三話 繰り返される歴史


 オリガとリンドウに続いて、メノウもシェーラを手伝いに執務室を出て行った。後に残された余とユウギリは、顔を見合わせて力無く笑う。


「やれやれ、これで何とか乗り切れそうですね。とりあえず、リンドウが嵐に巻き込まれる前に戻って来てくれて一安心です」

「うむ、そうだな」


 あと少し、リンドウが出発を遅らせていたら嵐の中で立ち往生する羽目になっていたかもしれない。


「今回は本当に急激な変化でしたね? ううむ、まさか占いが外れるとは……。申し訳ありません、陛下。せめて前日からわかっていれば、ここまで対処が遅れることも無かったのですが」

「仕方がない。百発百中など流石に難しいだろう」

「だとしても、今回は怠慢が過ぎます! 陛下は甘過ぎますよ、全く……とにかく、後で僕から厳重注意しておきますのでっ」


 憤るユウギリ。確かに、今回の嵐に対する処置が遅れたのは、事前の占いがものの見事に外れてしまったからだ。

 だが、魔界の天気は変わりやすい。占いの技術は日々進歩しているものの、完全に言い当てるのは難しいだろう。


「ううーん……昨日といい今日といい、勇者達の力を借りることになるとは。少し申し訳ないですね。報酬の方は奮発しないと」

「そうだな……ッ、げほっ、ごほ」

「陛下? どうしました、大丈夫ですか?」

「すまん、少し噎せた」


 不意に感じた喉の違和感に、軽く咳き込む。ユウギリが心配そうに見つめてくるも、何でもないと笑って見せる。


「そうですか。……状況としてはまだまだ油断出来ませんが、日の出からずっと対応に追われていましたから。少し休憩しましょう。自室に戻られますか? それとも、こちらで?」

「ん、ここで良い」

「わかりました。お茶と甘いものでもお持ちましますので、しばらくお待ちください。くれぐれも、寝ないでくださいね」


 そう言い残して、足早にユウギリが部屋を出て行った。しん、と静まり返る執務室に騒々しい雨音が満ちる。カーテンを閉め切っている筈なのに、時折空に稲妻の閃光が駆けるのがわかる。

 椅子から立ち上がり、カーテンをそっと捲って外を眺める。


「オリガ……様子がおかしかったようだが、何かあったのだろうか」


 眼下に広がる、漆黒の木々を眺める。今日は日の光が無い分、眼下の世界は不穏な雰囲気だ。外に行ってしまったオリガとリンドウは大丈夫だろうか。

 先程も言ったが、リンドウの実力は買っている。性格には少々難があるが、責任感が強いだけだ。

 問題はオリガだ。出会ってから昨日までは猪のような勢いだったにも関わらず、先程は不気味なくらいに大人しかった。


「…………」


 何だか、調子が狂う。無意識に銀髪をくるくると指に巻き付けていると、不意に机の上から間の抜けた口笛のような音が聴こえてきた。

 

「ん……?」


 振り返ると、机の端に置かれた水晶玉がちかちかと明滅していた。掌にすっぽりと収まるくらいの大きさだが、これはただのお洒落でスピリチュアルな置物などではない。


「あー、しまった。すっかり忘れておった……ん、んん。久しぶりだな」

『陛下、しっかり全部聞こえておりますぞ』


 忘れないで頂きたい! シュリの呟きが聞こえたのか、明滅を繰り返しながら水晶玉が喚く。いや、水晶玉が怒っているわけではない。

 これは、城の外に出ている者と連絡を取り合う為の媒介だ。それほど珍しい情報伝達手段ではないが、余が扱う水晶玉は決まった者としか繋がっていない。

 シェーラやユウギリは城内に居るし、水晶玉はかさばるという理由でリンドウはカードの代わり身を愛用している。ということは、名前を聞かなくてもおのずと特定される。


『ユウギリやリンドウならばまだしも、陛下にまでそんな風に言われてしもうては……儂は、ワシは立ち直れませぬ……』

「はははっ! 冗談だぞ、冗談。久しぶりだな、アル」


 慣れ親しんだ声に、緊張が解れる。今の重臣達は皆若いものの、騎兵将軍を務める彼だけは余よりも年上である。それも、先代の頃から幼い余の遊び相手兼ボディーガードを務めてくれていた。ゆえに、付き合いも一番長い。

 子供時代の我が儘に辛抱強く付き合ってくれた、何なら父親以上に親しい存在かもしれない。少々困った放浪癖があるものの、彼の気が済んだら必ず帰ってくると信用している。


「調子はどうだ? 声を聞く限りは元気そうだが」

『ははは! お陰様で元気一杯ですぞ。陛下は、どうですか? 皆は? 何か変わったことは御座いますか?』

「余も、皆も特に変わりは無い。変わったこと……そうだ、アル。先日、人間界から勇者が城に来たぞ」

『そうですか、それはそれは何より……ゆ、勇者!? 勇者が来たんですか!?』

「ああ、一昨日な」

『何故、それをすぐに教えて下さらないのですか!! お怪我は、陛下……大丈夫ですか!?』

「先程も言ったではないか。大丈夫だ」


 勇者、と聞いた途端に焦りを露にする声。余はくすくすと笑いながら、この数日間の出来事を簡単に説明した。

 こうして話をしていると、オリガ達がやって来てから、どれだけ楽しかったかが実感出来る。


『ゆ、勇者が夜這い……やれやれ、これまた変な勇者が来たようですな。とりあえず、ワシもすぐに帰還します』

「良いのか? オリガは無意味に魔族を傷付けるような勇者ではない。リンドウも戻って来たしな。そなたが気を揉む必要は無いと思うが」

『いえ、元々今日中に城へ帰る筈だったのですが、大雨と大雪で足止めを喰らってしまいまして……明日には城へ着くと思います』

「そうか。アルが居てくれると心強い、ありがとう」

『陛下、そこは有事の際に駆け付けられないことを叱るべきですぞ』

「ふむ、罰を用意しておいた方が良いのか?」


 まさか、叱らないことを叱られるとは。今では呼び方こそ『陛下』になったものの、主従というよりもまだまだ子供扱いされているような気がする。

 この関係は居心地が良いので、特に問題はないのだが。


『それにしても、勇者が魔王に恋をするだなんて……ここまで重なるとは、ただの偶然では片付けられない気もしますぞ』


 くくっ、と小さく笑う気配。水晶玉の向こうで、年齢よりも随分若く見える顔が子供のように笑っているのが容易に想像出来てしまう。


『正に、魔王シキ様とその奥方である勇者サルビア様。まるで、お二人の恋物語の再現のようですなぁ?』

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