四話 魔王ルート、攻略開始!


「ほう、人間だ! 見よ、ユウギリ。人間が居るぞ。しかも金髪の方からは神聖なる力を感じる。間違いない、勇者だ」

「僕が言いましたよそれ!? しかも結構前から勇者が侵入したって、城内で大騒ぎだったじゃないですか! いつから寝てたんですか!」

「んー……さて、覚えていない。最近は色々と忙しくて、寝不足だったからなぁ」


 ふわふわと欠伸を繰り返しながら、魔王が暢気に言う。寝ている間は人外の美しさと、静けさを帯びた大人な雰囲気でそれっぽかったが。

 いざ喋ると……少々魔王らしくないというか、あまり気取らない性格のようだ。凄いギャップです。美味しいです。


「全く、城内でどれだけの被害が出たと思っているんですか!? 怪我人は出るし、窓や調度品は壊されるし。総額いくらになると思います!? 弁償させたいくらいですよ!」

「べべ、弁償!? あ、あれはその……そっちがよろけたり引っ繰り返ったりして壊したんじゃない! あたし達は悪くないですぅー!」


 弁償、と聞いた途端に顔面から血の気が引く。王さまに魔王討伐を命じられた際にいくらかお小遣いは貰ったが、そんなものとっくに底を突いている。

 ていうか、装備と薬代くらいにしかならなかったけどね、お小遣い。王さまもそうだけど、世の中の上司という人種の金銭感覚はどうなってるの?


「だが、死者は出ていないのだろう? 怪我をしたと言っても、動けなくなるような傷を負った者は居ない筈だ」

「え……な、なんでわかったの?」


 憤るユウギリとは裏腹に、余裕を崩さない魔王。まるで全てを見ていたかのような言葉に、思わず聞き返してしまった。

 そして、ユウギリさえも不可解だと言わんばかりに眉間に皺を寄せる。


「ええ、確かに。そこの勇者に腹を殴られたりして、気絶した者が数名。軽い切り傷や打ち身を訴える者が多数、それから……勇者の隣に居る女」

「あら、ワタシのこと?」

「その者が扱う妙な武器の攻撃を受けた者が、何故か深い眠りに落ちたまま目を覚ましません」

「ウフフ、魔界には銃なんて無いのかしら? 暴れイノシシでも何でも一撃で仕留める、強力な麻酔弾よ。朝まで目を覚まさないと思うわ」


 柔らかそうな胸を弾ませながら、メノウ。彼女が扱う銃は、人間界でも珍しく高価な代物だ。見たことがない、という者が居ても不思議ではない。

 元々メノウはあたしと同じ村の出身であり、地主の一人娘だ。本来ならば、勇者と一緒に魔王討伐の旅をするような立場である筈がないのだが。銃の腕と、恵まれた体力。ちょっとやそっとじゃ動じない度胸と、『生きている内に魔界を見てみたい』とかいう好奇心だけでここまで付いてきてしまった変人である。

 そうそう。一般的には、もっと格闘家とか戦士とか僧侶とか盗賊とかついて来るのが定番なんだけど、何故だか誰も来なかったのよね。何でかなー!


「そうであろうな。勇者達からは、血の臭いがほとんどしない。随分と平和主義な勇者だ。お陰で、余も目の前にやって来るまで気が付かなかった」

「それっぽいことをそれっぽく仰っていますが、爆睡してた言い訳でしかないですよね、それ」

「そなたさあ、勇者の前なのだから少しは盛り立てることを言った方が良いと余は思うぞ」

「あ、あたしたちは例え相手が魔族だろうと何だろうと、不必要な殺しは絶対にしないわ!」


 いけない。このまま魔王とユウギリの二人のやり取りを見ていたら、雰囲気に飲まれてしまう。想像していたよりも緊張感が無い展開――いや、魔王が美形過ぎてそれはそれで緊張してるけども!――になってしまったが、油断は出来ない。

 ここは敵地ど真ん中なのだから! どこから弓矢や魔法が飛んできても不思議ではない状況なのだ。

 そうだ、今は夢女子心を滾らせている場合ではない。すらりと、腰元の剣を抜く。


「あたしと勝負しなさい、魔王。そして、あたしが勝ったら……」


 勇者だけが扱うことが出来る聖剣。この剣が目指すのは、そしてあたしが求めるのは殺戮や虐殺などではない。国王に……国民に向かって宣言した時のように堂々と、朗々と声を張り上げる。

 誰もがのんびり気ままに暮らせるような、平和。そして――


「あたしが勝ったら……あ、あたしをお嫁さんにしちゃいなさい!」


 しん、と辺りが静まり返る。わー、言っちゃった。ちょっと声が裏返っちゃった、恥ずかしい! でも、良い。

 もはや、この気持ちを押さえることなんて出来ないのだから!


「……勇者、一体何を言っている。陛下の嫁にしろだと?」

「オリガ……あんたって、本当に空気を読まないわねぇ」

「メノウ、空気は読むのではなく吸う為にあるのよ。それに、女は何だかんだ言って草食系王子さまよりも肉食系な悪役の方が好きなの……そういう推しにあれこれ都合の良い夢を見る、あたしはそういう類の夢女子です」


 青年とメノウが、呆然と見つめてくる。しかし、あたしの意志は揺るいだりしない。さっきから妄想が止まらない。この魔王にギューってされたり、頭ナデナデされたいの!


「……あー、そういう話ならば帰ってくれ。余は忙しいのだ」


 まるでしつこい勧誘か何かをあしらうかのように、しっしっと手を払う魔王。至極真っ当な対応である。だが、あたしは諦めない。


「ふふん、あたしには分かっているのよ。魔王、あんた……独身でしょ?」

「な、なぜそれを!?」


 あたしのセリフに、魔王以上にユウギリが過剰に反応した。もうその反応だけで肯定しているようなものだが。


「だって、左手の薬指に指輪が無いもの! と、言うことは独身でしょ。いい歳して、独り身なんでしょう?」

「くっ、確かに陛下は今年で二十五にもなって未だに独り身です。流石は勇者。かなりの変人だが、凄まじい洞察力。この状況下で陛下の左手を注視する根性は滅茶苦茶気持ち悪いのですが」

「あら、別に恥ずかしいことじゃないと思うわ。人間界の一番上の王女も今度の誕生日で二十六だけど、未だに浮いた話一つ無いわよ」

「そなた達さぁ、とりあえず独り身独り身と連呼するのは止めないか?」


 魔王が頭を抱える。ああ、そんな悩まし気な表情も絵になるだなんて。うっとりと見惚れていれば、ユウギリがコツコツと足音を響かせながら再度あたし達の前に立った。

 緑色の瞳が、キッと此方を睨み付ける。


「とにかく、このままでは埒があきません。将軍たちが居ない今、このユウギリが代わりを勤めます。こんなヘンタイ勇者、きっと大して強くありませんよ」

「ちょっと、誰がヘンタイよ! ただ欲望に少しだけ忠実なだけだもん!!」

「どこが少しだ! モロ出しではないか!!」


 くそう、なんて口が悪い。しかし、先程魔王にぶつけた氷を見るに、見た目以上のやり手に違いない。

 まあ、確かに魔王の前に重臣っぽい彼を倒しておいた方が何となく勇者の王道な感じになるかもしれない。


「あらあら、主君を護る為に身を呈するだなんてカッコイイ。どうする、オリガ?」

「良いわ。そこまで言うなら、あんたから先にけちょんけちょんにしてやるんだから! やるよ、メノ――」

「良い。ユウギリ、下がれ」

「……は?」


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