三章
外堀を埋めて攻略するのね!
一話 急に夏だ!
骸骨畑やら血の噴水などという禍々しいものは一つも見当たらず、青々とした芝生に綺麗な噴水、鮮やかな花が咲き乱れている。
これも魔王シュリのセンスなのだろうか。推しがハイセンスなことは嬉しいが、ぶっちゃけ何ていうかそれどころじゃない。
「……ねえ、メノウ。今日さ、暑くない?」
「ええ、オリガ……暑いわ、間違いなく」
「何で? 昨日ってさ、長袖の服で丁度良い感じだったじゃん」
間違いなく、昨日の気候は春――あたしにも春が来たけど――だった。しかし、今日は何故だか肌をじりじりと焼く程の灼熱地獄。完全に真夏の気候だ。
決してあたし達だけが暑がっているわけでなく。今朝から見かけた魔族は漏れなく全員、昨日よりも明らかに薄着になっている。
「お待たせー、二人とも。あら? どうしたのー?」
「どうしたの、じゃない! ちょっとシェーラ、魔界の気候ってどうなってるの!?」
大きなバスケットを片手にやって来たシェーラに、思わず噛み付く。彼女もまた半袖の白衣に、その下は夏っぽい色合いのワンピースを着ている。
「えー? どうなってるって言われてもー……良い天気よねー」
「そうだけど、そうじゃなくて! 昨日までは気持ちの良い小春日和だったじゃん! それなのに、今日は真夏とか!」
「んー……今日はお日様が張り切っている日だから、仕方無いと思うわー」
泣く子も黙る勇者の剣幕にも動じずに、シェーラが雲一つ無い空を見上げる。今にも降り注ぎそうな程に澄んだ青空に、さんさんと輝く太陽。セミ、と呼んで良いかはわからないが、セミっぽい虫も木にしがみついてミンミン鳴いている。
まさか、『お日様が張り切っている』だなんて可愛らしい答えが返ってくるとは。あたしが十年悩み続けても、そんな返答は出来そうにない。何の差よ、女子力?
「うん、確かに暑いけど……明日は雪が降るかもしれないから、今の内にお日様を堪能しておかないとねー」
「……は? ゆ、雪? 雪が降るの? 明日?」
「え? 人間界には、雪は降らないの?」
「降るけど……え、今日こんなに暑いのに、明日が雪だなんておかしくない?」
「今日のお天気なんて関係ないわよー。全ては、お日様のその時の気分次第だものー」
「えっ」
「え?」
「……ん?」
「んー?」
あれ、何だかおかしくない? シェーラの会話がイマイチ噛み合っていない。お日様の気分?
……まあ、良いか。考えたところで、暑いのは変わらないし。
「さ、ご飯早く食べよー? 今日はねー、サンドイッチとサラダとー。果物もいっぱいあるのよー?」
「あら、良いわねぇ? じゃあ、そこの木陰で食べましょうよ。暑いけど、風もあるから気持ち良いわよ」
メノウに連れられて木陰に入り、シェーラが用意したシートへと三人で腰を下ろす。陽光が遮られただけで空気は幾分涼しくなり、そよそよと吹く風が心地良い。
食事は食堂で取るのが一般的のようだが、今日のような天気の良い日にはこうして外で食べる者も少なくないらしい。確かに、多くはないがあたし達のように食事を持ち寄って簡単なピクニックをしている者達もちらほら居る。
「ねーねー。それで、今朝言ってた『問題』の方はどう? なんとかなりそう?」
シェーラがタマゴサンドをパクつきながら、にっこりと小首を傾げる。うぐ、とあたしは言葉を詰まらせる。
「あー、あれ? んー……可もなく不可もなし、って感じかしら」
紅茶を飲みながら、メノウ。それは、遡ること数時間前のこと。昨夜と同じように、美味しい朝食で空腹を満たした後、あたしはどう足掻いても逃れられない問題と真正面から向き合うことにしたのだ。
いわゆる、『金欠問題』である。
「人間界の国王はケチだから、最低限の旅費しかくれなかったし。魔王を倒したら直帰するつもりだったから……無一文も同然だったのよねぇ、ワタシ達。本当に、魔王さまが寛大なお方で良かったわぁ」
