八話 前日との展開の温度差に風邪引きそう!

 ああ、そうか。彼が臣下を大切にする理由。そして、あたしが……いや、あたしだけじゃい。ユウギリやリンドウ、シェーラや他の皆も感じているであろう魔王シュリの根幹か。

 強くて、高い。かと言って、決して手が届かない場所で胡座をかいているわけではなく。皆に手を伸ばして、引っ張っていく。そんな王だから。

 皆、彼を支えたいと思うんじゃないかな。


「ふ、ふん。悪いけど、あんたに護って貰うような弱い女じゃないんだから。あたし勇者なんで! むしろ、シュリがピンチに陥ったらあたしが助けてあげるわ! 格好つけてプロポーズするなら、今の内だけなんだからねっ」

「ははは! やはり、そなたは面白いなぁ。余はもっとそなたの話が聞きたいぞ」


 今にも歌い出しそうな上機嫌さで、シュリがあたしにねだってくる。普段から物腰は柔らかい男だが、やはり魔王として凛とした雰囲気があったが。

 目の前に居る酔っぱらいは、年相応か少し幼くさえ見える。酒って凄いな!


「おっ、聞いちゃう? あたしの武勇伝聞いちゃう? そうだなー、何から話してあげようかなー」


 あたしにとって魔界が新鮮だったように、シュリにとっても人間界の話はとても面白いものだったらしい。にこにこと聞いてくれる彼が嬉しくて、たくさん話をしてしまった。



 そして、朝。いつの間に寝てしまっていたのだろう。あたしはとても爽快な気分で目を覚ました。静かな雰囲気から察するに、どうやら嵐は収まっているらしい。

 ホッとした安堵も、束の間。


「ねえメノウ、起きてる……ん、んん?」


 向かいのベッドに居たのは、どう見てもメノウじゃなかった。蒼みがかった絹糸のような銀髪をシーツに散らし、静かに目を閉じるのは呪いにかかった眠り姫。もとい最推し。


「え……シュリまでここで寝ちゃってたの? マジで?」


 ベッドから起きて、静かに近付く。うわぁ、すっごい睫毛長い。顔立ちの美しさは言うまでもないが、肌が超キレイ! シミもシワもニキビ痕も何にも無いなんてある?

 あ、もしかして化粧してやがる? 昨夜の仕返しも兼ねて、ほっぺたをツンツンしてみる。完全にすっぴんの卵肌です本当にありがとうございます。


「こ、これは……まさか、据え膳ってやつですか?」


 やばい。あたしの頭の中でいくつかの選択肢が戦い合ってる。普通に起こすか、それとも……。


「あれ、なんか……シュリの体温が高いような」


 指先に伝わる温度に、不安を覚えてしまった。いや、人間と魔人は違うのだから体温とかも異なるのかもしれないが。

 顔色も、何だか悪いような気がする。


「シュリ、大丈夫? 起きられる?」

「……う、ん? ああ、オリガ。おはよう……ゲホ、ゲホ。むう、寝てしまっていたか」


 結局、普通に肩を揺さぶって起こしてやることにした。軽く咳をしながら、シュリが身を起こす。

 言いようの無い不安が募る。


「ねえ、大丈夫? 咳なんてして、風邪でも引いた?」

「ん、いや……噎せただけだ。余は何とも無いぞ」

「でも、ちょっと顔色悪いよ。シェーラとユウギリを呼んでこようか?」

「ふふ、そなたは意外と心配性だな。魔人は頑丈に出来ておるゆえ、早々風邪など引かん」


 心配しなくて良いぞ。ぽんぽんと頭を撫でられる。普段ならば最推しの頭ぽんぽんに悶え床を転がりまくるところだが、不安がどうしても拭えなくて。


「……でも」


 休んだ方が良いって、言った方が良いのかな。でも、シュリ本人が大丈夫だと言うのなら余計な心配なのだろうか。

 ……いや、大丈夫だと思って死んだ人間がここに居るし。油断は禁物だよねっ!


「や、やっぱりあたし、シェーラを呼んで――」

「ッ!? オリガ、伏せよ!」

「へ?」


 簡単に身なりを整えて、シェーラを探しに行こうとドアノブに手を掛けた時だった。突然叫んだシュリを訝しく思うも、緊迫した声色に従って床に伏せた。


 ――次の瞬間、凄まじい爆音が轟いた。


「わ、うわわっ!!」


 空気ごと、床が大きく揺さぶられる。何これ、まさか地震!? でも、地震ってこんな感じだったっけ? どちらかと言うと、何か大きなものが勢い良くぶつかってきたような。


「ななな、何!? 何があったの?」

「くっ、城が攻撃されておる。まさか、このタイミングで攻めてくるとは」

「こ、攻撃?」

「うむ。見よ、敵の姿が見えるぞ」


 シュリが立ち上がり、窓へと駆け寄る。再び襲ってくる衝撃によろけながらも、あたしも窓へと駆け寄る。

 そして、見てしまった。


「な、何……あれ?」

「古の時代より、魔界に争いが絶えなかった原因の一端であり、災害の一つである。ヤツらは約五十年に一度の間隔で、魔族に戦いを仕掛けてくる。魔界の支配権を奪いに来る為に」

「ご、五十年に一度って……まさか」

「そうだ。先代勇者アクセルと、その一行を屠った原因があれだ。我らはあれを『竜災害』と呼ぶ」


 シュリが空を指し示す。空一面を覆うような黒い大群。自由に空を羽ばたく巨大な翼に、鳥とは比べ物にならないくらいに狂暴な鳴き声が轟いている。

 魔界に来て、今日で四日目。まだまだ未知なことが多いが、それらの正体をあたしは知っていた。

 だってさあ、ファンタジーと言ったらこいつらじゃん? 憧れるじゃん? でも、大抵のRPGでは終盤で出てくる強エネミーもしくはボスじゃん?

 見てみたいなー、とは思ってたけど。戦いたいなー、とは思わなかったっていうか。

 

「災害って……あ、あのドラゴンの大群ってことぉ!?」


 まさか、数え切れない程のドラゴンの大群が押し寄せて来るとは、思わなかったよね!

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