三話 魔界は人間界よりずっとホワイトだった
※
「それにしても、人間界では、魔王は血も涙もない恐ろしい破壊者だって言い伝えられているのだけれど。あの魔王さまは、とてもそんな風には見えなかったわね」
「確かに、歴代の魔王は苛烈な性格の御方が多い。だが、陛下は見ての通りあんな感じだ。先程のように変に焚き付けなければ、ご自分から大鎌を構えるようなことはしない」
前を歩くユウギリが溜め息を吐いた。今は医務室を後にして、あたし達に用意したという客室へ案内して貰っているところだ。
ただ歩いているのも退屈で。メノウが世間話がてらユウギリに話かけてみたら、彼は意外にも色々なことを教えてくれた。
まず、魔王は代々『魔人』と呼ばれる種族が継いでいるということ。魔人は人間に近い姿であることに加えて、多くが美男美女である。
髪が長いのはお洒落や無精なのではなく、個人が持つ魔力の質や量を表す指標なのだ。特に今の魔王のように蒼のグラデーションを帯びた美しい銀髪は、長い歴史の中でも類を見ないらしい。
そして、人間界に伝わる話は間違いではないものの。少なくとも今の魔王は温厚な性格で、魔界の平和を保つことが第一であり、人間界を侵略するなんて考えはこれっぽっちもないそうだ。
そんな平和主義者ではあるが。彼自身のスペックは保有する魔力の膨大さと、卓越した戦闘センスから歴代最強の魔王と言っても過言ではないとのこと。
「……あたし、剣の腕だけは結構期待されてたんだけど」
確かに、相手が美形だという辺りで油断していたのかもしれない。だが、それでも一撃でやられてしまうとは。おお、情けない。
予定では大鎌を剣で弾き飛ばし、床に膝を着いた魔王の手を取って永久の愛を誓って貰う筈だったのに!
「ああ、お前の動きは素人の僕から見ても中々だった。将軍達と並ぶ実力だとは思うが、相手が悪かった。陛下は細く見えるが、あの『塵殺の大鎌』を羽のように軽々と振り回す程の馬鹿力の持ち主だ。かと言って、距離を取ればすかさず魔法で消し炭にされるだろうな」
「弱点無しってこと!? 何それチートじゃん!」
RPGだったら間違いなくラスボスポジションだろうが、いくらなんでもずるい! 性能オバケじゃん!
「普通にお話するだけなら、とっても気さくでお優しい方だからー。そんなに怖がらなくても大丈夫よー?」
ユウギリの隣を歩いていたシェーラが朗らかに笑った。丁度仕事が終わりの時間だったということで一緒に付いてきたのだ。
若干鼻につくあれこれは多々あるが、性格は優しいし。良い友達になれそうだ。
「それにしても、まさか勇者をもてなすことになるとは。陛下の命令だから一応は従うが、少しでも妙な真似をしたら追い出すからな」
「そんなことしないから安心して、大臣さん。魔王さまの怖さは、身をもって思い知ったから。ね? オリガ」
メノウが意地悪げに笑いながら、ウインクを一つ飛ばしてくる。ちなみにこの女、あたしがちょんぱされた後にすぐに銃を床に置いて降伏したらしい。本気で恨む。
「さ、着いたぞ」
とある部屋の前で、ユウギリが足を止めた。木目調に金飾りの、豪奢だが品のある扉。どうやら、ここがあたし達の客室らしい。
「女性二人だから、相部屋で良いだろう? 僕はこれから用があるので、あとはシェーラに任せるぞ。何か必要なものがあったり、困ったことがあったら彼女に言うように」
「はーい、任されましたー」
「滞在期間中は、基本的には自由にしていて構わない。だが、節度は持てよ」
「へぇ、本当に自由にしてて良いんだ」
普通に考えれば、牢屋に放り込まれたり処刑されたりしてもおかしくないというのに。魔王もそうだが、この城の魔族達もまた変わり者のようだ。
それにしても、好きにすれば良いとまで言われるとは。ならば、あたしがやることはたった一つだけ。
ビシッと右手を挙げる。
「はいはい! 魔王に夜這いすることは戦闘に入りますか!?」
「僕の話をちゃんと聞いていなかったのか!? よくそんな欲望を臆せず言えたな!」
「ふっ、あたしを誰だと思ってるのユウギリ。勇者ぞ、我、勇者ぞ?」
可愛い顔を目一杯にしかめるユウギリ。残念ながら、既に歩けるまでに回復してしまった為に責任を取って貰うという方法は使えなくなってしまった。
だが、怪我をさせたことにそこまでの負い目を感じてくれる男ならば。
「無理矢理にでも既成事実を作ってしまえば、あの魔王なら観念して結婚してくれる筈! ぶっちゃけ、そういう時って男に甘く愛を囁いて貰いながらゆっくり脚を開くものだと思ってたけど……あの魔王ならむしろこっちから押し倒して乗っかりたい」
「オリガ、毎度のことながら妄想がだだ漏れよ?」
「正直、あたしの血で魔王が汚れたって聞いてとても興奮した。だから、もっとあの魔王をこの手で汚したいです。あたしは光と闇、二つの属性を兼ね備えたオールマイティな夢女子として覚醒しました」
「これが勇者で人間界は大丈夫か?」
面倒な新人の教育担当を任されたサラリーマンのような顔をして、ユウギリが大きくため息を吐いた。
しかし、何を思ったのか顎に指を添えて考え始める。
「いや、待てよ……夜這いと言うからには、陛下のお命を狙うわけでは無いのだろう?」
「押忍! 欲しいのは命じゃなくて貞操です!」
「……なるほど。それならば良い、好きにしろ」
「ッしゃあ!!」
「あら、良いの大臣さん?」
意外だ、と言いたげにメノウがユウギリを見る。その顔には、先程までの暗い憂鬱さはなかった。
代わりにあるのは、悪戯を企む子供のような笑顔だった。
「良い。いつも余裕綽々な陛下が、困り果てるところを見てみたい。毎度、無理難題をふっかけられているのは僕なんだ。たまには逆の立場で高みの見物をして合法的にストレス発散したい! いや、させろ!」
「とんでもないな、この大臣」
「陛下を襲おうと画策している女勇者に言われたくないな……これでも、未だに良い相手が見つからない陛下を、僕なりに思っているつもりだ。ちなみに、陛下の寝室は最上階だ。健闘を祈るぞ、勇者」
素敵な情報を置いて、ユウギリは足早に立ち去って行った。何だ、気難しそうに見えていたが案外良いやつだった。
いや、性格はだいぶ歪んでいるけど。でも夜這いの許可をくれたし。
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