七話 最推しがご機嫌なので何よりです


「ご苦労だったな、二人共。かなり時間がかかったようだが、何かあったのか?」

「あー。何ていうか、その」

「散々な目に遭った……」


 結局、城へと帰還したのは夕暮れ時。シュリの執務室に行く途中でユウギリに会ったので、今日の成果を報告することにした。

 城内はすっかり防災モードというか、なんとなく落ち着きがない空気だ。……ていうか、なんとなく忘年会直前みたいな空気なんだけど。


「そうか、何にせよ助かった。先程、防御魔法が完全に修復されたことを確認出来た。これで陛下や皆も安心出来るだろう。勇者もありがとうな」

「ううん、お城の外を見られて面白かったわ。ところで、なんか城内が妙に賑やかな気がするんだけど」

「ああ、今夜は夜明けにかけて更に嵐が強まるようだからな。こういう日は、皆が不安にならないように食堂でささやかな宴をするのが昔からの恒例行事なんだ。お前達はまだ未成年だから酒はご法度だが、ご馳走が山程出るぞ」

「出た、悪天候の宴……」


 うんざりと、リンドウが肩を落とす。宴か。リンドウの性格からすれば、皆で騒ぐというのは苦手なのだろう。でも、今みたいな不安な夜には良いイベントだ。


「うーん、宴かあ……楽しそうだけど」

「どうした、勇者。陛下も来られるぞ、嬉しくないのか?」

「なんか……疲れちゃって」


 残念ながら騒ぐような気分にはなれない。疲れた、というのもあるが。気持ちがついていかないというか。

 食欲も無い。このままお風呂に入って朝まで寝てしまいたい。


「ごめん、今夜はこのまま部屋に戻るわ。メノウが居たら、あたしに構わず好きなだけ飲み食いしてって伝えておいて」

「ええ、お……おい、勇者」


 ユウギリが呼び止める声も無視して、あたしは一人で部屋へと戻った。誰も居ない静かな空間に、獣の唸り声のような雷鳴が響いている。

 髪を解いて、鎧を脱ぎ捨てる。剣も放り捨てて、ベッドに飛び込んで目を瞑る。お風呂に入る気力すら残らなかった。



「うぅ……んー」


 すぐに泥のような眠りに落ちる。嵐のせいだろうか、嫌な夢ばかり見た。昔の夢。前世のあれこれ。良いこと、悪いこと。やり残したことなど、色々。

 目を覚ましたらすぐに忘れてしまうような、そんな些末な悪夢だった。


「オリガ……寝ていたか。ふむ……寝顔もなかなか愛らしいではないか」


 いや、まあ忘れるのも無理はない。これは、あたしの記憶力が残念なのではなく、前世と今の因果が云々とかそういう面倒臭い理由でもなく。

 大きくて温かな手が、優しく頭をぽんぽんと撫でる。


「しかしなー、せっかく余が直々に様子見に来たというのに。寝ていたら仕方がないな。だが、何もせずに帰るというのは男として失格か?」

「うー……ふごぉ! むぐぐっ」

「ほう、声は全く可愛くないが肌は柔い。このまま起きぬのなら、昨夜の続きをしてしまうぞ」

「ぶはっ! し、シュリ!? ななな、なに、なになに?」」


 目の前に最推しの美貌があったら、誰でも悪夢なんて吹き飛ばすと思うのだが! 良かった、全裸で寝てなくて。

 ……いや、むしろ全裸の方が良かったのか?


「ふむ、起きてしまったか。酒のつまみに喰ってしまおうかと思ったのに、そういう時は男がベッドに乗るまで寝たフリしなきゃ駄目だぞー、ひっく」

「何言って……さては酔ってるな、あんた!? しゃっくりかわいいな!」


 ふにふにと頬を突っつく指に飛び起きる。ほんのり赤くなった頬に、今にも蕩けそうな瞳。ふんわりと香るのは柑橘系の甘酸っぱさを含んだアルコールか。こいつは酒の匂いまで自分の引き立て役にするのか!


