五話 ピンチはチャンス!


「おんどりゃー!!」


 目の前に降り立ったドラゴンを一撃で斬り伏せ、その身体を踏み付け更に高く跳躍する。前世では剣なんて握って来なかったし、勇者になってからも可能な限りで不殺を心掛けてきた。しかし、今回ばかりはそうは言っていられなかった。

 生死が背中合わせとなった、苛烈な戦場。手加減する余裕はないし、加減したところで怯むような相手ではない。それでも、敵であったとしても命を奪うことは心が痛む。

 ……痛むけど、腹を括ったのだ。


「ドラゴンのお肉は滋養強壮と、美肌効果に優れた高級な食べ物ですってよおおおぉ!!」


 シェーラからそう聞いた瞬間、迷いは一欠片も残さずに消え去った。ドラゴンの肉は高級品で、栄養価が高いとのこと。

 自分で食べるのもありだが……これをだな、シュリに食べさせてみるとどんなことが起こるだろうか。滋養強壮って、精力剤の従兄弟みたいなものでしょ? いや、変なことは考えてないよ。風邪引きっぽい最推しを気遣ってるだけだもん。

 ちなみに、鱗や牙は装飾品などに重宝されるらしい。多くの命は無駄にならず、経済を回すのだ。


「凄い……、勇者さん強いです!」

「カッコイイですオリガさーん!!」


 そんなあたしの野望には気が付かずに――もはや見て見ぬフリをしてくれているだけかもしれないが――賞賛の声を浴びせてくる兵士達。それだけでも、モチベーションは爆上げである。

 ドラゴン達は確かに強い。デカい図体の割に、翼があるからか動きは素早い上に空を自在に飛ぶ。吐き出される火炎を避けながら戦うのは、なかなかに難しいけれども。


「噛むな、引っ掻くなバカ! くそう、小癪な奴らめ。凍ってしまえ!!」


 全く期待していなかったが、ユウギリが意外と頼りになる。魔石――一見宝石のようだが、魔力を秘めた石を魔石と言うのだそう――が飾られた杖を振り回し、敵を氷漬けにしたり吹雪で飛んでいるドラゴン達を撃墜させたりしている。

 正直、リンドウよりも攻撃的なのではないだろうか。


「はあー、恐かった。死ぬかと思った」

「どの口が言ってんだ」

「しかし、凄いではないか勇者。陛下相手には惨敗だったから心配していたが、圧倒的ではないか。見てみろ、敵もお前に戦意喪失してきたのではないか?」


 近くに来たユウギリが、空を杖で指しながら言った。確かに、敵勢の攻撃が弱まってきた。

 心なしか、数も減ってきたように思える。


「ん……? 勇者よ、あのドラゴンが見えるか? 深い赤色の個体だ」

「深い赤色……?」


 あたしも空を見上げる。多くのドラゴンは、こげ茶や灰色のものが多いが。そのドラゴンだけは様子が違っていた。

 他のドラゴンよりも一回り以上も身体が大きく、色は深い夕日のような赤。額にはサイのような角に、背中には棘。見るからに、いかつくて強そうだ。


「恐らく、あのドラゴンがこの群れの長だ。先程、我々に宣戦布告してきた個体だろう。良い感じに数も減ってきた。あれを仕留めれば恐らく、群れという形態を保てなくなる」

「ほっほーう? つまりはボスってわけね。っていうことは、栄養価もボスって感じなのかな」

「ちょっと何を言っているのかわからない」

「あれ、でもあのボスドラゴン……一体どこを見て……」


 ボスドラゴンが積極的に攻撃を仕掛けている様子はない。それよりも、じっと周りを見つめて辺りを観察しているように見える。

 まるで、何かを待っているかのような……。その視線を辿るユウギリが、焦りを露にして叫んだ。


「っ、まずい!」

「え、どうしたの?」

「陛下の魔力が、凄まじい勢いで減少している。おかしい、この程度の戦いで陛下がここまで消耗する筈が……あ、ああ! 僕としたことが、失念していた!!」

「ど、どういうこと?」

「この魔王城は、陛下の魔力で形を保っていると聞いただろう? 昨日の嵐のせいで、陛下の魔力は既に通常よりも低下していた。これ以上魔力を失えば、陛下は――」

「何それピンチじゃん! 見て、ボスドラゴンが!!」


 今までその場で羽ばたいていた赤いドラゴンが、おもむろに体勢を変えて移動を開始した。

 あたし達の方を、まるで嘲笑うかのように一瞥して。


「くっ……あの長は、陛下が疲弊するのを待っていたのか! 我々も、陛下を失ったら終わりだからな」

「ど、どうしよう!? どうするユウギリ!」

「リンドウ達を応援に向かわせるわけにもいかない。今、攻撃の手を緩めればヤツらは総攻撃を仕掛けてくるだろう。仕方がない……勇者、陛下の元に行ってくれ! お前が行くのが一番早い」

