五章

ここで全力出さなきゃ女が廃るってものよ!

一話 緊急事態なんだけど……?


「えー……現在、うぷ……魔王城上空を大量の、えー……トカゲ、じゃない……ドラゴンが覆っている……状況、です」

「ふむ。今にも寝てしまいそうだなぁ、ユウギリよ。余が一発、闘魂でも注入してやろうか?」

「うおえっ……いえ、大丈夫です。今、陛下に打たれたら注入されるどころか全部出ちゃいます」


 褐色の肌をこれでもかと青ざめさせながら、ユウギリが首を振る。以前は居眠りしていたシュリをユウギリが起こしていたのだが。今日は珍しく立場が全く逆のようだった。

 しかも、えずいて気持ち悪そうにしているのは彼だけではない。


「頭が……頭が割れそうだわ。流石に、飲みすぎたわね」

「うっ、きもちわるっ」

「ちょっと二人とも、大丈夫? 特にメノウ、なんか顔面が肉まんみたいになってるけど」

「女に向かってとんでもないこと言うわね、オリガ」

「リンドウ、そなたは未成年だろう。もしや、酒を飲んだのか?」

「いや……これは人酔い、だ」


 魔王シュリの前だというのに、しゃがみ込んで吐き気を堪えるメノウ。何とか立っているものの、顔面を覆って呻き続けるリンドウ。

 ここが見張り番や使用人が居る謁見の間ではなく、昨日と同じシュリの執務室だったからまだ良いものを。


「やれやれ。しっかりせよ、そなた達。今は結構な緊急事態なんだぞ?」

「そ、そうよ! あんた達には見えてないの? もの凄い数のドラゴンが空を飛び交ってるんだからっ」


 あたしはもちろん、シュリも大した量の飲酒をしていなかったのは幸いだった。ていうか、責め立てるくらいでしかあたしの不満を晴らす術が無い。

 だってさあ。この三人、普通の体調不良だったらまだしも!


「夜通しで宴会なんてやってたからだよ! メノウってば、帰って来ないと思ってたらまさかあたしを放置してご馳走三昧のお酒飲み放題だっただなんて!!」

「ごめんごめん、魔界のお酒って美味しくてさ。止まらなかったわけよ」

「ユウギリよ。余には飲みすぎるなと口酸っぱく言っているくせに、自分はこの有様か。しかも、リンドウを巻き込むだなんて」

「うぐぅ……面目有りません」


 メノウ、そしてユウギリが揃って謝罪と共に酒臭い息を吐き出す。この二人、昨夜の宴では酒瓶片手に大騒ぎして今に至っているのだそう。

 リンドウに関しては……ご愁傷様としか言えない。お酒が飲めないのに、上司に絡まれる災難は覚えがある。前世のあたしです!


「まあ、そのお陰であたしはシュリと……んっふふふ」

「え? なに、オリガ。今何か言った?」

「何でもなーい」


 真っ赤に血走った目で見上げてくるメノウに、ニンマリと笑うだけ。メノウにも教えてあげない。先代勇者アクセルのこともあるが、シュリと一夜を過ごしたことは独り占めしたい秘密なのだ。

 特に色っぽい展開にならなかったのが残念だ。なんて懲りずに思っていると、執務室に控え目なノック音が転がり扉が開いた。


「ごめんなさーい、遅くなりましたぁ。調合に少し手間取っちゃってー」


 聞こえてきたのは、いつも通りの間延びした声。あたしが振り返ると、シェーラが銀色のお盆を両手で持って部屋へと入ってきた。


「……ねえ、シェーラ。アナタも、ワタシ達とずっと一緒に飲んでいたわよねぇ?」

「むしろ、シェーラが一番飲んでいた筈だが」

「そうだったかしらー? えへへ、昨日は楽しかったですよねー。お酒もお料理も美味しかった!」


 酔っ払い三人の生温い視線を受けながらも、シェーラはにこにこと笑顔のまま。宴に参加した者の中で、彼女だけは普段通りのままだ。お酒の匂いもしない。いつも通りフローラルな天使である。

 ザルってやつか、こっわ。


「お、おい、シェーラ。その、お盆の上にあるのは何だ?」


 お盆の上には、何やら怪しい液体を並々と湛えたコップが三つ。確かに、何だろう。心無しか、リンドウとユウギリが怯えているようだが。


「ふっふっふー、良く聞いてくれましたリンドウくん。これはー、シェーラ特製の栄養ドリンクでーす! 二日酔いに効く薬草と、体力や魔力を回復させる果物とー、あとは口に出すことさえためらう、けれども栄養素だけは優れているあれこれを全部入れてみましたー。味と喉越しを犠牲にした分、効果は絶大ですよー」


 さあ、どうぞ! そう言って、シェーラがお盆を酔っ払い三人の前にずいっと差し出す。今にもコップから零れんばかりの液体――否、見ようによっては固体と言って良いかもしれない――は赤みがかった灰色で、離れてるあたしの元にまで何とも言えない臭いが漂ってくる。


「わー、すごーい。なんか、凄いとしか言いようの無い代物が来たんだけど」

「シェーラ、これは……味見をしたりしたか?」

「えー? わたしは全然気持ち悪くないのでー。それにー、良薬は口に苦しって言うじゃないですか」

「苦いだけでは済まないだろ、これ」


 三人が更に顔色を悪くしつつも、シェーラから薬の入ったコップを受け取る。でも、揃いも揃って口を付ける勇気は出ないらしい。


「ささ、お三方。ぐいっと、ぐいーっと一気飲みでいっちゃってください」

「ぐいっと? これを? 喉が詰まって死ねる気がするのだけれど」

「シェーラの薬は、効果だけは折り紙付きなんだが」

「さっさと飲んじゃいなさいよー! 緊急事態なんだからっ!」

「あー! もう、腹を括るぞ、お前達!!」


 せーの! という掛け声と共に、三人が手に持った薬を一気に飲み干した。その表情は苦痛を通り越して、無の境地に達しているよう。


「…………」

「ど、どんな味だったんだろう?」

「さあ、余には想像も出来ん」

「あら、オリガちゃんと陛下も飲んでみますかー? まだ残ってるんですよー」

「いえ、結構です」

「遠慮しておこう」


 あたしとシュリが、シェーラの申し出に揃って首を横に振る。おやおや? 一夜を過ごしたからか、今日は妙にシュリと気が合う。

 シュリがあの薬を飲むと言ったら、あたしも迷わず飲み干したけどね。……多分。


「ああああああ!! ちくしょう、マズい!」

「これは、想像以上だわ。ワタシ、今夜は寝られないかも?」

「だ、だが……何とか体調と魔力は回復した」


 ユウギリは髪を掻きむしり、メノウは悩まし気に身体をくねらせ、リンドウは深呼吸を繰り返す。味は壮絶だったようだが、確かに効果は抜群だったよう。

 顔面には血色が戻り、活力が漲っている。あたしにはわからないが、どうやら体力だけではなく魔力も回復したらしい。


「それでは、仕切り直します! 現在、魔王城上空に凄まじい数のドラゴンが飛び交っています! 数はおよそ一〇〇〇体! 詳細は現在調査中ですが……規模と状況から、リンドウに様子を探らせていたドラゴン達の群れが移動してきたものと思われるので、現時点で竜災害と断定します!」

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