六話 勇者は度胸、魔王は愛嬌!

 言って、シュリが離れる。何も説明しないまま十歩分程距離を取ると、振り返って漆黒の大鎌をあたしに向けた。

 意味ありげに大鎌を振りつつ、次に空を見上げる。あー、なるほど。それだけで言いたいことはわかった。

 ……わかったけどさ。


「えーっと……本気?」

「余の方が腕力が高く、そなたの方が軽いだろう? 当然の役割分担である」

「縦にちょんぱされたら立ち直れそうにないんだけど!」

「一夜を共にしたというのに、余が信じられぬのか?」


 にやりと、挑発的な笑み。くそう、美形はこれだから性質が悪い! ていうか、話疲れて寝落ちとか小学生の修学旅行みたいな一夜でしたけどねっ。

 って、このまま迷っていてはボスドラゴンがどんどん高く飛んで行ってしまう。仕方ない!


「勇者は度胸!! 魔王は愛嬌ってかああぁ!?」


 恐怖を叫びで打ち消しながら走る。その勢いのままシュリに抱きつきたいところだが、必死に欲望を押さえ付けて。

 シュリの大鎌に、足をかけた。


「よし、行くぞ。今度こそ仕留めて来い、オリガ」


 そのタイミングを見計らって、シュリが囁く。そして、そのまま片足を軸に大鎌を振り上げる。攻撃の為ではない。


「ていうか、この方法って全然魔力使ってないよねええぇええ!?」


 もしかして、シュリにとって一番ラクな方法取られた!? 渾身の力で飛ばされ――否、投げられて、の方が近いと思う――魔王城よりも高く上がる。

 あたし自身も驚いたけれども。もっと驚いたのは、ボスドラゴンのようで。


 ――な、何だと!?――


「待てこらああああ!!」


 空中で剣を構え、逃げかけていたボスドラゴンに向かって叫ぶ。もう逃がすものか。


「これで、終わりよっ!!」


 赤い巨体に向かって、刃を突き立てる。辺りに響く断末魔。


 ――馬鹿な……こんな、ふざけたヤツらなんかに……――


 その言葉を最後に、竜は心臓を深く貫かれてそのまま絶命した。終わった。ごめんね、後で美味しく頂くから。そう弔ってから、剣を抜こうとした。

 ……でも、


「あ、あれ?」


 空中にいるせいで、足を踏ん張れないからだろう。上手く力が入らない。柄の部分を引っ張るも、返り血と汗で滑ってしまう。しかも、着地どころか受け身を取る猶予すら無くて。

 運が良ければ、竜の屍の上に落ちるだろうが。そうでなければ、地面に激突してしまう――


「オリガ!!」

「え……?」


 切羽詰まった声で、名前を呼ばれて。覚悟した衝撃は、いつまでも襲って来なかった。あったのは、力強い両腕に抱き留められた夢のような感覚だけ。

 一瞬遅れて、大鎌が地面に跳ねる派手な音が辺りに響いた。


「大事ないか、オリガ!?」

「ああ、まさかのタイミングでお姫様抱っこ……ご馳走様です、結婚して」

「大丈夫のようだな、よしよし」


 堪能する間もなく、シュリはあたしを下ろした。くそう、もう少し髪とか胸元とかくんかくんかしたかったのに。

 まあ、でも良いか。ボスは倒したのだ、これで戦いも終わる……と、思っていたんだけども?

 なんか、様子がおかしい。


「え、な……何で? 何で、皆こっちを見てるの?」

「どうやら、長を殺されたことで相当怒り狂っているらしい」


 未だ行き残っている、数十頭の若いドラゴン。そのどれもが、あたし達を睨み付けている。血に飢えた獣が思うことは長を殺されたことの復讐か、それとも新たにボスの座を手に入れる為の欲望か。ちょっと誰よ、ボスを倒したら終わりって言ったの!

