四話 誰かが手を引いてくれていた
魔王城の地下に隠された、世界と世界を繋ぐ場所。目の前にある禁域の門は、想像していたものの十倍は不気味な代物だった。
「これが、禁域への扉? どの辺が、扉?」
「僕も見るのは今日が初めてだ。確かに、扉というよりは割れ目だな」
あたしの感想にユウギリも頷く。扉というからにはこう、荘厳なものかと思っていたが。目の前に現れたそれは、全く様子が違っていた。
どう贔屓目に見ても、扉とは言えない。空中にひび割れのような亀裂が生じているだけ。亀裂の大きさはそれほど大きくなく、あたしでも屈まないと入れないだろう。
隙間から見える景色は空間が歪み、不気味な程にぐにゃぐにゃしている。
「これって、ただここに飛び込めば良いだけなの?」
「ああ。資料によると、闇雲に進んでいたら目的の世界に辿り着いていたらしい」
「闇雲か、なんかふわっとしてるなぁ」
「……本当に、行く気なのか?」
ユウギリが困惑顔で聞いてくる。もう、せっかく勇気とか根性とか色々と振り絞って決心したのに!
……でも、確かに今なら止められる。
「あ、当たり前じゃない! あんたねぇ、こういう時は止めるんじゃなくて背中を押しなさいよ! 大臣ってそういうものでしょ!?」
「なぜお前の中で、大臣に対してそういう印象があるのかわからんが……陛下はお前を気に入っていた。人間だったとしても、お前が居なくなったら陛下はとても悲しむだろう。それでも」
行くのか? ユウギリの問い掛けに、決意が僅かに揺らぐ。そっかぁ、友好的に接してくれるとは思っていたが、ユウギリからでもそう見えていたのか。
だからこそ、止めるわけにはいかない。
「当たり前よ。もう、何度も言わせないで! あたしは絶対に戻ってくるから。で、シュリにプロポーズして貰うの。最推しからのプロポーズイベント、夢女子がもっともテンション爆上げになる真骨頂じゃない!」
「ぷっ、あはは! そうか、お前は凄いな。どんなことがあってもブレない、こんなヤツは魔族にも早々居ないぞ」
「オリガ!」
吹き出して笑うユウギリ。そして、メノウ達が皆部屋に駆け込んで来た。
いや、違う。見送りに来てくれたのはメノウ達だけではなかった。
「ゆ、勇者さん! 必ず、無事に帰ってきてくださいね!」
「今更ですが、オリガさんの剣技に惚れました。帰ってきたら、稽古をつけてください!」
「あなたの帰りを、皆で待っていますから!!」
まるで雪崩のように、次々に飛び込んでくる魔族達。昨日、あたしに手伝いを頼んできたメイドや、一緒に戦った兵士達。皆、もう仲間だ。
「……うん、ありがとう。あたし、絶対に帰ってくる。この世界に来られて良かった!」
――そう言い残して、あたしは歪みの中へと足を踏み入れた。
※
禁域へ入った瞬間、視界どころか足元までぐにゃりと歪んだ。粘土の上を歩いているかのような、そもそも歩けているのかすら怪しい。
景色は極彩色にも、白黒にも見える。どこへ向かえば良いかわからない。案内板どころか、目印が何もない。道をどころか、石一つ落ちていない。
「な、何よこれ!?」
想像していた以上に、禁域は混沌としていた。これが、世界と世界を繋ぐ狭間なのだろうか。何もないように見えて、何でもあるのではないかと思わされる空間だ。
でも、とてつもなく気持ちが悪い。
「い、一旦戻ろうかな……って、あれ。あたし、どこから来たんだっけ」
マズい。完全に迷った。どこから来たのか、どこへ行けば良いのか。わからない、わからなくなってしまった。
「だ、だれか……誰かー!!」
呼びかけてみるも、答える人なんて誰も居ない。ユウギリの言った通りだった。戻れなくなってしまった。
このまま、出られなくなってしまったら。そう、気弱に考えてしまった時だった。
――こっちだよ――
「え?」
誰かの声が聞こえてくる。女性の……あたしと同い年くらいの女の子だろうか。ふと、誰かに背中を押される。
……いや、違う。
「あ、あたしの剣が」
ずっと腰に提げていた、勇者だけが扱えるという聖剣。恐る恐る柄を握り、剣を抜く。今までは銀色だった刃が、ほんのり青白く光っているではないか。
あれ、あたしの剣……こんな感じじゃなかったような。
『こっちだよ!』
「だ、だれ?」
先ほどよりも、はっきりと聞こえる少女の声。あたしを呼ぶ声を辿って、あたしは進む。どこに進んでいるのか、よくわからないが。
次第に、足元の感覚が確かなものになってきて。景色は、景色でしかなくなって。
目の前が、とても眩しい光に溢れていく。まるで日の出みたい、とあたしはぼんやり考えた。
『このまま、真っ直ぐだよ。寄り道しちゃ駄目だからね。帰り道もあるんだから、聖剣だけは失くさないように。勇者の剣は、自分の道を切り開く為にあるんだから』
「あの……あなたは?」
『シキにばっかり活躍されたらシャクじゃない? でも、アタシが手助けをしたことは秘密だよ。頑張って』
声が、聞こえなくなってしまう。でも、もう大丈夫。心細さは無くなった。あたしはただ、前に進めば良い。
そうして、ついに。あたしは禁域を抜けた――
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