二話 この大臣、ちょろいぞ!
それぞれ食べかけ、飲みかけだったサンドイッチやらお茶やらを口に詰め込んで。カモに気が付かれて逃げられないよう、三人は足音を忍ばせて背後に歩み寄る。
カモはどうやら、何か考え事をしているらしい。
「参ったな……将軍達が帰ってくるまでこの件は保留に。いやいやいや、放置して大事が起きたらどうするんだ。ううーん……そもそも、この城は少々人手不足じゃないか? もう少し雑用係を増やしても良いと思うが、しかしそうすると安全面で問題が――」
「ヘイ大臣! 働くのでお金ください!」
「うぎゃあ!?」
肩にぽん、と手を置いた瞬間。断末魔かと思わせる程の悲鳴を上げながら、ユウギリがようやくあたし達の方を振り向いた。
顔面は真っ赤。エメラルド色の双眸は涙で潤んでいる。
「な、なんだ……お、お前達か。びび、びっくりさせるんじゃない!」
「そっちが勝手にびっくりしたんじゃない!」
「ねえ、大臣さん。お昼はもう食べた? まだなら、一緒に食べましょう? サンドイッチもお茶も、まだまだたくさんあるのよ」
「昼飯? 悪いが、それどころではない」
忙しいのだ、と言いたげにユウギリがあたしとメノウの間を擦り抜けようとした。しかし思わぬ伏兵に、ユウギリが再び足を止めた。
止めざるを、得なかった。
「あのう、ユウギリ様。つい先日もお食事を抜いた後で貧血を起こして医務室に運ばれてきたのって、覚えていらっしゃいますか? 覚えてますよねー?」
にっこりと、しかし迫力のある笑顔でシェーラが言った。可愛いのに何故だか恐怖を覚える表情に、哀れなユウギリがひいっと震えた。なんならあたしも息がひゅってなった。
この天使、可愛いだけじゃない。気をつけよ。
「わ……わかった、頂こう」
ユウギリが頷く。昨日、魔王に氷をぶつけた不良大臣はどこへ行ったのか。大人しくシェーラに連れられて、あたし達のシートに大人しく座った。そこまですると、やはり相当空腹だったらしくすぐにサンドイッチを口に運んだ。
可憐な見た目とは裏腹に、意外にもバクバクと何らかのカツサンドにかぶりつくという男らしい食欲を見せるユウギリ。うーん、こういうギャップは夢女子的に美味しいです。
「それで、何か悩み事? 物凄い顔色してるけど」
彼の空腹も落ち着いたところを見計らって、切り出してみる。すると、ユウギリが苦々しい表情で口を開いた。
「そう、だな……勇者達はまだこの城に来たばかりだから、わからないとは思うが……その、夜の間に何か変わったことはなかったか?」
「変わったこと?」
「ここ数日、特に夜中に多いんだが……ちょっと、妙なことが起こるという報告が相次いでいてな。なんていうか……物が勝手に浮いたり、棚などが動いていたり。人の気配を感じて振り向いたのに、そこには誰も居なかったり」
他にも不自然な物音が続いたり、刃物を持ったぬいぐるみがかくれんぼをしていたり、トイレの個室が開かなくなったりなどなど。ユウギリの口から次々と零れ落ちる言葉に、あたしは二人と顔を見合わせる。
なんか、どれもこれも前世で聞き覚えがある気がするけど。多分それは、
「幽霊ってやつじゃ――」
「わぁああ!!」
あたしの声をかき消すように、ユウギリが絶叫する。こんなに叫んでいるのに、見回りの兵士は怪訝そうに見てくるだけ。緊急性はないということが判断出来ているのだろうか。
有能なのか、そうでないのか。わかりにくいな。
「ゆゆゆ、幽霊などと軽々しく口にするな! 馬鹿者が!!」
「じゃあ、なんて言えば良いのよ。オバケ? 都市伝説?」
「本質は何も変わっていないだろうが!」
「あらぁ、大臣さんって意外と怖がりなのねぇ?」
