二話 緊急事態なんだってば!
よし、ようやく緊張感が出てきた。ユウギリの宣言に、リンドウとシェーラが表情を引き締める。部外者のあたしとメノウでさえ緊張してしまう程だ。
そして、シュリも何となく浮かない表情をしている。今朝のこともあるし、ちょっと心配だなぁ。
ていうか、リンドウが城を留守にしていたのは、ドラゴン達の調査をしていたからだったのか。
「ドラゴンって、人間界でも物語によく出てくる魔物だけれど。このお城の上空に居るドラゴン達も火を吹いたりするのかしら?」
「ああ。だが、上空のドラゴン達は小型から中型の部類にあたる。あれらはブレスも吐くが、小回りが利く分、飛行で対象を惑わし接近戦を仕掛けてくることが多い」
メノウの問い掛けに、ユウギリが答えた。
「幸運だったのは、昨日の内に勇者とリンドウが防御魔法を完全に修復してくれたことです。お陰で、ドラゴン達の攻撃にも耐えられています。もしも不完全な状態だったら、被害は甚大なものになっていたかもしれません」
「……ふっ」
続く報告に、リンドウがドヤ顔を決めている。嬉しそうだなぁ。
「現在、城下街を含めた全範囲の防御魔法を最大限まで高めています。一部、被害が出ている場所もありますが、既に対処しており大事には至っておりません。ドラゴン達の力は絶大ですが、防御魔法を崩せる程ではありません。このまま籠城すれば、恐らく数日以内にドラゴン達は諦めてこの近辺から離れるかと」
「じゃあ、結局はドラゴンが居なくなるまで籠城すれば良いだけの話なの?」
思わず、ユウギリに尋ねる。数日間城に籠っていれば良いだけなら、話は単純だ。備蓄によるが、彼等が騒ぐ程の脅威でも無いように思える。
「籠城するだけの備蓄はあります。数日、いえ……数か月は何とかなるかと」
「防御魔法も、魔法軍で交代しながら維持することが出来る。問題ない」
「医薬品の備蓄もバッチリですー」
ユウギリにリンドウ、シェーラが言う。彼等の言葉に、ほっと息を吐いた。相手が何であれ、戦わずに済むなら怪我人が出ることもないだろう。
「じゃあ、このまま籠城すれば――」
「駄目だ。それだけは出来ぬ」
あたしの言葉を遮る声。思わず見返したのは、あたしだけではなかった。
全員が、シュリを驚きの表情で見る。
「え、シュリ……な、何で?」
「ドラゴン達がこの城を諦めるということは、他の場所に攻撃を仕掛けるということだ。この周辺に、余の城以上の戦力を蓄えた国は無い」
「ええ、そうですね。あのドラゴンの数は、周辺国では太刀打ち出来ません。最悪の場合、一晩で壊滅するでしょう。ですが、対象地域の魔族を避難させる時間はありません」
「そうなれば、五十年前の二の舞だ。あのような悲劇を、二度も起こしてなるものか」
シュリの声色に、緊張感が一気に高まる。そうだ、彼は昨夜も言っていたじゃないか。自分が、魔界を護るのだと。
「……僕は反対です。ここは陛下の御身を護る城です。ここは防御に徹するべきかと」
異を唱えたのは、ユウギリだった。彼の言いたいこともわかる。竜災害と呼ぶ以上、これは自然災害と同等に扱うべきかもしれない。
ならば、シュリをわざわざ危険な目に合わせるべきではない。
「ユウギリ、そなたは私に自身の安全の為に民を見捨てろと言うのか?」
「今、魔界を統治できるのは陛下だけなんです。危険が回避出来るのなら、それに越したことはないかと」
「大切な民に危険が迫っているというのに、一人で安全な場所に引きこもっていろと言うのか? ならば余は玉座など要らぬ」
「陛下の仰りたいことはわかる。だが、俺も籠城に賛成だ。相手は一〇〇〇体のドラゴン。相手にするには戦力が足りない。ジジイが居たならまだしも、今の状態で戦うには心許ない」
「む……」
ユウギリが必死に説得するも、シュリは聞く耳を持たない。そこに割って入ったのはリンドウだ。
……ジジイって、誰だろ。
「こら、リンドウ。気持ちはわかるがジジイは止めなさい」
「ふん、あんなヤツはジジイで十分だ」
「ねえ、ジジイって誰なの?」
「あ、オリガちゃん達は知らなかったわねー? アルバート様って言って、リンドウくんと同じ将軍様よ。とってもお強い方なのよー」
シェーラがひそひそと教えてくれた。魔王城で一番の古株であり、騎兵や歩兵、弓兵を率いる凄腕の将軍なのだそう。聡明で、博識で。
平気で城を数か月空ける程の、放浪癖持ちなんだって。
「確かに、アルバート殿は実力に関しては申し分ない。あの方が居れば、どんな戦でも負ける筈がない。……居れば、だが」
「そうだな。アル自身も強くて頼りになるが、あれは居るだけで志気が上がる。居れば、の話だが」
「その言い方、逆に無能だって言っているようにしか聞こえないんだけど?」
ユウギリとシュリがフォローするが、遠回りに貶しているようにしか聞こえない。とりあえず、実力が高く信頼できる存在のようだ。
居れば、ね。
「一応、アルからは今日にも城に戻ってくると連絡があったが……この状況では難しそうだな。だが、リンドウ。そなたの言い分だと、アルに代わる戦力があれば良いのだろう?」
「あ、ああ」
「ならば、そこに居るぞ。そうだろう、オリガ」
「……へ?」
急に名前を呼ばれて、ぽかんとしてしまう。え、何。あたしが将軍の代わりって言った?
