二話 こいつ、めっちゃ走って帰って来たらしいよ


「本当に、勇者が居る……魔王城に、勇者が居る」 

「あれ、あんたは確か……えっと」


 朝食を手早く済ませた後。あたしとメノウの二人はシュリの執務室へとやって来た。壁には埋め込み式の本棚に一杯の書物――小説などの娯楽ものではなく、全てが何らかの資料のようだ――があり、大きな窓を背中に配置された大きな机にシュリが居た。

 加えてユウギリと、もう一人見覚えのある人物が立っていた。癖のある黒髪に、猫を思わせる金色の瞳。背中に蝙蝠のような翼と、頭に羊の角がついている。

 何だっけな、お花みたいな名前だったような。


「こら、リンドウ。ヘンタイ勇者とはいえ、性別上は女性なのだからそんなにジロジロ見るんじゃない」

「……ふん」

「この者はリンドウ。見た通り悪魔族であるが、人見知りなだけで悪いヤツというわけではない。仲良くしてやって欲しい」


 紹介するユウギリに、誰が人見知りだと顔を背ける。そうだ、リンドウだ。一昨日の夜、シュリと話していた青年だ。

 ちなみに年齢は十九歳、あたしよりちょっと年上か。


「さて、ここからが本題だ。もう知っているとは思うが、本日の天候は大荒れになる。この数か月は比較的ずっと穏やかな天気に恵まれていたからな。急激な変化であった為に、物資の調達や使用人、家畜等々の避難が間に合っていない。今後、更に天候の悪化が予想される為に早急な対応が必要と考えられる。その為に、客人ではあるが……お前たちにも助力を求めたい。無論、後程謝礼金は用意する」


 頼む。ユウギリが軽く頭を下げる。昨夜の件があるからか、ユウギリはそれなりにあたし達のことを信頼してくれているようだ。

 しかしユウギリとは対照的に、納得がいかないと言わんばかりにリンドウが顔を顰めている。


「人間に、しかも勇者に手助けを求めるなんて。納得いかない」


 つっけんどんに言いながら、金の瞳が睨んでくる。うーん、我が強いというか意地っ張りというか。ちょっと付き合い難いタイプのようだ。


「仕方ないだろう、人手不足なのだから。それに、オリガは面白いぞ。そなたとは歳も近いのだ、友達になると良い」


 むすっとした表情のリンドウに、シュリがくすくすと笑っている。果たして昨夜の惨事は、彼の中でどういう風に処理されたのか。気になるような、考えたくないような。

 まるで家族の団欒を見せられているような、何とものんびりした雰囲気だ。窓の向こう側以外は。


「ところで……今日の勇者は少々静かだな」


 大丈夫か? ユウギリの声に、シュリを含めた全員があたしの方を向いた。あれ、そんなに静かだったかな。自分でも気が付かなかったのに。

 何、ユウギリってばあたしのこと好きなの?


「えっと、いや……何でもない、けど」

「そうか? 少し顔色が悪いようだが――」

「もう、大臣さんったら……女子には何かとデリケートな時期があるのよん? 特に、こういう日には色々と……ね?」

「え、ええ!? まさか、この勇者にそんな……!」


 信じられないと言わんばかりに、手で口を覆い大きく目を見開くユウギリ。おい、何だその失礼な反応は。

 それと、メノウ。シュリの前でそんな生々しい誤解を生むようなフォローは止めなさい。


「……ふむ。慣れない魔界で、疲れが出たのかもしれんな。オリガ、体調が悪いのなら部屋で休んで貰っていても構わないが――」

「な、何でもない! 大丈夫だから!!」


 気遣うシュリを遮る。調子は良くないが、メノウが言う理由とは全然違う。なんていうか、こういう天気の日はあれこれ考えちゃうだけ。正直、何もしないで部屋に引きこもって布団を被ってやり過ごしたい。

 でも、シュリの前でそんな情けないところを見せるわけにはいかない。社畜だった過去のせいか、何の理由もなく推しに優しくされる展開は地雷なので!


「それで、ユウギリ! あたしとメノウは何をすれば良いの!?」

「あ、えっと……この天候で体調を崩す者や、怪我をする者が増えている。なので、倉庫にある医療物資を医務室の方に運んで欲しい。量が多いのと、倉庫は少し離れているからな……シェーラ一人では少し厳しい。どちらか一名、手伝ってやってくれ」

「それから、リンドウの護衛も頼みたい」

「護衛?」

「うむ。少し話が逸れるが、この城は二重の防御魔法で護られておる。一つは余の魔力。そして、それを覆うようにしてリンドウを始めとした魔法軍による魔法だ。だが、少し前からその魔法が弱まっておる。それを、リンドウが今すぐ直したいと言って聞かんのだ」

 

 シュリの話によると、魔王城を中心にした一定範囲に件の防御魔法とやらが施されている。そして、その魔法は東西南北に配置された祭壇によって維持している。

 だが、数日前よりその魔法が弱まっているとのこと。


「本来、こちらの防御魔法は戦争等で城が攻撃された時に効果を発揮する代物だ。魔物が出現する森に設置されたものもある上に、このような嵐の中で急ぎ直すようなものでもないのだが」

「陛下と城を護ることが俺の役目だ」

「ははは。余が言っても聞かんとは、本当に強情だな」

「でも、シェーラから聞いた話では将軍さんはとっても強いって聞いたわよ? ワタシ達の護衛なんて必要なのかしら」


 怪訝そうにメノウが問い掛ける。確かに、そうだ。魔法が使えるんだから、使い魔なりなんなりで自衛くらい出来るだろうに。


「リンドウは若いが優秀な魔法使いだ。魔法の腕ならば余に匹敵する実力なのだが、どうも一つのことにしか集中できない不器用な性分でな。祭壇の修復中に魔物に襲われでもしたら、ひとたまりもないないだろう」

「ぬあっ!?」

「今、もの凄い高低差から落とされたわね」


 リンドウが頭を抱える。しかし、不器用云々はシュリが偉そうに言えることでもない気がする、というツッコミは野暮かな?


「ぐ……だ、だからと言って人間に護衛を頼むだなんて」

「ならば、余がついて行こうか? バッチリ護衛してやるぞ」

「本末転倒、誰を護る為の防御魔法だと思ってる!」

「それに、確実に陛下は祭壇ごと消し炭にするでしょうね!」


 シュリ、魔王なのに散々な言われようである。


「さて、どうするオリガ。リンドウくんカワイイし、ワタシがついていきたいのは山々なんだけれど」

「メノウの銃じゃ、この天気の中だと戦えないでしょ」


 メノウが肩を竦める。前世で主流だったカートリッジ式の拳銃であれば、雨どころか水の中で撃つことも可能だ。だが、メノウの愛銃達は違う。弾丸を一つずつ弾倉にリロードするタイプなので、水気には弱い。

 仕方ない、適材適所だ。

 

「オリガ、でも――」

「そうと決まったらリンドウ、早く行こう! これから天気がもっと酷くなるんでしょう? 急がなきゃ!」

「チッ、仕方がない。足手まといにはなるなよ」


 リンドウが渋々頷いた。これ以上メノウに何か言われてしまえば、決意が緩いでしまうかもしれない。


「ちょっと、オリガ! ……もう、相変わらず強情な子なんだから」


 勢いに身を任せ、リンドウと共に部屋を飛び出した。メノウの呼び止める声が、扉越しに聞こえるが。振り返ることも、足を止めることもしなかった。


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