二話 せめて髪の毛一本でも服についてないか本気で探しました

 シェーラとメノウを押し退けるようにして、ダークエルフの青年が姿を現した。彼は確か、ユウギリという名前だっただろうか。


「もう、だめですよー? ユウギリ様、ここは具合の悪い人が休んでいる場所なんですから、静かにしてくださーい」

「シェーラ目当てにサボっている連中ばかりだろう? お前たち、動けるならさっさと仕事に戻りなさい!」


 ひえっ! ひどく間抜けな悲鳴と共に、他の寝台に潜っていた魔族達が慌てた様子で起き上がり、クモの子を散らすように病室から逃げて行く。おいおい、マジかよ。

 まあ、確かにこんな白衣の天使が居るのなら仮病も使いたくなるよね。わかるぅー、凄いわかるぅー。

 

「それで、シェーラ。このヘンタイの容態は――」

「ちょっと、ヘンタイ勇者はまだしもヘンタイはやめて! ていうかヘンタイじゃないし、ただの夢女子だし! ていうか、あんたは一体何者なのよ!」


 重役だからと言って、こんな狼藉は許されない。前世だったら炎上案件だ! あたしがそう喚くと、ユウギリがやれやれと肩をすぼめた。


「僕はユウギリ・ルーア・ユハナ。大臣職を担っている者だ」

「人間さん達の国とは違うかもしれないけど……ユウギリ様は陛下の幼馴染で、この魔界で二番目に偉い方なのよー?」


 ユウギリの言葉に、シェーラが付け足す。大臣と言えば、現代ではお偉い政治家さんのことを指すもので、この世界の人間界でも似たような役職だったが。

 魔界では魔王が絶対君主であり、魔王をサポートする大臣が一人。その下に二人の将軍達、と至って単純な組織体系になっているらしい。

 つまり魔王の次に偉い上に幼馴染だから、氷をぶつけるだなんて無礼も許されたわけだ。役得ってやつか。


「偉いとは言っても、人間であるお前たちには関係の無い話だろう?」

「あら、わかってるじゃない大臣さん」

「それで、勇者の容態はどうなんだ?」

「えっとー、ちょこっとだけ記憶喪失があるみたいですけどー。それ以外の障害は無いみたいです。念のため、数日の休息は必要かと思いますが」

「全く。あのまま放っておけば、こんなに面倒なことにはならなかったのに」


 ちっ、とこれ見よがしな舌打ち。助けられておいて何だが、大臣の気持ちもわかる。上司の身勝手で仕事を増やされるの、イラっとくるよねー。

 なんて、勝手に同情していたものの。ユウギリの言葉で、信じられない真実が発覚してしまった。


「陛下も物好きなことだ。放っておけば良かったのに、わざわざご自分が血で汚れるのも構わずに勇者を抱き起して蘇生魔法をかけるとは」

「……ん? 抱き起して?」

「それで、そのままお姫様抱っこでここに運んで来たんですよねー。お優しいですよねー、陛下」

「お姫様抱っこ? 今、お姫様抱っこって言った?」

「その後、無傷なワタシも気遣ってくれたし。本当に優しいわね、あの魔王さま。しかも、何か凄く良い匂いがしたし。柑橘系の爽やかな……シャンプーかしら? それとも香水?」

「そのイベント、もう一回再生したい!!」


 脇に避けていたシェーラの両手を取り、縋り付く。わあ、すべすべ。しかし、今はそんな素敵な感触ににやけている場合じゃない。


「わあ! ど、どうしたのオリガちゃん?」

「お願い、シェーラ! あたし、その記憶思い出したい! あの魔王にお姫様抱っこされた記憶思い出したい! 何とかして!! せめてイベントスチルだけでも見たい!」

「す、すちる? お薬と魔法で何とかなるかもしれないけど、ちょんぱされたことも思い出しちゃうよ?」

「良いよ! ちょっとくらいグロイの平気だから! 勇者だし、ゾンビと戯れるゲームとか得意だし」

「シェーラ、放っておきなさい。まだ本題にすら入っていないのだから」


 うーん、と可愛らしく小首を傾げるシェーラにユウギリがぴしゃりと言った。ちくしょう、人生にセーブとロードという概念が存在して欲しかった。

 こうなったら、どうにか自力で思い出してやる。頭を抱えて、牛のように唸る。そんなあたしに構わず、ユウギリが続ける。


「だが、何の障害も残っていないのは幸いだった」

「はいー。処置が早かったこともありますが、陛下だったからこそオリガちゃんも生き返れたんだと思います。真っ二つにされてからの蘇生だなんて、相当な難易度だった筈なのに」

「ああ、陛下は本当に凄い。少々浮き世離れしている上に緊張感に欠けているところがあるが、間違いなく名君となられるお方だ」


 うわ、なんか凄い会話が聞こえる。だが、今は思い出すことが最優先だ。他の情報になんか構っている暇はない。


「まあ、お優し過ぎるのも問題だ。陛下はあの後、もしも勇者に日常生活を送る上で何らかの障害が残った場合は責任を取る、とまで言っていたからな。今まで山の数程の女性を泣かしてきておいて、血迷ったことをと思ったが」


 ……何ですと?


「オリガは女の子である前に勇者だから、傷の一つや二つどころか、命を落とすことさえ覚悟の上。だから、責任を取るなんて言われた時は空いた口が塞がらなかったわ」


 ちらり、とメノウが目配せしてくる。責任、ってなんだ? もしかして、あれか。歩けなくなったりしちゃった場合は常時お姫様抱っこで運んでくれたり、手が動かなくなったりしたら食事と三時のおやつの度に「はい、あーん」とかしてくれちゃったりするのか。あの魔王が。


 あの、魔王が。身の回りの世話をしてくれるってことか。髪を梳かしてくれて、お風呂にも入れてくれて、添い寝もしてくれるのか。


 それって、もはや結婚じゃない?


「あー!! 痛い、いたたたたた! どうしよう、なんか急に腕が……いや、足が! 足が痛くなってきた! 痛いっていうか、なんかもう……感覚? 感覚が無い! 動かない! 動く気がしない、動かす気力も無い!! 神経が仕事しない! 身体中でストライキが起こってるー!!」


 もう記憶なんかどうでも良い。今はただ、魔王との幸せな結婚生活が送りたい! あの美形にぎゅーってされて、存分に甘やかされたい!

 その為なら、気合で足の一本くらい!


「……オリガちゃん、流石にそれはちょっと」

「あ、はい。すみません」


 ダメでした。白衣の天使の目は少しも笑っていませんでした。


「何にせよ、陛下は敵とはいえ暴力を振るったことを申し訳なく思っているそうだ。本来ならば、あれでも寸止めして、戦意を喪失させようとしたらしい」

「直撃の上、喪失しかけたのは命だったけれどね?」

「これだけは信じて欲しい。本当に手加減しようとしていらっしゃったのだ。しかし、陛下のお力は、ご自分でも制御が難しい程に強大なのだ。それに、何分久しぶりだったから」


 張り切ってしまわれたのだ。ユウギリが溜め息混じりに言う。なる程、張り切っていたのか。

 じゃあ、仕方がないな。


「というわけで。勇者と、その相棒に陛下から御伝言だ。お前達二人には一週間、この魔王城への滞在を許可する。客人としてもてなすので、体力の回復に努めるように……だ、そうだ」


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