 何にせよ、これはまずい! あたし剣は、遠くで事切れた屍に突き刺さったまま。シュリの大鎌も手の届かない場所に転がっている。

 周りの兵士達とも距離がある。ユウギリとシキは近くに居ない。メノウとリンドウも。逃げ場もなく、絶体絶命の状況で更に追い打ちをかけるかのように。


 ――一頭のドラゴンが、凄まじい勢いで降下してきた。


「オリガ、下がれ!」

「えっ――」


 シュリがあたし腕を乱暴に引く。あまりにも強い力だったので、あたしはそのまま無様に尻餅をつくしかなかった。勇者らしくない醜態だ。だが仕方がない。だって、信じられなかったのだ。一体誰が予測出来たというのか。

 魔王シュリが、勇者オリガを庇うなんて――


「シュリ!?」


 恐ろしい可能性が、脳裏を過る。もしも、シュリが傷付いてしまったら。自分のせいで、彼が怪我を……命を落としてしまったら。


 あたしは、自分を絶対に許せない。


「シュリ――」


 痛む身体を叱咤し、立ち上がる。彼を護る、ただそれだけを考えて駆け出す。でも、そこまでだった。

 あたしの手は、間に合わなかった。


 あたしよりも先に、眩いくらいに白い何かが飛び込んできたから。


「ガウ!」

「へ?」


 凄まじい勢いで、シュリの眼前に迫るドラゴンを突き飛ばす純白の毛玉。前足には見覚えのあるハンカチを巻いて、琥珀色の双眸でこちらを見つめてくる。

 ゆらゆらと尻尾を大きく揺らす、一頭の狼。間違いない、あたしとメノウが中庭で手当をしたあの狼だ。

 ハンカチを巻いたままの前足はそのままだが、特に舐めたり気に掛ける仕草は見られない。良かった、薬がちゃんと効いたようだ。


「アル!?」

「ガウー!」

「…………へ?」


 ジルの声に、狼が応えるように吠える。あれ? 今、アルって呼んだ? 何だ、やっぱり名前は『シロちゃん』ではなかったようだ。当たり前だが。

 ……それよりも、聞き覚えのある名前のような。確か、割と最近シュリが『アル』と呼んでいたのを聞いた気がする。

 うーん、どこだったっけ? 思い出せないな……いや、思いだしたくないと言った方が良いか。物凄く嫌な予感が、背中をぞわぞわと撫でる。


「アル、どうしたその姿は……あー。そうか、今日は新月か」

「クゥーン、クゥーン」

「ね、ねえシュリ」

「余としたことが、すっかり失念していた……ええっと、『月の石』は持っていただろうか。ん? どうした、オリガ」

「あの、その狼のことなんだけど……もしかして、将軍――」

「ああ、あった……ッ、二人とも!」


 避けろ! シュリの声に、あたしと狼が同時に動いた。何も捕らえられなかった牙を、苛立たしいといわんばかりに食いしばるドラゴン。先程、狼の一撃を喰らっていた筈だが、どうやら一時的に気を失っていただけのようだ。

 くそう、諦めが悪いな!


「すまない、アル。今はこの一つしかない」

「ガウガウ!」

「一時間もてば良いだろう。頼んだぞ!」


 会話らしきものをして、シュリが少し離れた場所に降りた狼に向かって何かを放る。一瞬しか見えなかったが、掌大くらいの白い石のようだったが。綺麗な弧を描いた石を、狼が口で器用に受け取るようにして咥える。

 そして、そのまま狼がガリガリと噛み砕いてしまった。え、今あの狼石食べた? 狼って石食べるんだっけ。食べないよね?


「ちょ、何やってんのシュリ!? 狼に石なんて食べさせちゃ――」

「一時間? それだけの時間を頂けるのならば、この不躾な竜共を全滅させて見せましょう」


 陛下。静かな、それでいて息も出来なくなるような迫力がある声色。魔界には不思議なことが溢れているが、あたしが目の当たりにした光景はその中でも五本の指に入る程のものであった。

 純白の狼は一瞬で姿を消して。代わりに現れたのは、一人の見慣れない男であった。初老を迎えた年齢であろうことは窺えるが、重厚な鎧を纏う体躯はシュリをも上回る程に高く逞しい。

 浅黒い肌に映える豊かな白髪はくはつは老いによるものではなく、恐らくは生まれつきのものだろう。ぎらつく双眸は琥珀色。シュリが大鎌を持つ時のように、男が両腕を前に伸ばし十文字の槍を構えた。

 静穏でありながらも、禍禍しい程に冷たい輝きを宿す刃。え、誰? いつからそこに居た? 訝しみながら眺めていると、男がこちらを見た。

 ううむ、年は食ってしまっているが……彫りが深くて恰好良いオッサンだ。イケおじだ。

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