夢女子が異世界で勇者に転生したら、最推しが魔王になりました!

風嵐むげん

一章

悪役好きは死んでも生まれ変わっても心臓が強い

一話 社畜から勇者へ生まれ変わりました!

 オタクは、『推し』が居ないと死んでしまう生き物らしい。いやー、びっくりしちゃったわ。まさか本当に死ぬなんて。


 地獄の就職活動から、流れるようにブラックな職場へ。仕事は増えるのに人が減るという怪奇現象に、サービス残業と休日出勤のツープラトンで立ち向かう日々。

 子供の頃から大好きだったゲームで遊ぶ余裕も、アニメを見る気力も失せて。小説や漫画を買うだけ買って積み上げて。限界夢女子だった筈が、萌えも尊さもトキメキもなんにも無く。ただ終わりが見えない仕事に取り組むだけの生活を続けて、何年か経ったある日。


 心臓が止まった。シャレた比喩表現とかではなく。


 仕事中に倒れて、脈がピタっと止まったのだ。心臓マッサージとAED使っても、あたしの心臓はそのままうんともすんとも言わなくなった。

 こんなことある? 普通はもうちょっと頑張るでしょ、どうなのあたしの心臓。思い切りが良すぎない? やっぱり、アニメとかイベントとかで魂を滾らせていなかったのが原因か。

 でも、これで終わりじゃなかった。てっきり天国で優雅なスローライフが送れるかと思ったのに、息つく暇もなく次の人生が始まってしまった。ねえ神さま、お盆休みの方が長いってどうかと思うのよ。

 しかも、今度の人生は前回以上のムチャぶりだった。


「オリガ・ヒラソル。聖剣に選ばれた貴殿こそが、我々の希望たる『勇者』だ。貴殿には、人間の敵である『魔王』を討つ使命を与える」


 気が付くと、あたしはキラッキラの豪華なお城で王様の前に立っていた。今度のあたしはオリガという名前らしい。自分で言うのも何だが、金髪碧眼でお肌ぴちぴちな十七歳の美少女である。そして、生まれ変わった世界は大好きなRPGによくある、剣と魔法のファンタジーだった。それは物凄く嬉しいんですけど! 何で勇者!?

 勇者と言えば、なんか重たい使命を背負わされて魔物と戦うアレでしょ? 海の中に潜ったり、火山を登ったり。そういう死ぬか死なないかギリギリなラインの過酷な旅を強いられるヤツでしょ。

 やだやだやだ! せっかくブラックな職場から脱したのに、今度は人生がブラックですか! あたしの言動で世界が救われるか破滅するかなんて、そんなハイリスクハイリターンライフはノーセンキューなんで! そういうのは二次元だからこそ楽しいの! 『あたしは故郷の田舎で畑仕事する村娘Aとかで良いんで! 誰か、チェンジお願いします!』 そう言って、押し付けられた剣を国王さまに突き返そうと思ったのに。


「見事、魔王を倒してきたら、褒美にワシの末息子を婿にやろう。イケメンじゃぞ? お金もあるぞ?」

「マジ? やったー、今すぐ行ってきます!」


 不可抗力というやつだ。人間は『推し』が居なければ死ぬが、逆に『推し』が居れば不死鳥のごとく無敵である。いやもう、実物見たけど末の王子さまマジでイケメンだった。ちょっと暢気そうだけど、そこが可愛い。母性本能を擽ってくるタイプね。

 『推し』を愛でる方法は人によって様々だろうが、あたしは夢見る乙女なんで。イケメン王子とのあんなことやこんなこと、いやんちょっと待ってぇ! みたいなことを妄想しながら相棒と旅に出て、何だかんだあって数カ月。


 ついにあたしは、魔王が住む城へと辿り着いた。道中は木の実やイケそうな魔物の肉を齧り、まともそうな草とか木から水分を頂き、数え切れない程に野宿を繰り返した。間違いなく女子力だか生命力だかが上がっていることだろう。

 あとは憎き魔王をけちょんけちょんにすれば、晴れてイケメン王子さまとのラブスイートな毎日を手に入れる……筈だったのに。


「そ、そんな……」


 計画が崩れた。


 イケメン王子沼に肩まで浸かっていた筈なのに、得体の知れない手に別の沼に引きずり込まれてしまった。しかも王子沼より深い。間違いない。

 思わず、あたしは天を仰いだ。


 目の前に現れた魔王は、あたしの人生を捻じ曲げる程の衝撃だったのだ――

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