五話 次はイケメンを侍らせる悪役令嬢になりたいです

 あたしが剣を、メノウがショットガンを構える。しかしユウギリが構えようとするや否や、突如として魔王が呼び止めた。何だ、これからって時に。怪訝そうに三人がそちらを見やる。

 すると、魔王が緩慢な動作で立ち上がり、一度髪を払った。


「え、あの……陛下?」

「武器を構える相手を無力化するというのは、殺してしまうよりも難しい。それに、将軍達が不在にしているとは言え此処までの侵入を果たした。その二人の実力は本物だ。戦い慣れていないそなたでは怪我をするぞ」


 下がれ。ユウギリに命じ、それはそれは優美な足取りで歩み出る魔王。立ち上がったことで知ったが、あたしよりも頭一つ分以上背が高い。

 背中を撫でる髪は腰よりも長く、手足もまた長くすらりと伸びている。筋骨隆々とは言えないが、脆弱性は微塵も無い。

 まさに魔性。こんなに美しい男は、人間界には絶対に存在しない。妙な確信を得ていると、不意に背後に居る兵士達がざわついていることに気がつく。


 ――え、もしかして陛下が戦うのか?

 ――いやー、流石に勇者が相手でもそれは無いだろう。

 ――なあ、最後に魔王様が戦場にお立ちになったのって……二年前の反乱軍の時だったよな?

 ――あの二千人近くの竜人族を十秒で鎮圧させた時だったか? こわっ、勇者もよくやるなー。


 ……何ですと?


「い、いや……あの、陛下。確かに相手は勇者ですけど、今回はたった二人ですし。しかも、ここ広いけど屋内ですし。陛下がお力を振るうと、勇者だけではなく他にも被害が出てしまうというか。具体的に言うと、死人が出るような。僕とか」

「はっはっは! 任せよ、そうならぬよう気をつける」

「いや、気をつけるって……あの、陛下の場合は意識次第でどうこうなる問題ではな――」

「と、いうわけだ。待たせたな、勇者。望み通り、余が相手をしてやろう」


 ひえっ! と、悲鳴が上がる。それはあたし達からではなく、後ろに居る兵士達からだった。しかも、誰も主君に加勢しようとかそういう思いは無いらしく、むしろバレないように少しずつ後ずさりまでする始末だ。

 ユウギリなんて、まだ主君を止めようと奮闘している。


「へ、陛下……どうかお考え直しを。陛下に何かあったら、国民が……特に年頃の女性達が悲しみますし。あと、陛下の有り余った魔力でこの城が損壊とかしちゃったりしたら、僕が悲しくなっちゃいますし」

「ふむ、ならば魔法を使わなければ良いのだろう?」


 今まで眠たそうだった顔面が一変、魔王が挑発的な微笑を口元に飾った。あ、このちょっと悪そうな表情超好き。


「ま、魔法を使わないって……待って、お待ち下さい。そっちの方がマズいですって!」

「勇者とその相棒よ。余と刃を交わす非礼、特別に許す。まあ結局のところ、そなたが何を欲しているのかわからんのだが。余の命を望むならばかかってこい。言っておくが、余は結構強いぞ」


 再び、魔王があたしを見据える。そして、両腕を宙に突きだすような格好を取ると、呼応するかのように空気が歪んだ。

 そして目の前に広がった濃厚な『闇』から、魔王が何かを掴み一気に引き抜いた。


「な、何よあれ……」


 珍しく、メノウの声が恐怖で震えている。無理もない。いつの間にか魔王が手にした刃は、見る者全てに恐怖を植え付けるような代物だった。

 死神を思わせるような、巨大な大鎌。どんな闇よりも暗いそれは、刃の部分だけが血色。この世のものとは思えない程に凶悪で、凄まじく重そうに見える大鎌を魔王は軽々と構えて見せる。


「ひいい!? よりにもよって、『塵殺の大鎌』を出すだなんて!?」

「あー、駄目だー。陛下ってば、久しぶりの戦闘だから色々と大切なことをお忘れになってしまっているんだ。ミカンすら剥けないご自分の不器用さとか」

「き、緊急退避! 魔王城から全員避難! 早くしろ、死にたいのか!?」

「え、何々?」


 あたし達を仕留めるどころか、遂には我先にと逃げ出す兵士達。確かに、魔王本人の見た目からは想像出来ない程に禍々しい武器を出してきたが。

 果たして、主君を置いて逃げ出す程なのだろうか。それとも、魔界は人間界とは違って薄情者の集まりなのだろうか。それなら、とっとと魔王を倒してお持ち帰りしてしまおう。そんなことを暢気に考えていた。


 でも、あたしはすぐに思い知ることとなる。


「勇者よ。全力で余を楽しませよ。本気を出さなければ……殺してしまうかもしれぬぞ」


 そう言って、嗤う魔王。彼の言葉は虚勢でも何でもなく、あくまでも純粋な親切心で紡がれているようだ。


「ふ、ふん! そんなにデッカイ鎌なんてちゃんと使えるの? 鎌に振り回されてたりしたら、可愛すぎて萌えるだけなんだからっ」


 先手必勝! 言い終わらない内に、強く床を蹴って一気に距離を詰める。その特殊な形状から考えるに、大鎌の攻撃範囲よりも魔王に近付けば、彼の鎌は無用の長物になり果てる。


「よし、貰った――」

「動きは良い。だが、考えが甘い」


 美貌が間近に迫るも、そこまでだった。流麗にして、刹那の内に放たれた漆黒色の斬撃。いつ、彼が大鎌を振ったのか。一体何が起こったのか、あたしにはわからない。

 ただ、視界が一瞬で暗転したことと、立っていた床が深く抉れたことだけはわかった。


「……む、やり過ぎた。本当に殺してしまった。なぜだ、余は確かに手加減をしようと気をつけていた筈なのだが」


 ええー、勇者を倒した第一声がそれですか。あたしは胸中だけでツッコミを入れつつ、次の転生はイケメン執事を従える悪役令嬢が良いな、と神さまに強請ろうと決めた。

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