六章
ゲームみたいにリセット出来ないからこそ
一話 目を覚まさない最推し
「く、薬も魔法も効かないだなんて……どういうことだ、シェーラ!」
「わ、わかりませんー! あらゆる薬草や回復魔法を試してみたんですけど、どれも陛下に効かないんですー!!」
シュリが倒れた瞬間から、まるで嵐のように時間が過ぎていき。窓を見れば、早くも夜が明けようとしていた。最初は驚いたものの、戦いによる魔力の低下に併せて風邪が悪化しただけだと思っていた。
でも、そうではなかった。シェーラやユウギリが夜通しであらゆる薬や魔法を使うも、シュリの容態が回復することはなかった。むしろ、時間が経つにつれて酷くなっていっているよう。
「どうして……やはり、ただの風邪ではないのか?」
殺気立つユウギリが、シェーラに詰め寄る。最初は「だからいつも早く休むように言ったのに」とぶちぶち文句を垂れていたが、今ではすっかり血相を変えている。
そして、シェーラも。いつも笑顔を絶やさない天使が、半ベソで弱音を喚いている。
「はい……呪いや魔法の類ではないことだけは確かです。でも、陛下の御身を侵している病魔の正体がわからないんですー!」
「わからないんですー、じゃない! とにかく、一刻も早く手を打たなければ……このままでは、本当にまずいぞ……」
髪を掻き乱しながら、ユウギリが喚く。いつもならば、そんな大臣を魔王であるシュリが欠伸混じりに落ち着けと諌めるだろうに。シュリは自分の部屋で忙しなく歩き回るユウギリを止めなかった。……止められなかった。
目を伏せたままのシュリを見下ろして、あたしは暗鬱とした気分を押し出すように嘆息する。天蓋付きの大きくて豪華なベッドで眠るシュリは、どんな童話の姫君よりも儚く美しい。
けれど、その表情は苦しそうに歪んでいる。
「ね、ねえシェーラ……シュリ、大丈夫……だよね?」
思わず、そう聞いてしまう。大丈夫、少し風邪が酷くなってしまっただけだ。自分にずっと言い聞かせて来たけれど。
もう、限界だった。
「そ、それは……」
「魔人の魔力が無くなることは、死に直結するというのは以前話したな? 今の陛下は、魔力が枯渇しかけている。シェーラの処置のお陰で、魔力の補充だけは出来ている。だが、それも一時的なものだ。このままでは最悪の場合、陛下は……」
答えられないシェーラに代わって、リンドウが暗い顔で言った。聞いた瞬間、あたしは全身に氷水を浴びたかのような感覚を覚えた。
鼓動が速くなり、手足が冷たくなるのがわかる。
「そんな……シュリ……」
「オリガ、大丈夫?」
メノウの手が肩に触れて、そのまま近くにあった椅子に座るよう促される。どうして、こんなことに。
「ユウギリ、シェーラ。陛下のお加減はどうだ?」
「ああ、アルバート将軍。いえ、まだ回復の兆しは見られません。城の皆はどうですか?」
「うむ、最初は皆混乱していたが……ようやく落ち着いたところだ」
「はい、ありがとうございます」
「ふうむ、それにしても困ったのう」
見回りに出ていたアルバート――昨夜はずっと月の石をガリガリ噛んでいたが、新月の一日が終わったからかもう石を噛んではいない――がシュリの部屋に戻って来た。どうやら、城内の混乱は落ち着いたらしい。
「それにしても、薬も魔法も効かぬか……ううむ、そんなところまでシキ様と似てしまうだなんて。どこまでも因果なものじゃのう」
流石の年長者も今回はお手上げなのか。アルバートが表情に影を落とし、重々しくため息を吐いた。正直に言って、医学の専門家であるシェーラに何も出来ないという状況は絶望以外の何でも無かった。
あたしだって、一般的な怪我の手当てや薬草の知識しかない。どんなに記憶を探っても、考えても、活路を見出せる自信が無かった。
でも、このままではシュリが死んでしまう。落ち着け、焦るな。どこかに、どんなに苦しい状況でも必ずどこかに突破口がある筈。
……ちょっと待て。
「ね、ねえオッサン! 今、何て言った!?」
「オッサン!? ええっと……因果なものじゃ、と」
「そこじゃなくて、もっと前! さっきのセリフの、真ん中くらいをもう一回!」
「ちょ、ちょっとオリガ。どうしたのよ」
座っていた椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がって、呆けるアルバートに詰め寄る。慌てて駆け寄って来るメノウには目もくれずに、シュリよりも更に高い位置にある顔を見上げる。
ううむ、とアルバートが唸りながら復唱する。
「真ん中……そんなところまでシキ様と似てしまう、か?」
「そう、それ! あの幽霊……じゃなくて、シキも今のシュリと同じように倒れたことがあるの!?」
「記録によると、ではあるが。シキ様もまた、あらゆる薬や魔法が効かない病に罹ったことがあるそうじゃ。丁度、勇者と出会われた頃と同時期であったようじゃが……残念ながら、その辺りの資料は何故かあまり残っておらん」
「まさか、シキが死んだのはその病が原因ってこと?」
「いや、そうではない。シキ様は当時、確かに瀕死の状態まで衰弱されたようじゃが、何らかの方法で完治されたらしい。まあ、そうでないとその後のご活躍やご子息のご誕生とも矛盾が生じてしまうしな――って、どこへ行く!?」
アルバートの言葉を最後まで聞かずに、あたしはシュリの部屋を飛び出した。やっと希望が見つかった。否、もしかしたら希望ではないかもしれない。見当外れかもしれない。でも、今はこれに賭けるしかない。
若干、否……非常に癪だが……手段を選んでいる余裕はない。あたしは誰も居ない玉座の間へ駆け込むと、静寂に満ちた空間に向かって叫んだ。
「シキ! 出てきなさいよ、居るんでしょ!?」
『……貴様は本当に口の利き方を知らないな、勇者の小娘』
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