つまり……どういうことだってばよ?
「……わかった、ならばこれ以上は反対しない」
「ちょっ、リンドウ。待って待って、どういうこと?」
「オリガ、それからメノウ。そなた達二人がアルの代わりだ」
「あら、ワタシも?」
「わー、頑張ってねー!」
魔王直々の指名に、リンドウが頷いてシェーラがパチパチと拍手をした。いやいや、頑張ってねーじゃないよ!
「将軍の代わりって、無茶ぶりにも程があるって! 部長の仕事を新人に任せるようなものでしょ、何そのブラック企業!」
「大丈夫だ、お前ならやれる」
「やめろ! その一見期待しているように見せかけて、ただ圧力をかけてるだけのセリフ。あたしはもう騙されないんだから! 有給は取るし定時で帰る――」
「そうか、嫌か。残念だ……余の格好良い姿を間近で見られる、絶好の機会なのになぁ」
「やります!」
「おい勇者!?」
いやー、だって仕方ないじゃん。魔界の危機だよ? そりゃあ、手を貸すに決まってるよ。しかも、シュリが戦ってるところを間近で拝めるんでしょ?
そんなの、尊すぎて燃えるじゃん?
「そうねぇ。どこまでやれるかわからないけれど、美味しい食事と温かいベッドのお礼くらいはさせて頂戴。それに、ドラゴンを狩猟出来るなんて……考えただけで、興奮しちゃうわ!」
「あ、ヤバい。メノウに変なスイッチが入った」
「あー、もうわかった。わかりました。こうなったら、僕もこれ以上反対はしません。ドラゴンなんか、けちょんけちょんにしてやりましょう!」
「わーい! しばらくはドラゴンのお肉料理がたっくさん食べられそうねー?」
「え、あれも食糧なの?」
「よし、ならば次は作戦を考えるぞ」
満場一致で戦う方向になったからか、作戦はすぐに決まった。シュリとあたしがそれぞれ軍を率いて、敵を撃破する。相手は空を飛ぶために、メノウとリンドウが遠距離から攻撃する。
ドラゴンは非常に知能が高い魔物であり、必ず群れを率いるリーダー的な個体が居るとのこと。群れを全て倒さなくても、そいつを撃破すれば統率を失うという。
そうすれば、勝利はこちらのものだ。
「うーん、悪くない作戦ですが。やはり、アルバート殿の代わりを勇者が務める辺りが不安ですね。いえ、勇者の実力は買っているのですが」
「ならばユウギリ、そなたがオリガを援護せよ」
「はあ、なるほど……って、ええ!? 僕がですか!」
「シェーラは負傷者の手当てを。それから、避難者の対応も頼む」
「はーい、任されましたー」
「作戦開始は正午だ。各自、それまでに準備を十分に整えておくように」
シュリの言葉に、全員が力強く頷いた。よし、頑張るぞ。あたしは拳を固く握り締めて、気力を奮い立たせる。ドラゴンなんか恐くないし、なんなら前世で数え切れないくらい乱獲した。ゲームで、だけど。
でも……どうしてだろう。シュリを見るたびに、言いようのない不安が募る。度々咳をしているが、誰も気にしている様子は無い。これが普通の穏やかな日常の中だったら、あたしも大して気にしないような些細なことなのだが。
かと言って、先代勇者を亡き者にした程の相手なのだ。少しでも気を抜いたら、それこそ恐ろしい悲劇が待ち受けているに違いない。
「……大丈夫、考えすぎなだけだよね」
とりあえず今は、目の前のことだけを考えよう。そう、あたしは決めた。
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