四章
ホームシックならぬ、前世シック
一話 本日のお天気は、晴れ以外の全部乗せ!
魔王城に滞在してから三日目の朝。あたしは随分前に目を覚ましたにも関わらず、ベッドの中で毛布を頭まですっぽりと被ったまま。
ただ、ひたすらに唸っていた。
「うぅー……うあー……あー、あー」
頭を抱えて、ベッドの上でゴロゴロと転がりながら悶える。繰り返し思い出されるのは、昨晩のこと。
悪戯に擽る銀髪に、ふんわりと香る石鹸の香り――女子より良い匂いがする男ってどうなんだろう。まあ、でも相手はシュリだから許せる。むしろご馳走様です、うへっへっへ――は、夜が明けた今でも鮮明に思い出される。
「うあー……あたしのばかぁ、なんて……なんて勿体無いことを……」
上手いことすれば、今こうして潜り込んでいるのはシュリのベッドだったかもしれないのに! 推し? 隣ですやすや寝てるけど? が、実現出来たかもしれないのに! 考えれば考える程、後悔が間欠泉並みの勢いで噴き出してくる。
どうして昨日の自分はあそこから逃げ出してきてしまったんだ! だって、まさかシュリがあんなに積極的に来るなんて思ってなかったんだもん。
ちくしょー!! リアルの男に慣れてなかったせいで、最推しの威力が凄すぎる!
「覚悟しなさいよ、シュリ……今度はあんたをひんひん言わせてやるんだからあぁ!」
毛布を跳ねのけ、野犬のように吼える。爽やかな朝の第一声としてはどうかと思う内容ではあったが、気にしない。この部屋に居るのは、隣のベッドで眠るメノウだけ。
ていうか、これだけ近くで騒いでも起きないってどうなの?
「よーし……何にせよ、今日も頑張るぞ! そうだ、そもそも最初からベッドにインだなんて難易度が高過ぎたのよ。レベル一の初期装備でラスボスチャレンジするようなものじゃない。あたしは縛りプレイより、レベルをカンストさせて煽りプレイする派なんだもん」
冷たい水で顔を洗い眠気を完全に流して、髪に付いた寝癖と格闘する。寝癖に完全勝利を果たした後で寝間着から鎧に着替えると、髪もいつも通りに一つに結い上げた。
ううむ、そういえばシュリの髪はサラサラしていたなぁ。自分の剛毛とは大違いだ。
「……髪型、変えてみようかな」
鏡に映った自分の姿を見て、ぽつりと零す。前世から今までお化粧とか、服装とか全然気にしなかった。なんなら興味すらなかったのに。
シュリが推しになってから、なんだか自分の色んなところが気になってきた。綺麗に、可愛くなりたいとかそういうことだけではなく。
彼に見合うように、隣に並べるように。
「と、とにかく。化粧品も服も揃えるにはお金が必要なんだから! 今日も頑張ってお金を稼がなきゃ、ほらメノウ! いい加減に起きなよ!」
今日は街まで行って、魔物討伐クエストでも探そう。いつまでも毛布にくるまったメノウを叩くと、あたしは窓際に向かう。カーテンはまだ締め切ったまま。
気持ちの良い朝のお日様でも拝んで、今日も一日頑張るのだ!
「う、ううん……あと、五分」
「だめ! そう言って五分で起きられる人なんて今世でも前世でも存在しないんだから。ほら、今日も良い天気……だ、よ」
分厚いカーテンを勢い良く開けて、ついでに窓も全開にしてやる。すると、全く想定していなかった冷気が勢い良く流れ込んできた。ついでに雨と雪と雹も。
空には分厚い灰色の雲が広がっており、時折紫色の稲妻が走っている。
「さ、さむ! 寒い! しかもまさかの太陽居ない! 本日は不在でした、ご機嫌斜めみたいです!!」
「ちょっと、オリガ! 寒いじゃない、窓閉めてよ」
流石にこの寒さには、メノウの眠気も吹き飛んだらしい。窓を閉めて、二人でガラス越しに空を眺める。呆然と眺める。
「うわ……何よこれ、嵐じゃない!」
「うん、なんか魔界っぽい」
そうだよ、魔界といえばこんな感じの悪天候じゃない? 今までのぽかぽか陽気や真夏の太陽がどうかしてたのよ。改めて魔界にやって来たことを実感していると、ドアがノックされてシェーラが部屋に入ってきた。
「おはよー。二人とも、今日は何か用事ある?」
「あら、シェーラじゃない。どうしたの」
「うん、あのね。伝言があるのー。ほら、今日はこんなお天気じゃない?」
窓を見やりながら、困ったように笑うシェーラ。彼女が言う伝言とやらに、あたしはメノウと顔を見合わせることになった。
「だから、陛下とユウギリさまが二人にも色々手伝って欲しいんだってー。それから、オリガちゃんが好きそうなイケメンくんも帰ってきたわよー?」
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