終章

ここから始まるのよ!

一話 夢女子が勇者に転生すると、こうなります

「え、えええ!? そそ、それ本当!? ガチで?」

「うむ、ガチだぞ」

「おいオリガ、陛下におかしな言葉を教えるな」


 シュリが目を覚ましてから、一週間が経った。慧ちゃんから貰った薬と、シェーラのスペシャルドリンク。そしてたっぷりの休養ですっかり元気になったシュリは今、玉座に腰を下ろしてあたしとメノウを見下ろしていた。


「そなた達には色々と世話になってしまったからな。相応の報酬を、と思っていたが。金銭だけでは物足りぬと思ってな。よって、そなた達が望む願いを叶えてやることにした。一人につき一つずつ、何でも良いぞ」

「ほ、本当に何でも良いの?」

「うむ。余に出来ることなら何でも良いぞ」

「本当に良いんですか、陛下? 確かに二人にはかなり助けられましたけど、何もそこまでしなくても……」


 あたし達を横目に見ながら、シュリの脇に立つユウギリが言った。もっともらしいことを言うんじゃない!


「あのヘンタイのことですから。きっと、『まずは叶えてくれる数を千個にして!』とか言って、陛下にヘンタイ的な要求を延々にしてくるに決まってます」

「ほう?」

「やめろ! 乙女の心を読むな!」

「否定はしないのね、オリガ」

「それはそれで愉快そうだが……それでは、制限を付けさせて貰おう。聞いてやれる願いは一人一つだけ、それ以上は認めない。それから、一度決めたものは変更不可だ」


 にやにやとシュリが笑う。くそう、ユウギリめ。余計なことを。だが、魔王が願い事を一つ聞いてくれると言っただけでも、ご褒美としては破格である。


「うふふ、これはオリガちゃんの勝負どころかしらー?」

「ふん、あまり陛下を困らせるなよ」

「くくっ、これは見物じゃのう」


 シェーラとリンドウ、アルバートが高みの見物を決め込んでいる。うぐぅ、そうやって見られると結構プレッシャーなんだけど。

 まあ、良い。この際何でも良い。


「えっと、ちょっと作戦会議して良い?」

「それがそなたの望みか?」

「きいいいいぃ! 違う! そんな化石みたいなボケを放ったつもりはない!!」

「ふふっ。冗談だ、気が済むまで話し合うが良い」


 口角を上げるシュリに威嚇しつつ、隣に立つメノウの服を引っ張りつつ彼らに背を向けた。

 こそこそと、出来るだけ声をひそめる。


「ど、どうしようメノウ。この展開は予想してなかったんだけど!」

「そうねぇ、とんでもなく太っ腹だわ。でも、魔王さまは一人一つずつって言ってるし。お互い好きなようにおねだりすれば良いんじゃない?」


 頬に手を添えて、メノウが猫のように微笑を浮かべる。お、おねだりだと!? 何だ、そのいかがわしい響きは!


「心配しなくても、魔王さまを横取りしたりしないわよ。ワタシのお願いは決まっているから」

「あんたが言うと意味深に聞こえる」

「意識しすぎよ」


 そう言って、メノウが肩を叩くようにして無理矢理前を向かせた。再び、シュリと目が合う。ううむ、こうして向き合うとちょっと緊張してしまう。

 でも、大丈夫。もう決めたから。


「えっと、じゃあ……あたしから、良い?」

「良いぞ」

「それじゃあ……それじゃあ、シュリ! ちゃんとこっちを見て、うたた寝しないで聞きなさい!」


 大きく息を吸って、ビシッと人差し指の先を向けて。あたしは堂々と、言い放った。


「魔王シュリ! あたしを、あんたの側近にしなさい!」


 しん、と辺りが静まり返る。わー、やっぱり静かすぎると耳が痛くなるのねー。数日前、正にシュリと初めて会った日と同じことをしてしまった。


「……はて、ワシはついに耳が遠くなったのかのう?」

「難聴か、そのまま引退しろクソジジイ」

「ねーねー、オリガちゃん。何で側近なのー?」


 お嫁さんじゃないの? シェーラが腑に落ちないと言わんばかりに、首を傾げている。確かに、彼女の言う通りだ。

 何でも一つ、願いが叶う。誰が見ても、またとないチャンスだ。ほんの少し前のあたしだったら、迷わずそれを願っただろうし、シュリは叶えてくれたかもしれない。

 でも……それは多分、お互いの為にならない。


「ふふん、知りたい? あのね、シュリは最初……あたしにこう言ったのよ。このお城に、一週間の滞在を許可するって」

「ふむ、確かに言ったが」

「その一週間、もうとっくに過ぎちゃったんだよね。だから、とりあえずその期限を撤回して貰おうと思って。ついでに、いつまでもお客様扱いじゃ居心地悪いからさ」

「客人ではなく、側近として陛下に仕えようと? 勇者のお前が?」

「その通り! ちゃんと働くから、相応のお給料は頂戴よね」

「でもー、それだけの為なら側近じゃなくても良いんじゃない?」


 納得いかない、とシェーラが食い下がる。そう、彼女の言い分はもっともだ。でも、あたしは決めたのだ。

 ラクな方法でお嫁さんにして貰うのではなく、自分の力で彼の隣に並べるように。それに、やはり女子としては彼からプロポーズして貰いたいし。

 だから、今はこれで良い。


「……それが、そなたの望みか。オリガ?」

「うん、そう!」

「ははは、良かろう。ならば、そなたは今から余の側近だ」

「よっしゃー! ありがとう、シュリ!」

「ええ、本当に良いんですか? 勇者が魔王に仕えるだなんて前代未聞ですよ」

「確かに、魔王にと言った勇者は初めてだな。でも、だからと言って問題はない。何せ、この城は人手不足なのだから」


 何やら含みのある会話。しかし気にしない。何はともあれ、これであたしは晴れてシュリの傍をくっついて回れる立場を手に入れたのだ! しかもお金まで手に入る。

 ああ、自分の手腕が優秀過ぎて震える。


「それなら、ワタシも同じことをお願いさせて貰うわ。このお城で雇って欲しいの。出来れば武器の開発とか、研究とか、設計とか、試し撃ちとかさせて欲しいのだけれど」

「お前はお前で露骨だな!」

「良かろう、二人纏めて雇ってやる。役職などの細かいことは追々決めさせて貰う」


 承諾を得たあたしはメノウと顔を見合わせ、我慢出来ずにハイタッチをした。改めて考えると、自分達は本当に凄いことをしているのかもしれない。

 倒すべき魔王、そして魔族達と手を取り合うことが出来た。自分達はきっと、人間と魔族が共に平和を分かち合う為のきっかけになるだろう。


 何年後か、何十年後かはわからない。でも、人間と魔族はわかり合える。自分達が、それを証明するのだ。


 そして、いつの日か。シュリと永遠を約束出来るように。いつか訪れるであろう、未来の為に。まずは出来ることから頑張ろう。あたしは……勇者オリガはこの日、そう心に誓ったのであった。


 めでたし、めでたし――



「それにしても、ユウギリ。どうやら余は、少しばかり自惚れてしまっていたようだ。これしきのことも見通せなかっただなんて……まだまだ、魔王としては未熟だな」

「ううーん、流石にこれは予想出来なくても仕方がなかったかと。ほら、元々の勇者があれですし」

「……へ? 何、何のこと?」

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