三話 この大臣、さては社畜ね!

 蝶番が弾け飛ぶのではないかと思う程に、勢い良く開かれた背後の扉。そこから駆け込んでくる、大勢の兵士達。獣の耳を持った兵士や、髪の毛がヘビになっているメイド、全身をシーツみたいな布で覆い隠す変なヤツなどなど。

 渋谷のハロウィンとか、こんな感じでカオスだったなぁ。なんて暢気に考えていると、不意に一人のエルフがもみくちゃになりながらもあたし達の前へと躍り出た。


「こら、道を空けなさい! 通して、通しなさい! 陛下! ああ、良かったご無事で……この、人間達め。わざわざ将軍達が留守にしているタイミングを見計らって乗り込んでくるとは、なんて小賢しい真似を!!」

「誰よ、あんた!」

「あら、何だか可愛い子が出てきたわねぇ」


 メノウがうっとりと、殊更に甘さを増した声で言った。確かに、可愛い。背丈はあたしと同じくらいで、まるで少女のような可憐な顔立ち。しかし声は明らかに男のものだ。年齢はあたしよりも少し上だろう。

 褐色の肌に、赤銅色の髪。先の尖った耳と、エメラルド色の瞳。ダークエルフ、というやつだろうか。普通のエルフよりも気性が荒いと言うが。


「か、可愛いだなんて無礼な! と言うか、人間にまでそう思われるのか。うう……もういっそのこと、オーク族とかトロール族とかそういう屈強な姿で生まれたかった……って、そんなことはどうでも良い。おまえ達、その身なりからすると勇者一行で間違いないか?」


 うぐぐ、と悔しそうに睨んでくる青年。どうやら、自分の中性的な容姿を相当気にしているらしい。女装とかさせたら、イベントで絶対に人気が出るタイプだな。と、見ていると彼の身なりがかなり良いことに気が付いた。

 ということは……それなりの重役だったりするのだろうか。重役かぁ、偉いのかぁ。


「お忙しいところすみません、いつもお世話になっております」

「なんだと、人間の世話なんてした覚えがないんだが!?」

「はっ、しまった!」


 相手が偉いと思ったら、無意識に社畜ぜんせの悲しい癖が出たわ!


「えーっと、今のはなし! あたしは勇者のオリガ、こっちは相棒のメノウ。国王陛下の命令により、人間界に仇をなす魔王を討伐に来たわ。痛い思いをしたくなかったら、今すぐその両腕であたしをそっと抱き締めて耳元で甘ったるく愛を囁きなさい!」

「後半部分が凄く気持ち悪い!」

「それに、主旨が思いっきりズレているわね」

「くっ、何だか想定していた勇者とは大分様子が違うが……いかがしましょう、陛下?」


 あたしの露骨な欲望を前に、小刻みに震える青年。その青ざめた顔面にあるのは恐怖……ではなく、多分嫌悪感だろう。

 あたしとメノウに対峙したまま、青年は背後に居る美形を振り返る。彼のかしこまった言動から、覆しようのない答えが導き出されてしまう。

 

「メノウ、残念なお知らせよ。やっぱり、あの人が魔王だったみたい。運命って、残酷なのね……」

「ええ、そうね。割と最初から明らかだったけれど」

「仕方がありません。将軍たちが居ない以上、この僕が相手をしてあげましょう。陛下は今の内に安全な場所へ……ん? あの、陛下……?」


 どうやら、青年は自らが囮になってでも主である魔王の為に時間を稼ごうと思っているのだろう。だが、不意に何か感じることでもあったのか。青年がゆっくりと背後を振り向き、そのまま背中を向けてしまう。どうやら、威勢は良かったものの戦い慣れているわけではないらしい。

 ま、勇者は警戒心の無いガラ空きな背中に斬りかかるような、下劣な真似はしませんけど。


「陛下? 聞いてます? おーい……」

「…………」


 青年が何度も呼び掛けるも、魔王は答えない。先程から足を組んで目蓋を閉じたまま、同じ格好で静かに玉座に腰掛けている。

 いっそのこと人形だと言われても騙されてしまいそうだが、規則的に上下する肩は生き物である証。しかし、それが意味することは……。

 青年が妙に焦った様子で、魔王を必死に呼ぶ。


「へ、陛下ー! あのー、聞いてますー? 勇者ですよー、勇者が来たんですよー。ここは、偉そうに踏ん反り返って『世界の半分をくれてやろう!』とか言って挑発するタイミングですよー」