「激しく同意」
メノウの言葉に何度も頷く。本当に、色々な意味で魔王がシュリで良かった。とりあえず、今は寝るところと食べるものは確保出来ている。
だが、人間は欲深い生き物だ。夢女子が一度は必ず妄想する王道展開を迎えるために、つまりシュリと結婚するにはどうしても必要なモノがある。
「やっぱり……可愛い勝負下着は必須よね!!」
機能性重視のスポーツブラとかじゃなくて、レースと紐で構成されているような、そんなセクシーな装備が必要なのだ! しかし、残念ながら懐事情は寂しい。作るという手もあるが、あいにくコスプレは見る専門だった。
そうすると、おのずとやるべきことは決まってくる。
「でさー、午前中はずっと労働してたワケよ。労働って言っても、その辺を通り掛かる人達に片っ端から声をかけて手伝いしてただけだけど」
言ってしまえば、お小遣い稼ぎである。勇者なんだから棚を漁り壺を割れ、と前世の記憶が囁くものの。この城でそんな悪事を働けば、間髪入れずにシュリが大鎌を構えて追いかけて来るだろう。
シュリに追われるのは決して悪くはないが。今の作戦は命を大事に、なので。こうして地道に手伝いをしては、心付け程度の報酬を貰っていたのだが。
「思っていた以上に、稼げなかったんだよね……そもそも、あたしがまだ警戒されてるのも原因なんだけど」
はあ、と溜め息。午前中にやったことと言えば、掃除やら荷物運びやら探し物などなど。子供でも出来そうな内容に、相応の報酬。
これでは装備を整えるどころか、飴玉くらいしか買えない。
「でもでもー、皆が噂してたわよー? オリガちゃんって力持ちで体力もあるから、荷物運びが凄く早く終わって助かったって」
「まあ、この城の人と仲良くなれたのは良かったかな」
「でもねぇ、魔王城に居られるのは一週間だけ。その間にオリガは魔王さまを口説き落とさないといけないんだから、あんまりのんびりはしていられないわよねぇ?」
悪戯っぽい笑顔でメノウ。ちなみに、彼女の方は鍜治場のドワーフ達から銃を見せて欲しいという申し出があり、自慢の銃達を見せる代わりに結構な報酬と弾丸を貰っている。
山分け、と言いたいところだがメノウの銃は全て彼女の私物なので我慢するしかない。
「そうなんだよね……だからさ、ここはやっぱり一攫千金を狙いたいんだよね。ねえ、シェーラ……何か困ってることない?」
「え、えっと……」
「力仕事でも何でもやるよー? あの医務室、物が結構多いじゃない? 定期的にお掃除とか整理整頓しておかないと後々大変だよー?」
「あ、あははー。とりあえず、今日はまだ大丈夫……かな。気持ちだけ受け取っておくね」
シェーラが苦笑しながら、お茶を飲む。お手本のような受け流しである。まあ、そもそも彼女は魔界で出来た友達なのだから、お金のやりとりはしたくない。
「あーあ、カモがネギでも背負って来ないかなー」
「相変わらず現金なことを言うわね。魔界に来てから生き生きしていてお姉さん嬉しいけれど、勇者らしさが順調に目減りしていっているわね」
「うーん、城下街まで行けば色々と仕事があると思うけど。城内だと流石に難しいかもしれないわねー」
「城下街か。やっぱり、そうするしか無いかなー」
「ん、待って。ねえオリガ、あそこに居るの……」
手っ取り早く稼ぐ為に、城下街まで行こうか。そう考えていた、その時。不意に、メノウがあたしの肩を叩き意味ありげに目配せをする。彼女の言いたいことは、すぐにわかった。
中庭の向こう、通路を歩く大臣殿。どんよりと暗い表情に、じめじめとした闇を思わせる気配が離れたあたし達の元まで漂ってくるようだ。
「……メノウ、カモがネギを背負ってきたね」
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