「え、でも」


 確かに、距離や動きやすさを考えるとあたしが一番シュリに近い。でも、ユウギリはもちろん兵達もかなり消耗している。

 あたしが居なくなったら、それこそ彼らがドラゴン達の餌食になる。それこそ、シュリの望むことではないのに。


「こっちは気にしなくて良い。最後まで持ちこたえて見せ……うわっ!」

「ユウギリ!?」


 しまった、隙を突かれた! ボス程ではないが、身体の大きな数体のドラゴン達が襲い掛かかる。ユウギリが杖を振るが、完全に遅れた。

 鋭い爪が、ユウギリを目掛けて振り下ろされる。でも、彼の身体が抉られることはなかった。


『目を瞑れ』

「え?」


 恐ろしい程の光の爆発。分厚い鱗を貫き、一瞬で絶命させた稲妻。辺りの血生臭さに混じって、独特の焦げ臭さが広まる。

 咄嗟に目を瞑ったが、強烈な光量に視界が靄がかったようにさえ感じる。メノウの銃よりも鋭い爆音で、耳も痛い。


「こ、この雷はまさか」

『ふん、竜災害か。大して面白くもないが、暇潰しにはなりそうだ』

「ぎゃー!! ししし、シキさま!?」


 腰を抜かしたユウギリの隣でふわふわ浮いている、古の名君。周りの兵士達の中にも、ぎょっと目を見張っている者がちらほら居る。

 見える人と見えない人、「目が、目がー!」とそれどころじゃない人と一気にカオスになってきた。


『さっさと行け、小娘。俺様が直々に雑魚の相手をしておいてやる』

「で、でもシキ……あんた、そんなに魔力を使ったらマズいんじゃ」

『確かに、俺様は魔力で形を保っている幽体だが。案ずるな、今はこのダークエルフの魔力を吸っている。俺様自身の魔力を使う程の相手ではない』

「え、吸われてる!?」

「わ、わかった。任せたよ!」


 シキとユウギリを信じて、あたしはシュリの元に駆ける。剣に纏わりつく血を振り払い、何人もの兵士の合間を縫いながら。

 ドラゴンの死骸が、あたし達の陣地よりも多い。獣らしく無差別の襲撃かと思っていたが、相手は空の覇者。


 相手方も、自分達と考えることは同じだったのだ。


「この……邪魔なのよ!!」


 立ちはだかるドラゴンを仕留めて、走る。シュリ、居た! やはりボスドラゴンの狙いは魔王だったのだ。

 銀色の長髪を靡かせ、巨大な漆黒の鎌を振って。周りを彩る、花弁のように散る鮮血。彼の戦いはまるで演舞のように美しく、優雅であるが。

 その美貌は、苦悶に歪んでいる。大きな怪我はしていないようだが、やはり魔力を消耗しているせいだろう。


「シュリ!」

「ッ、オリガ!?」

「歴代最強の魔王らしくないじゃない! この程度のドラゴンに力負けするなんてさぁ? 今のあんたも、色っぽくてウハウハするけどねぇ!!」


 シュリの背後に降りたドラゴンを切り倒し、隣に立つ。汗ばんだ肌に、息を乱すイケメンなんて観察し倒したいところだけど!


「そんなにキツイのなら、このまま下がっちゃってて良いのよ? 勇者のあたしがあのボスドラゴンを仕留めてあげる。そしたら、あたしがあんたより強いってっことになるよね? 勝ったってことよね? ね? ね?」

「ふむ……さては、余はそなたに煽られておるのだな」


 大鎌を構え直して、シュリが笑う。それを見て、あたしも剣を構える。正直なところ、剣を握る手に力が入らなくなってきている。

 でも、ここで引くわけにはいかない。残念だがシュリを庇う余裕も無いし、護ってやるつもりもない。それはどうやら、彼も同じらしい。

 ……ならば、自分達が取るべき行動は一つだけ。


「この大鎌は、誰かと共に戦うことを想定して作られていない。だから……巻き込まれても、文句は言わないように」

「あんたこそ、トドメをあたしに取られても愚痴ったりしないでよね!」

「ふふっ、勇ましいな。それでは……頼りにしているぞ、勇者オリガ」

「上等! 行くよ、魔王シュリ!!」


 ――愚かな。今代は魔王だけではなく、勇者までもが能無しであったとは。良かろう、纏めて葬り世界は我らが預かろう――


 満を持して、地に降り立つドラゴンの長。鼓膜を突き破らんばかりの咆哮を合図に、二人が同時に地面を蹴り前へと駆け出す。

 魔王と勇者の共闘作戦。なんて萌える……否、燃えるシチュエーション。事前打ち合わせなんて必要ない!

 

「オリガ、そのまま進め!」

「オッケー!!」


 ボスドラゴンが四肢を踏ん張り、巨大な口を開いた。唾液に濡れて光る鋭い牙も恐ろしいが、それよりも口中で燻る火炎に戦慄する。

 でも、たとえ炎が吐き出されようとも。あたしは足を止めたりしない。


「――ガラ空きだな」


 シュリの大鎌から放たれる闇色の一撃が、ボスドラゴンの炎を打ち消す。そこに出来た道を躊躇なく駆け抜け、あたしは思い切り巨体を斬り付けた。ぎゃっ、と布を裂くような悲鳴。

 だが、まだ決定打には届かない。他のやつよりも、鱗が堅いのだ! 再度剣を振り上げるものの、ボスドラゴンが長く鞭のような尾であたしを振り払った。

 直撃はしなかったものの、あまりの衝撃に吹き飛ばされてしまう。


「うわわっ!!」

「大丈夫か!?」


 身体をシュリが受け止める。柑橘系の非常に良い匂いがしたけれど、萌えてる場合では無い。ボスドラゴンは巨大な翼を広げると、地面を叩き付けるかのように大きく羽ばたき地上を離れようとする。

 しまった、空へ逃げられたら手の打ちようがない。


「こらー! 逃げるな卑怯者ー!! シュリ、あんたって魔法も得意なんでしょ? 出来るだけ魔力を使わずに空を飛んで、あいつを追いかける方法は無いの!?」

「なんだか妙にややこしい注文だが……一つだけ、方法がある。オリガ、そなたに協力して欲しい」

 

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