「…………」

「魔王さまー? おーい、へーいかー?」

「…………」


 返事がない。しかし、相変わらず肩は穏やかに上下しているから多分屍ではない筈。何なら、耳を澄ませれば僅かに開いた唇から静かな息まで聞こえてきそうだ。

 それはもう、すやすやーって健やかな寝息が。


「……すまない、勇者とその仲間。十秒だけ、時間を頂きたい」

「あ、どうぞどうぞ。お構いなく」


 青年があまりにも申し訳なさそうな表情をするので、頷くしかなくて。元々勇者というものは、敵が何回変身してもその隙だらけな瞬間はあえて何もせずに見守るというのが鉄則だから。大丈夫、待つのは得意だ。

 改めてこちらに背を向け、青年が重々しく溜め息を吐く。そして右手を軽く振り上げるや否や、辺りの空気が一瞬で表情を変えた。

 緊張の糸が張り廻り、肌を引っ掻くような鋭い冷たさを帯びる。青年の指先には、瞬く間に巨大な氷の塊が形成される。

 凄い、これが魔法! この世界だと、人間はどうやっても魔法を使うことが出来なかったから初めて見た。超感動なんですけど!


「だから、夜は早く寝なさいとあれほど言ったでしょうが! 勇者が目の前までやってきたって言うのに爆睡とか神経どうなっちゃってるんですか、どこに置いて来ちゃったんですか、母君のお腹の中ですかあぁー!?」

「へぐぁッ!?」


 青年の身の丈程もある氷の塊が、何の躊躇も無くあたし……ではなく。あろうことか、主君であろう筈の魔王へと投げ付けられる。

 しかも、明らかに顔面を狙っていた。


「ちょっ、美形の顔面を狙うなんて凄い度胸……さてはあんた、非リアね!」

「何を意味のわからないことを! それに、この程度の攻撃であの顔面は崩れたりするものか! 出来るなら、とっくにやっています!!」


 青年が不穏な物言いで返す。ヤバいぞこいつ、何か鬱憤とかストレスとか相当溜まってやがるぞ。叩きつけられた塊は、魔王の額に命中して粉々に砕け散った。

 対して、魔王。避けることも、払い退けることも、防ぐこともせずに。額に打ち当たった衝撃に、それはそれは奇妙な声を漏らすと両手で額を押さえた。

 あ、そういえば。


「ねえ、メノウ。今……あの魔王、初めて声出したね」

「そういえば、そうねぇ」

「聞いた? 滅茶苦茶イケボだったよね! はあぁ、耳が幸せです」

「え、今の『へぐぁッ!?』でそう思ったの?」


 メノウから可哀想な視線が向けられてくるけど、全然気にならない。今は目を覚ました魔王の所作、一つ一つを見つめるので精一杯なのだ。

 魔王の挙動に連れ添うように、さらさらと揺れる銀髪。今まで閉ざされていた双眸が、不満げに青年を睨み付ける。


「くうぅ……おい、ユウギリよ。転寝していたのは余の失態ではあるが、もう少し優しく起こせんのか。そなたのそういう遠慮のないところは嫌いではないが、王に仕える臣下としてはどうかと思うぞ」

「申し訳ありません、緊急事態なもので。つい」


 主君に対する背徳行為なんて何のその。しれっと悪びれた風も見せず、ユウギリと呼ばれた青年が僅かに身を引いて。魔王にもあたし達が見える位置に立つと、ビシッと指差した。


「改めて申し上げます、陛下。人間界から勇者とその仲間がやってきました」

「勇者?」


 そうして、ついに。魔王があたしを見た。真っ直ぐにこちらを見据えるピジョンブラッドの瞳。魔王は代々、血のような毒々しい紅の瞳を持っているというが。

 目の前に居る魔王の目は、静謐でありながら蠱惑的で。どんな上等な紅玉でも、彼の瞳には敵わない。

 あたしはこの一瞬で、すっかり魅了されてしまった。

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