二話 思い出したくなかったけど、思い出しちゃったものは仕方がない!

 さも不機嫌そうな表情で幽霊、魔王シキは姿を現した。


『それで、今日は何の用だ』

「な、何の用って……あんた、知らないの!? シュリが倒れたの! ただの風邪かと思ってたのに、薬も魔法も効かないの!」


 腕を組み、目を瞑って。なんだろう、今日のシキはいつもと様子が違うように見える。


『ほう……そうかそうか、それは大変だな』

「なっ、何よその他人事みたいな反応……! 倒れたのはシュリよ!? あんたの可愛い子孫!」

『ふうん』

「魔力も底を尽きそうだって……そうしたら、シュリは死んじゃう」

『そうだな』

「……って、何なのよその気のない反応は!?」


 がなり立てながら、シキに詰め寄り掴みかかった。だが、相手は実体が無い幽霊だ。

 あたしの手は、虚しく宙を切るだけだった。


「いつもなら聞いてもないのに、いらないことを言ってくるくせに! 無駄に自分の容姿に酔ってるナルシストのくせに! シュリが苦しんでるんだから、もう少しやる気出して――」

『俺様はあの時、ここで、言った筈だ。話は終わっていない、と』

「話は終わっていない……え、何のこと?」

『俺様がせっかく忠告してやろうと思ったのに、貴様はやれシュリの部屋に繋がる隠し通路を教えろだとか何とか言って……聞く耳を持たなかったではないか』


 あ、思い出した。そういえば、そうだった。メノウと、ユウギリと幽霊騒ぎを解決しようとしていたあの夜だ。

 確かに、シキは言っていた。『本題に入っていない』と。


『俺様は忠告してやろうと思っていたのに。俺様は生前、薬も魔法も効かない病に罹り瀕死の状態にまでなったことがある、と。もしかしたら、俺様やシュリのような銀の髪を持つ魔人は病に弱いのかもしれない、と』

「うぐぐ……」

『もっとも、俺様の経験上……それは魔力が極限まで低下した状況に追い込まれた場合のみに限ると考えられる。だから、シュリが魔力を使い続けるようなことは控えさせるように。あの夜、俺様は親切にも教えてやろうと思っていたのに。五百年も前の美しき魔王が直々に……それを貴様は今になって――』

「あーもー! ごめんなさい! 悪かったわよ!!」


 厭味ったらしい言葉を吐き続けるシキに、叫ぶ。くそう、こいつ……意外と根に持つタイプだ。

 本来ならば、聖剣で叩き斬ってやりたいくらいだが。シュリの命がかかっているのだ、今は我慢するしかない。


「あたしがあんたの話を聞かなかったのが悪かったです! ごめんなさいー! 許してくださいー!!」

『くく、ははは! そうだ。わかれば良い。茶番はここまでだ。シュリのことだが、残念ながら病自体に心当たりはない』


 しかし、とシキが続ける。


『……俺様は貴様ら人間を差別しているわけではない。だが、これから話す内容はどうしてもそういう内容になってしまう。それだけは、先に断っておく』

「え、どういう……こと?」

『あれは、貴様と同じ勇者と戦った後のことだった。俺様が戦った勇者……サルビアという女だったが、あいつも貴様と同じように数日、城に滞在していた。今の貴様と同じように、何が楽しいのか俺様の傍をちょろちょろしていたな』


 シキの話によると、当時……勇者サルビアとの決着はつかなかった。それに、シキが統治していた頃の魔界は今とは違って戦乱の時代であった。

 魔王である彼は、毎日のように戦場に立った。そして、魔力が尽きかけた時、彼は倒れた。


『魔界の薬や魔法はとても優秀だ。時には死さえも蘇らせることが出来る。それにより俺様は確信した。魔界の薬や魔法は、魔界に存在する怪我や病であれば、絶大の効果を発揮する。だが、そうではないものに対しては違う』

「そうでないもの?」

『そう。怪我や火傷は、魔界にも存在する。だが、魔界の外からやって来たもの……つまり、サルビアや貴様が持ち込んだ病は魔界には存在しない。だから、それに感染してしまったシュリには魔界の薬や魔法が効かない』

「なっ……何それ! 人を病原菌みたいに」


 言わないでよ。そう、叫ぶつもりだった。でも……ふと、思う。


 シュリの今の様子。どこかで、見た覚えはないだろうか。


「そういえば、インフルエンザに似てるかも。一昨日から魔界は気温が低かったし、今日もちょっと乾燥気味っていうか。こういう時に、インフルの患者さんって増えるんだよね……あれ、インフルエンザってなんだっけ。何で、こんなことを知ってるんだろう」


 ズキズキと痛むこめかみを押さえる。まるで空っぽの壺を水で満たすかのように、心に昔の記憶が蘇ってきた。

 闘病の末に亡くなった患者さんを見送った時の虚しさ、退院して行く時の笑顔。それは、この世界に来てからの記憶ではない。だとすると、これは一体……?

 あと少し。しかし、全てを思い出す前にシキが続きを切り出した。


『俺様が病に臥せった時、救ってくれたのはサルビアだった。気がついたら、サルビアが見慣れない薬を持ってきたのだ。それを飲んだら、数日で良くなった』

「ほうほう。それで、勇者サルビアはどうやってその薬を手に入れてきたの?」

『それは知らん』

「使えない! それでよくあんだけ高笑いしやがったわねっ」

『聞け。貴様は、サルビアによく似ている。本当に……そっくりだ』


 懐かしそうに目を細めるシキに、思わず息を呑んだ。こいつ、こんな優しい顔も出来るのか。

 それも、勇者の話で。


『勇者オリガ。貴様はどうしてシュリをシュリと呼ぶのだ?』

「え、何よいきなり。それは、シュリにあたしのことを意識して欲しくて」

『いや、違うな。貴様の立ち振る舞いは、ただの礼儀知らずなそれではない。貴様は、相手が魔王であろうが獣であろうが全ての命を平等に見ている。誰であろうと助けようとする。勇者は何故、そのような平等な目で世界を見られるのか。俺様には、死ぬまで出来ないことであった』

「シキ……」


 寂しそうな笑み。その表情が、シュリと重なる。傲慢な態度をとり続ける彼だが、生前は彼なりに苦悩することがあったのだろう。


「ありがとう、シキ。あんたって、結構良いヤツね」

『今更わかったのか、愚か者め。ふん、まあ良い。死者である俺様が助言出来るのは、ここまでだ。あとは……生きている者達に任せるぞ』


 そう言って、シキは姿を消した。姿を消しただけでそこにいるのか、それとも壁をすり抜けてどこかへ行ってしまったのか、あたしにはわからない。気に掛ける余裕も無い。


「こんなところに居たのか」

「あれ、リンドウ。どうしたの?」

「どうしたの、って……お前を探しに来たんだろ。いきなり飛び出しやがって」


 いつの間にか、リンドウが傍にやってきていた。彼も疲れているのだろう、凛とした表情の中にも隈が見える。

 うん、そうだ。彼らの為にも、絶対にシュリを助けないければ。もしここに居る人達だけでは救えないというのなら、使


「大丈夫、何でもない! シュリを助ける方法を見つける為に走り込んだだけよ」

「そ、そうか。その方法とやらは、走り込みで見つけられたのか?」

「ううん。でも、手掛かりはゲット出来た気がするわ。さ、戻るわよリンドウ」

「は? おい、待て」


 ずんずんと大股で歩き、謁見の間を出る。そんなあたしの後を、リンドウが慌てて追いかけてきた。

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