二話 魔王の卑劣な業によって王子がモブに降格した

「あー……もう、無理。ほんとさー、人の性癖ど真ん中ぶち抜いてくるの止めようよ。最近は公式がユーザーの欲望を熟知し過ぎてて怖いよ。なに、製作者サイドはオタクのSNSを監視してるの? オタクの村を焼くのが快感になってるの? 放火魔なの? んふううぅ……無理、しんどい」


 高めの位置で一つに括った金髪を振り乱しながら呻く。今、あたしと相棒が居る場所は『魔王城』の謁見の間である。

 体育館かよ、ってくらい広い空間に、埃一つ無い黒大理石の床。王が住む城、という部分では同じ筈なのに。このお城は人間界の方とは違って、色調とか調度品とかのデザインがゴスっぽい感じがする。

 スマホがあったら写真撮ってSNSに上げたい。そそられるわぁ。


「ねえ、オリガ。感極まるのはわかるけれど、完全に極まる方向を間違っていると思うのはお姉さんの気のせいかしら?」

「だ、だって……ねえ、メノウ。公式からの供給が尊すぎてしんどい」

「落ち着いて。アナタが何を言っているのか、よくわからないけれど……とりあえず魔王を前にして発する第一声としては完全に間違っているから」


 ポンポンと、あたしの肩を叩きながら。こんな時でも妙に落ち着いて――そして、無駄に艶のある声で――メノウが諌めるように言った。目の前に敵が居るにも関わらず、つい何時ものように相棒の方を振り向いてしまう。

 柔らかな亜麻色の髪に、猫のように大きなチョコレート色の瞳。ふっくら艶やかな唇に、彼女がいつも付けているお気に入りの香水が甘くふんわりと香る。ついでに、動き易いという理由だけで布面積が非常に少ない服装と、そこに収まり切らない程に豊満で柔らかそうな胸が視界に飛び込んできた。

 よし、おかえり正気。何故だか頭が良い感じに冷えてきた。いや……転生前とは違って、勇者になってからは運動量が格段に増えたので、余分な脂肪なんか無いんですけどね。


「……そこの魔王。少し作戦会議をするから、大人しくそこで倒されるのを待っていなさい」


 一旦、正面に向き直り、堅牢な玉座に堂々と腰掛ける魔王にそう言い付けて。よし、これで大丈夫。改めて、メノウの方へと振り返る。

 作戦会議なので、ヒソヒソ声でそれっぽく。


「ど、どーいうこと? ねえ、メノウ。あたし、あんなの聞いてない!」

「聞いていないって言われても……ねえ」


 メノウが腕組みをして、困ったように首を傾げる。何なのそのポーズ、腰の細さと乳のデカさが際立つんだが。

 背中にショットガン、太腿に回転式のハンドガン二丁等々物騒な武器を装備してさえいなければ投げ飛ばしてやるのに。


「ワタシだって聞いていないわ。まあ、魔界はワタシ達がこうして乗り込むまでは完全に封鎖された世界だったから、情報が入ってこなかったのも無理はなかったのだろうけど」

「そ、そんな。何という完璧な情報管理、どこに……とは言わないけど、見習ってほしい。これソシャゲ? 課金不可避なSSR? 排出率は何パーセントですか。出るまで回すわ」

「とにかく、別に良いじゃない。オリガは人間達の希望、『勇者』なのよ? そして、あそこに居るのは人間界を恐怖に貶める『魔王』……アナタはあの魔王を倒し、王サマから一生遊んで暮らせるだけの報酬を貰って、イケメンな末の王子サマにあーんなコトや、こーんなコトまでしてもらうのでしょう?」

「そ、そうだけど……そう、思ってたけど……」


 ちらりと、視線を玉座へと滑らせた。魔王はちゃんと、逃げずに大人しくそこに居た。あたしは改めて、自分が倒すべき敵の姿を注意深く観察する。

 絹糸のように滑らかで、毛先にかけて蒼のグラデーションがかった長い銀髪。肌は雪のように白く、涼し気な目元に薄い桜色の唇。玉座に腰掛け、ゆるりと組まれた脚。背は高い方だろう。

 何か考え事でもしているのだろうか、静かに目を瞑っている為にきっと美しいであろう瞳を拝むことは叶わない。

 漂う物静かな大人の雰囲気も相俟って、なんていうか――


「それにしても……魔王があそこまでキレイなお兄さんだとは、思わなかったわねぇ?」

「んはああああぁああ!!」


 クスクスと笑うメノウに、絶叫した。そう、そうなのだ! 魔王がまさか、息をするのも忘れるような美形だとは思っていなかった。

 魔王っていうくらいだから、てっきりゲームでよく見る顔色の悪い凶悪な人外だと思ってたのに! 端正な顔立ちも、黒衣を纏う均整の取れた体躯にも文句の付けようが無いのだ。

 一体、目の前に居るのは何!? 神絵師が生み出した傑作かな!?