「ていうか、何でここに居るのよ!? ここはあたしの部屋でしょ!」

「何を言う、余の城だぞ」

「そ、そうだけど」

「そなたの様子が変だったとユウギリが言っておったのでな。様子を見に来たのだ。ついでに、軽食も持ってきた」


 そう言って渡された紙袋。中身は……なんと、おにぎりだ。魔界にも存在したのか。結構ズッシリとした大きさのものが三つ。中の具材も、混ぜ込まれているワカメっぽいものも果たして正体は何なのか。

 全く予想出来ないが、とても美味しそうなので考えないでおこう。


「ていうか、こういう展開どこかで見たことある。まさか、これ……シュリの手作り!? あたしが元気になるようにっておまじないかけながら握ってくれたりした!?」

「それを作ったのは料理長で、持って行くように渡してきたのはシェーラだぞ」

「ひゅー! 流石はキューピッド、仕事が出来るぅ!」


 全然違ったけど、まあ良いか。一眠りしたらお腹空いてきたし。ベッドの上で座ったまま、おにぎりを食べ始める。

 シュリはあたしの行儀の悪さを咎めることなく、向かいにあるメノウのベッドに腰掛けた。


「んまーい。おにぎりすきー」

「ふふっ……少しは元気になったようだな」

「うん? あー、なんかごめん。ちょっと昔のことを思い出してテンション下がってただけだから。寝たら何ともなくなったわ!」


 いやー、やっぱり睡眠って大事ですね! 体力諸共全回復、ついでに最推しとのイベントですよ!


「ていうか、皆はどうしたの? 宴は終わったの?」

「いいや。あの状態では、朝まで終わらなそうだ。今から行っても良いが……その前に、そなたと少し話がしたい」


 食いながらで良いぞ、と言われたが。なんだか真面目な雰囲気だったので、残りのおにぎりを急いで口に詰め込む。告白? 告白イベント?

 でも、改めて考えるとシュリも酔っ払いだよね?


「むぐ、んぐ……な、なに?」

「そなた、先代の勇者のことを何か聞いているか? もしくは、人間界で先代勇者の最後はどのように伝えられておる」

「え、先代の勇者?」


 残念、全然告白イベントじゃなかったわ。それにしても、先代の勇者か。


「えーっと、確かとある下級貴族の一人息子だったって聞いたけど。名前は、アクセル・オリアーリ。最後は魔王との死闘の末相討ちになって、魔族の何人かが聖剣を人間界に返還しに来たって……あれ、でも先代の魔王って」

「余の父親だ。今は母親と共に田舎で隠居しておる」

「……おかしいわね。勇者と魔王、共に命を落としたって聞いたのに。ま、まさかシュリ、あんた――」

「あー、余はそなたが考えているような面倒で複雑な出生ではない」


 あたしの妄想を遮るように、ゆるゆると首を横に振るシュリ。違った。メロドラマの気配を察知したのに。


「余は魔王として、勇者であるそなたに話さなければならんことがある。先代の魔王は、いや……魔界は、先代の勇者の末路を偽った。そうか、アクセルという名前であったか」

「え……偽った?」


 偽った。つまり、偽装したっていうこと? でも、どうして。

 

「これは、魔王城の中でも知っている者が限られておる。だが、そなたには話しておこうと思ったのだ。先代の勇者は、魔王城に辿り着く前に命を落としたのだ。場所は東ギーナ山脈。そなたも通ってきた道であろう?」

「う、うん」


 東ギーナ山脈……確かに、あたしとメノウが旅してきた地域だ。あの辺りは気候も安定していたし、魔物も多くなかった。

 勇者が命を落とすような場所ではないと思うが。


「今から約五十年前、先代魔王……余の父親が即位したばかりの頃だった。魔界でも有数の大災害に、大勢の魔族が犠牲になってしまった。そして、先代勇者一行も」

「そう、だったんだ」


 つまり、先代勇者は魔王の元に辿り着くことすら出来なかったということか。


「即位したばかりの若造とはいえ、あれは防げた筈の犠牲であった。それに……弁明になるかどうかはわからんが。先代勇者は恐らく、近くにあった集落を護ろうとして命を落としたのでは、と言われている」

「え、そうなの?」

「うむ。流石に、当時のことを知っているわけではないゆえ、聞いた話と資料から判断するしかないのだが。何であれ、先代魔王は聖剣を人間界に返還した。自分と勇者が相討ちで死んだことにしてな。そうすれば、人間界の平和と勇者アクセルの体裁は護られると考えたのだ」


 確かに。勇者がいつまでも魔界から帰還しなければ、人間界はずっと魔王の存在に怯えていたかもしれない。


「余は魔界を、そして魔界に住まう全ての者を護る為に存在する。先代魔王のような愚行は犯さぬ。あのような悲劇は、二度とあってはならない。勇者アクセルの思いに応えたい。だから、魔界に居る以上はそなたも余が護る。それだけは、言っておきたかったのだ」

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