった場所を見て回っている。

 何かあったら、ここで落ち合う手筈だ。


「それよりさ……あれ、何?」


 とりあえず、一旦ユウギリの気を紛らわせよう。この部屋に入ってきた時から気になっていたのだが。床や壁に貼られた、白い大きな十字のテープのようなもの。

 何だろう、ちょっと古いタイプの絆創膏にしか見えない。


「何って、建物専用の貼布剤だが? 昨日、陛下がお前を屠る為に張り切り過ぎた後の傷跡がなかなかに目立つからな。それを貼っておくと、損傷個所の修復も早くなるんだ」

「貼布剤って、布とかに薬を塗って傷口に貼るやつ?」

「それ以外に何があると言うんだ?」


 きょとん、とユウギリ。あー、なるほど。魔界では生き物と同じように、建物も少しの傷なら自分で治すのだと聞いたけど。絆創膏まであるんですね。

 ……拝啓、国王陛下。人間の常識が、一週間も保たずにぶっ壊れそうです。


「とりあえず、しばらくここで様子を見るぞ。他にも、妙な報告があった場所はいくつもあるが……それはお前の相棒に任せよう。下手に動き回るよりは、一か所に待機している方が良い」

「うーん、でも結構ヒマだなぁ」


 謁見の間に来て、早一時間ほど。特にやることもない為に、ピカピカに磨かれた床に腰を下ろした。最初は咎められたものの、やがて疲れてきたのかユウギリまであたしの向かいに座り込んでしまう。

 完全に雰囲気も緊張感も無くなってしまった。


「それにしても、魔王は代々魔人が務めてるって話だけど……もしかして、今までの魔王もずっとシュリみたいな美形がやってたってこと?」

「いや、そういうわけでも無い。あくまで、魔人は優れた容姿の方が多いという意味合いだ。それがどうした?」

「いやあ、なんか聞いた話と全然違うなーって。人間界ではさ、魔王は争いを好むバケモノで、魔界は常に血生臭い地獄だって」

「そういう時代もあったし、争いを好む魔王も居た。間違いではない。我々も、勇者は身勝手な正義を振りかざす偽善者だと伝えられていた。それも、今世で終わりだがな」


 にやりと、ユウギリが嫌みったらしく言った。あれ、バカにされてる?


「でも、性別関係なくあんなに美人ならあたしみたいに魔王に恋しちゃう勇者が他にも居たんじゃない?」

「恐らく、ほとんどの勇者にそんな余裕は無かったのだと思うぞ。命と世界をかけた決戦なんだから」

「えー、でも一人くらいは居たんじゃないの?」

「全く、お前は本当に」

『本当に、勇者とは思えん堕落ぶりよ。このような乳臭い小娘が、聖剣の担い手とは』

「乳臭い!? この野郎、やんのか大臣コラ!」

「い、いや僕はそこまで……え?」

「ん? 今の声って……」 

『やれやれ。神は一体何を考えているのか、焼きが回ったのだろうなぁ』


 クスクスと、冷たい嘲笑が響く。あたしは跳ねるように立ち上がり剣の柄を握る。ユウギリもバタバタと慌ただしく立つと、子猫のように震えながらあたしの背後に隠れた。


「ひっ、ひぃいい! ななっ、何なのだ!? 一体何が起きている!!」

「……って、逆じゃない!? あんた男でしょ、しかも年上でしょ! 女の子の後ろに隠れて恥ずかしくないの!?」

「や、やかましい! 戦いに関してはお前の方が上だろうが!」


 情けない! 昨日シュリに氷をぶつけた度胸はどこに置いてきたのよ! そう叫ぶも、ユウギリが戦いに慣れていないのは本当だろう。腑に落ちないが、あたしが前に出るしかない。

 大臣を庇って立つ今のあたし、超絶カッコイイからシュリに見て欲しい。


「ゆゆゆっ、幽霊か!? 幽霊なのか!?」

「一体誰!? コソコソ隠れていないで、姿を見せなさい!」

『やれやれ、礼儀がまるでなっていない小娘だ。本来ならば不敬罪で牢屋送りだが、今回は特別に見逃してやろう』

「ほっ、本当に居るのか? 幽霊などというものが、本当に実在するというのか!?」

「小娘小娘って……言っておくけど、あたしこの鎧脱いだら凄いのよ!! お色気ホルモンむんむんなんだからっ!」

『ふん、どこが――』

「ぎゃああぁああ!!」

『ええい、そこのダークエルフ!! さっきから喧しいぞ!! この俺様が喋っているだろうが!』


 喚きまくるユウギリが相当鬱陶しかったのか、怒号があたしの鼓膜を殴り付ける。突如、雷の如き閃光が視界を真っ白に塗り潰し、凄まじい衝撃に空気が揺れた。


「わっ!」


 咄嗟に目を閉じ、腕で顔面を庇うものの。それでも眼球を刺すかのような強烈な光が襲ってくる。だが、それは雷でもなければ何かが爆発したわけでもなかった。

 目蓋の向こう側で光が弱まるのを感じ、あたしはゆっくりと目を開く。


『良いだろう、無礼者ども。この玉体をその目に映す栄誉を与える。刮目せよ、そして歓喜にむせび泣くと良い』

「え……あれ、シュリ?」


 目の前に居たのは、見覚えがあるどころか妄想の中で好き勝手にしている愛しの魔王シュリであった。だが、どうにも様子がおかしい。

 腰まで届く銀の髪に、煌めくピジョンブラッドの瞳。文句の付けようの無い美貌も、すらりと伸びる体躯も何も違わない。

 ……いやいやいや、違わないわけあるか。確かに容姿だけを見れば、目の前に居るそれはシュリと瓜二つだ。ただ、銀髪は一つに纏められ、毛先にかけて紅のグラデーションがかっている。

 身に纏う黒衣はジルが着ているものに似ているものの。腕や首、腰などにジャラジャラと金や宝石を纏っている為にかなり派手だ。しかし恐ろしいことにそれらが嫌味な印象で目立っていることは決してなく、むしろ美貌の引き立て役でしか無い。

 簡潔に言うと、双子のように似ているが明らかに別人である。


『誰がシュリだ。俺様をあんなミカン好きと一緒にするな!』

「シュリの色違いみたいな格好してるくせに。じゃあ、あんた一体誰なのよ!」

『俺様に名乗らせる気か、不敬者め……まあ良い。一度しか言わぬし、今後シュリと間違えたら雷を落とすから覚悟せよ』


 艶やかな銀髪を強気に揺らしながら、不機嫌そうな顔で彼が言った。


『俺様はシキ。今から五百年前にこの魔界を支配していた、史上最強にして最も美しい魔王だ。ちゃんと覚えておけよ、人間の小娘』



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