「でも、そんなに強そうには見えないし……サクッと倒して、お縄に頂戴しちゃいましょう? そうしたら、アナタのお気に入りのサンティ王子も薔薇の花束を持って結婚でも何でもしてくれるわよ」

「……え、サンティ? 誰それ? モブキャラ?」


 メノウが唖然とした表情で見つめてくる。何ということでしょう。ついさっきまで推しだった筈の王子が、モブキャラにしか思えなくなってしまうだなんて。


「恐ろしい……なんて恐ろしいの……こっ、これが! これこそが、魔法ってやつなのね?」

「んー。多分、違うと思うけど」

「どうしよう、最推し確定です。そしてあたしには、推しを痛めつけて悦ぶなんて猟奇的趣向はありませんので、帰りましょう。じゃないと、尊さで墓が立つ」


 ええー? と、メノウが声を上げた。無理だ、絶対に無理。メノウの銃ならまだしも、オリガの武器は勇者のファンタジーな王道に則って剣なのだ。

 剣での戦いは、どうしても敵に接近しなければならない。それこそ、相手の息遣いが伝わるくらいに。

 ということは、あの魔王イケメンとそれくらい接近しないと駄目だということだ。

 あの綺麗な顔が、髪が、声が……。いや、魔王はまだ一言も発していない。でもきっと下半身に響くイケボに違いない。


「ムリ……そんなの、萌えすぎて灰になる自信しかない……」

「あーあ。オリガは本当に面食いなんだから」

「いや、でも待って……ねえメノウ。あの人、そもそも本当に魔王なのかな?」


 落ち着け、よく考えてみよう。ここは魔界の中心に位置する魔王城。目の前にあるのは魔界の主にのみ許された玉座であり、そこに腰を降ろしているのは魔王その人。

 いやいや、待て待て。そもそも玉座に居るからで魔王、という考え方は果たして正しいのか?

 あのイケメンはただ、たまたまそこに座っているだけなのかもしれない。


「そう、きっとそうなのよ! きっとあの人は、貧血か何かで具合が悪くなってたまたま空いていた椅子に腰を降ろして休んでいるだけなのよ!! ほら、さっきから全然動かないし怒ったりもしないもん!」

「その発想は、流石に無理があると思うのだけれど」

「わかった! きっと、あの人は天使なのよ。神さまが手塩に掛けて、下界の穢れから隔離した箱庭で真綿に包むようにして蝶よ花よと育て上げられた天使なんだよ! だって、魔王っぽい角とか牙とかも無いし!」


 人間界にある魔王の資料には、どれもこれも角とか牙とかウロコとか尻尾とか身体の至る所に色々くっついていたけれども。目の前の美形は、見る限りただの美形だ。

 この世界には神さまが居るらしいので、天使が実在していてもなんら不思議ではない。


「はっ……もしかして、あの人は美し過ぎるから本物の魔王モブおじさんに拉致されてイケナイ悪戯を夜な夜な強要されているのかも!? お前がママになるんだよってか!? いやー!!」

「オリガの妄想力って凄いわよねー。お姉さん、一緒に居て本当に飽きないわぁ」

「どうしよう、それはそれで……じゃない! だめだめだめ! あの人はだめ、汚してはいけない領域の人っていうか。どちらかと言うと……あたしの繊細で敏感な夢女子な部分を貫いてくるタイプ。一緒に暮らして傷ついた心と身体を癒して、一年くらい経ったら不意に抱き締められたい。後ろから、デュフフ」

「オリガちゃん、涎が垂れてるわよ?」

「おっし! とりあえずメノウ、本物の魔王を探そう。そう、モブおじは幸せになってはいけないのよ。必ず制裁を下さなければ、解釈違いですし、お寿司」


 両手の拳をグッと握り締めて意気込む。色々な意味でのやる気が漲ってきた。今ならどんな死闘も恐くない! だって、あたしは自他ともに認めるオタク……いや、勇者なのだ。

 勇者は、夢や願いを叶える為なら全力を出せる! あと、見知らぬ民家のタンスから薬草や小銭をかっぱらう程度の犯罪も許される。ちなみに一回ガチでやったことあるけど、家人から本当に何も言われなかったのが逆に怖くてちゃんと返してきた。

 でも、決めた。あたしは魔王城からあの人を攫う。だって勇者だもの。そう開き直ろうとした、その時だった。


「陛下! 魔王陛下!! ご無事ですか!?」


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