「怖くない、気になるだけだっ」
とにかく! ユウギリが喚くも顔面は真っ青で、手も小さく震えている。
「そ、そういう理解不能で不可思議な現象が起きている、という報告が城内のあちらこちらから上がっているんだ。そして、昨夜は特に多かった。不審者なら良いが、もしも万が一幽霊だったりしたら…何か事件や被害が出る前に、早急に調査しなければ」
「いや、不審者の方がマズいでしょうよ」
ガタガタ、ブルブル。生まれたての子犬のようにユウギリが震える。彼の右手にあるカップからお茶が溢れるのでは、とハラハラしてしまう。
「でもユウギリ様、陛下はなんと仰っているんですか?」
「そうよ、あんた報告したんでしょ? シュリにいつでも会いに行けるという羨ましすぎる特権をフル活用してるんでしょ。どうなの、何て言ってたの? ついでにシュリの可愛くて美味しいネタも教えてよ、脳内で色々と妄想するから!!」
「後半が気持ち悪い! 陛下の好物はミカンで、止めないといつまでも食ってるぞ!」
「あなた達、すっかり仲良しねぇ」
なんと、シュリはミカンが好きなのか。剥いてあげた身をあーん、ってしたら指もパクってされるところまで余裕で妄想しました。
「でも、どうしてシュリに報告しないのよ。暴行の次は職務怠慢?」
「人聞きの悪いことを言うな。陛下に言ったらきっと『ほう、面白い。城内に潜む不届き者など、余が成敗してくれよう!』などと無駄に張り切って甚大な被害を出すに違いないだろうが」
「確かに」
そうだ。寸止めしようとしてあたしをちょんぱしたような男だ。シュリがそういう方面でやる気を出したら、確実に死人が出る。本当に幽霊になっちゃう。
「うう、このままでは気になって眠れそうにない……。しかし、相手が相手だけにあまり公にはしたくない。一体、どうすれば……」
顔面を手で覆って、項垂れるユウギリ。真夏の陽気とは真逆な陰気に、困ったようにシェーラがあたしを見てくる。
「えっと、どうしようかオリガちゃん。お手伝いしようにも、流石に実体のない幽霊さんを剣で斬ったりして倒すことなんて、出来ないわよねー」
「剣で……? あ、それいただき!」
指をパチンと鳴らして。あたしはすくっと立ち上がり、腰元に刺した剣をほれほれと見せつける。
「ユウギリ、その幽霊は勇者オリガちゃんに任せなさい! この剣は他の剣とは違って、鉄だろうが水だろうがなんでも斬れちゃうのよ? きっと幽霊だって斬り倒せるわ!!」
「何! ほ、本当か!?」
ぱあ、とユウギリの表情が明るくなる。ふふん、これは落ちたな。
「オリガの言う通りよ、大臣さん。この子が持つ聖剣は、選ばれし勇者だけが扱える神聖な剣だもの。岩だろうと幽霊だろうと、斬れないものは存在しないわ」
「むう、このヘンタイ勇者が持っているせいでイマイチ信用ならんが……それで幽霊が居なくなるのなら、是非ともよろしく頼む!」
「おおっとぉ! タダで、とはいかないなぁ。人間界の国宝とも言える聖剣と勇者を貸してあげるんだから、心づけくらいは貰わないと」
「わかった。相応の報酬をくれてやる、僕のポケットマネーでな!」
「わっほーい! 計画通りー!!」
やったぜ、これで金欠問題は解決。更に、働き次第ではユウギリやシュリにデキる勇者だって印象付けられるかもしれない。
正に、乙女ゲームでいう好感度が大きく変化する重要イベントじゃない! 指先まで満ち満ちるやる気に、鼻息が自然と荒くなる。だから、だろう。この時、あたしは気が付けなかった。
――こちらを見定めるような、鋭く紅い視線に。
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