四話 お城は魔王の趣味を誠実に反映しています


「よし、じゃあ早速作戦会議だよメノウ。シェーラもお願い、巻き込まれて!」

「えっ、えっ?」

「あーあ、巻き込まれちゃったわねぇ」


 流石に廊下では話せない内容なので、シェーラの手を掴んで部屋へと引き摺り込む。気分は生娘を連れ込む悪者です。


「わー……凄い、上品なお部屋。侵入した時から思っていたけれど、このお城って凄く落ち着いた雰囲気があるわよね。人間界のお城とは違うわぁ」


 メノウが室内を見回して、素直な感嘆の声を上げる。確かに。人間界のお城はどこもかしこも絢爛豪華で、やたらキラキラしていた。

 加えて、何が楽しいのか歴代王族の自画像の数々が並んでいたり、昔の芸術家の名画やらご立派な彫刻やら壺やらがこれ見よがしに飾られていたが。

 この魔王城は、そう言った成金丸出しな芸術品があまり見当たらない。

 

「そうねー……お城は陛下のご趣味を受けて変わるから、きっとそういう派手なのがお好きじゃないのよ」

「でも、王が代わる度に机や棚まで揃え直すのって大変じゃない?」

「んー、どうなんだろう? それはお城に聞かないとわからないわねー」

「……城? 使用人じゃなくて?」

「え? お城やお家って、所有者の魔力に影響されて外装や内装が変わるじゃない? だからー、この魔王城も先代の魔王さまの時は凄く豪華で金ぴかだったのよー。床も壁もギラギラしていたの」


 シェーラの台詞に、思わずメノウと顔を見合わせる。彼女の話を纏めると、魔界に存在する多くの建物は所有者の魔力に影響を受けてその形を変化させるらしい。

 しかも所有者の魔力が高い場合は、建物内に損傷が発生した場合も自然に修復されてしまうのだそう。何それ便利!


「でも、お掃除は自分でしなきゃダメよー?」

「なんだ、残念」


 どうせなら、掃除もしてくれれば良いのに城のこんにゃろうめ。改めて室内を見回す。二人分のベッドに、ソファやテーブル。なんと、洗面所とバスルームまで付いている。

 それに結構広いから、身体が鈍らない程度の体操や筋トレくらいは出来そうだ。


「ふうん……このお城のセンスが良いのは魔王の趣味のお陰ってことか。うーん、知れば知る程に何という優良物件」

「オリガちゃんってば、怖いもの知らずよねー」

「だめ、妄想が止まらない。この妄想を現実にしたい。あの、えっと……えーっと、あれ?」


 ふと、思う。そういえば、とても重大なことを知らされていないような気がするのだが。


「ねえ、そういえば……あたし、魔王の名前って知らないんだけど」


 今までずっと魔王って呼んでいたから、気がつかなかった。


「あら、そう? ワタシは、さっきシェーラに教えて貰ったけど」

「陛下のお名前は――むぐっ!」

「待ってシェーラ、ネタばれ禁止!」


 何事か口走ろうとしたシェーラの口を、慌てて両手で塞ぐ。


「むぐぐ……ぷはっ! お、オリガちゃん?」

「だめ、だめよシェーラ! それは、本人から直接聞きたいの!」


 正直、物凄く気になって悶えてしまいそうだが。魔王の名前は、魔王自身から教えて貰いたい!

 それは何となく、譲れなかった。


「直接?」

「そう、あたしね……閃いちゃったの。魔王って呼び捨てにされるどころか、名前で呼ばれることなんて殆ど無いんじゃない?」

「うーん、確かに。陛下をお名前でお呼びするのって恐れ多いし」

「でしょ? でもね、あたしってば勇者だから。人間だからさ、そういう魔界の事情なんて関係ないの。つまり、魔王を堂々と呼び捨てに出来るのよ」


 これが人間界の国王に対しての発言だったならば、牢屋送りにされても文句は言えないが。ここは魔界。

 そして、あたしは勇者。魔王に敬意を払う必要もなければ、変にかしこまる必要も無いのだ。


「ふっふっふ、このシチュエーションは見慣れているわ。つまり、俺様系イケメンキャラを呼び捨てにして『この俺にたてつくとは、お前……面白いやつだな』ってなって逆に興味を持たれる展開よ」

「恋愛経験なんてゼロの筈なのに、どうしてこんなに自信満々なのかしらね」


 やれやれと、メノウが肩をすくめた。全てはゲームと漫画で培った知識である。ゲームであらゆる男性キャラと恋をしてきたんだから、間違いなんてある筈がないよね。


「よし、まずは魔王を捕まえて話をしなきゃ! シェーラ、魔王って今どこに居るか知ってる?」

「え? えーっと、お仕事は終わったって仰られていたから。お部屋にいらっしゃるか、お城の敷地内をお散歩していらっしゃるか……城内にいらっしゃるのは確かだと思うよー」


 そうは言うが、シェーラは自信がなさそうだ。とりあえず城内に居ることは確かなようだが。この城は人間界のどんな城よりも大きい為、場所がはっきり特定出来ないようでは偶然を装って会うことは難しい。

 部屋に居るのなら、出てくるまで待ち伏せでもしてみるか。しかし、流石に出会ったその日に夜這いはちょっと情熱的過ぎるかな。

 でも、名前すら知らない相手と一夜を過ごすのってなんかちょっと背徳的で滾るぜっ。


「ふふっ、でもまさか勇者さんが陛下争奪戦に参加するなんてねー。誰も予測出来なかったダークホースの登場ね!」

「え、争奪戦?」

「ライバルは各種族の王族や、貴族のお嬢様がほとんどだから頑張ってねー? オリガちゃん可愛いし、面白いから……わたし、応援するよー」

「あら、シェーラは争奪戦には参加しないの?」

「うん。わたしはこの魔王城で、医者のお仕事がしたいだけだから。恋愛はまだ良いかなって」


 ほほう、恋よりも仕事派か。なんて良い子なんだろう。彼女の応援があれば、魔王と結ばれることも夢ではない筈。

 ぜひとも恋のキューピットになってもらいたい! そんなことを考えていると、シェーラがぽんと軽く手を叩いた。


「そうだ二人とも、一緒にご飯でも食べに行かない? すっごく美味しいし、デザートとかお酒とかいくら頼んでもタダなんだー!」

「え、本当にタダ!? 気前良すぎじゃん」

「良いわねぇ、一息ついたらお腹が空いたわ」

「うん、じゃあ行こう。案内してあげるわー」


 よし、戦の前に腹ごしらえとよく言うし。タダ飯ほど美味しいものもないし。あたしはメノウと共にウキウキと、シェーラの後をついて食堂へと向かった。


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