四話 不良、話してみたら結構良いやつだった現象

 この世界に来てからシュリの存在に震えたが。目の前で繰り広げられた光景もまた、息を飲む程に感動的だった。


「うわー! すごい、本物の魔法だぁ!」

「大袈裟だろ。下級の使い魔を呼び出しただけだぞ」


 リンドウがトランプ大のカードを三枚取り出し、ふっと息を吹きかけてから宙に放る。すると、カードがひとりでに燃え始めたのと同時に三人の小人が姿を見せたのだ。

 小人は背中にトンボのような羽根を生やしており、それぞれが赤、青、黄色の服を着ている。ひらひらと踊るように、あたしとリンドウの間を気ままに飛んでいるのがかわいい。


「大袈裟じゃないよ。だってあたし、魔法って魔界に来てから初めて見たんだもん! 感動しないわけないよ!」

「そ、そんなにか?」

「もちろん! これでも昔は空が飛べると思ってほうきに跨って走り回ったり、おもちゃのステッキ持って走り回ったりしたもん」

「走ってばっかりかよ」

「で、で? この子達をどうするの?」


 傍に寄ってきた赤い服の子を突っついてみる。くすぐったいのか、きゃっきゃっとはしゃいでいる。

 うーん、かわいい。持って帰ってお部屋に飾りたい。


「さっきも言ったが、祭壇は合計四つだ。ユウギリ様の調査で、機能を停止しているのは東の祭壇だと判明している。だが、この嵐で他の三箇所にも影響が出ていないとは限らないからな。俺達は東の祭壇を修復する間、使い魔達に別の祭壇の様子も見てきて貰う」

「へえ、なるほど。中々の時短テクね」


 リンドウの指示を聞いて、それぞれの方向へと飛んでいく使い魔達。雨風を物ともせずに行ってしまう彼らを見送ると、リンドウが再びカードを取り出して先程と同じように息を吹きかけて地面へと放る。

 すると、今度はカードから大きな馬車が飛び出してきた。車輪やキャビン、そして馬まで全て真っ黒で何だかゴツい。

 シンデレラが乗るかぼちゃの馬車とは真逆というか、もはや戦車っぽい出で立ちだ。


「え、何これ?」

「ここから祭壇へは少し距離がある。歩いていくのは時間がかかるし、この雨では無駄に体力を消耗するからな」


 さっさと乗れ、と背中を小突かれる。うーん、どうせならもっとファンシーな乗り物が良かった。リンドウの趣味なのだろうか。

 馬車なら子供の頃、て言うか勇者になる前に何度か乗ったことがあるが。腰とかお尻とかが痛いから、ちょっと苦手なんだけどな!


「ねえ、魔法でびゅーんって飛んで行くとか出来ないの? それか、瞬間移動は!」

「お前な……言っておくが、魔法はそこまで便利な便利な代物じゃないぞ」


 あたしに続いてリンドウも乗り込むと、馬車は静かに走り出した。馬の手綱を握る人が居ないけど、大丈夫なのかな。

 でも思っていたよりも、馬車の振動は少ない。新幹線と同じくらいかな。向かいに座ったリンドウが、小さくため息を吐く。


「そもそも、この嵐の中を飛ぶのは得策じゃない。瞬間移動は……出来ないこともないが、高度な上に魔力を大量に消費する魔法だから、必要時にしか使えない」

「ふーん。瞬間移動って、そんなに難しい魔法なんだ? 残念。やってみたかったなぁ、瞬間移動」

 

 家から職場まで一瞬で移動出来たらと、前世で何回思っただろう。もしも瞬間移動が出来れば、わざわざ満員電車なんかに乗る必要もない。ギリギリまで寝ていられるし、仕事が終わったらすぐベッドで寝られる。

 それって、素敵やん?


「あ、シュリなら出来るかな。シュリの魔力って凄いんでしょ? あたし、魔力って概念がそもそもよくわかってないんだけどね、へへっ」

「こいつ、暢気かよ。何で陛下はこんな勇者を城に置いてるんだ」


 ぶつぶつと、文句を言いながら。しかし、何か思うことでもあるのかリンドウが自分から話を切り出した。


「仕方ない、祭壇に着くまで暇だからな。魔力とはどういう代物なのかを説明してやる」

「え、良いの?」


 暇だと思っていたのは同感だが、わざわざ説明してくれるだなんて。こいつ、もしかして結構いいやつなのかな?


「魔力は魔界に存在するあらゆる物……人や動物、植物に水や石などあらゆる物質に含まれている。目には見えないが、『何者にもなり得る力』とでも言っておくか」


 リンドウの話によると。魔力とは万物に宿る力であり、火を放ったり空を飛んだり地獄の番犬を召喚したりなどなど、あらゆることを可能にさせる『未定』の力の総称であるらしい。

 生き物における魔力に言及すると、体力のようなものと捉えるのが良いとのこと。使い過ぎれば疲れて動けなくなるが、休めば回復する。


「でも、魔人だけは事情が違う」

「それって……髪や容姿が魔力の質に大きく左右されるってやつ? シュリの魔力は珍しいから、髪が珍しい銀色なんでしょう?」

「そうだ。魔人は特に魔力の影響が身体へ出やすい。だが、たとえ豊富な魔力を有しているとしても、それは無限ではない。無闇に使い続ければ、必ずいつか底をつく」


 すると、とリンドウが続ける。


「魔人の魔力が底をつけば、最悪の場合は死に至る」

「え……死ぬ、の?」

「魔人は凄まじい能力を持つ種族である反面、一度ひとたび魔力が低下すれば命の危険を伴う。だからこそ、俺は少しでも陛下の負担を軽くしなければならない」


 そうか、だからリンドウは頑なに祭壇を直したいと譲らなかったのか。やっぱり、態度は良くないけどいいやつだな!

 ……でも、さ。


「勇者に言って良かったの、その情報。魔王の弱点そのものじゃない?」

「……あ、そろそろ祭壇が見えてくるぞ」


 あたしの問い掛けには答えないまま、リンドウが窓の外を指差した。図星? これ、図星だよね?

 でも、あんなに強いシュリにも弱点があっただなんて。意外だと思うと同時に、得体の知れない不安が胸の中に蟠っていくのを感じた。


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