第3章

1.翌日、学院にて(1)

 異例の悪魔襲撃の翌日。

 王立エーデルシュタイン学院は休講だった。


 幸いにして命を落とした生徒はいなかったものの、主な被害地域が目抜き通りだったこともあり、やはり何人か怪我人が出たらしい。それ以上に生徒の間に精神的な動揺が広がっていて、このバルトール市自体もまだ混乱しているため、というのが理由のようだ。


 かと言って、学院の門が閉ざされているわけでもなく、少なくない人数の生徒が学院にきていた。街が混乱しているとあっては友達と一緒のほうが落ち着くだろうし、互いの安否を知るためにも情報交換は必要だろう。馴染みのある大教室や学生食堂など、皆、思い思いの場所で時間を過ごしているようだ。


 僕には幸い、研究室というプライベートスペースがある。


 執務机からチェーン付きの眼鏡越しに正面を見ると、ソファには親愛なる友人――シェスター・フォン・ケーニヒスベルグが座っていた。

 金髪碧眼の絵に描いたような美少年は、優雅にコーヒーを飲んでいる。机の上には僕の分もある。


「昨日のあの騒動のとき、シェスターはどこにいたんだ?」


 僕はコーヒーを飲みながらシェスターに問うた。


「俺か? 俺もあそこにいたよ」


 彼はこともなげに答える。


「ずっと建物の中に隠れていた。やつら、知能は皆無だからな。姿を見せなければ襲われることもない」

「実に的確な判断だね」


 結局のところ、やり過ごすだけなら対処法は簡単なのだ。石像魔ガーゴイルには知性がない。そして、おそらく嗅覚も聴覚もないと思われる。目で見たものを襲うくらいしかできない。故に、隠れてさえいれば大丈夫だ。


 ただ、残念ながら、あの場ではそれが許されなかった。目抜き通りには建物が多くあるとは言え全員は収容できないし、パニックがパニックを呼んで「隠れていればいい」という簡単な判断ができなくなっているものも多くいたのだ。


「何にせよ、お互い無事で何よりだ」

「そう言っているわりには、お前は無事ではなさそうだが?」


 シェスターは鋭い目をこちらに向けてくる。


 彼の言う通りだった。至近距離で魔力弾マジックミサイルを炸裂させたり、反動バックファイアの激しい魔術を使ったりしたせいだ。しかし、どれも見た目ではわからないダメージなのだが、シェスターの目は欺けないらしい。


 僕は苦笑して誤魔化した。


「それで、何が起きてると思う?」


 シェスターが意見を求めてきた。


「正直、わからない。悪魔の大量現界なんて、終末戦争アーマゲドン以降初めてだろうね。なぜこんなことが起きたのか。なぜバルトールが狙われたのか……いや――」


 と、そこで僕はあることに気づく。


「バルトールだけとはかぎらないのか。ファーンハイト全土で、いや、世界中で同じことが起こっている可能性も……」

「あるだろうな」


 シェスターが僕の言葉を引き取る。


「そう思って俺も、リンツの親父殿に手紙を出そうとした」


 そう言えばシェスターは、ファーンハイト王国第二の都市、リンツを統治するケーニヒスベルグ侯爵の息子だったな。


 改めて考えてみれば、ここにはヴィエナ候の息子とリンツ候の息子がそろっているのか。家のためにもお近づきになりたい貴族のご子息ご息女が大挙として押し寄せてきそうなものだが、そうならないのは僕の落ちぶれっぷりのせいだろうか。


「待ってくれ、シェスター。出そうとした? 実際には出せなかったのか?」

「ああ、あの騒ぎの後だからな、列車はしばらく止まるそうだ」

「……まぁ、それもそうか」


 言われて納得した。


 この世界では街から街への人や荷物の輸送は蒸気機関車が一般的だ。手紙や荷物は、何日か分まとめて運ばれる。機関車なら昨日の石像魔ガーゴイル程度なら振り切ることはできるが、安全を考えてしばらく様子見というのも妥当な判断ではある。


「当然、バルトール伯も騎士を使って情報収集にあたっているだろうから、その結果待ちだな」

「そうだな」


 何か異常があれば中央に報告するのが、統治を任されている貴族の義務だ。アラシャの父、ベルゲングリューン伯爵も報告のために中央に使いを出しているだろうし、別の場所でも同じようなことが起こってれば、その情報も集まってきているはずだ。


「……」


 心配だな。

 ヴィエナにいる父さんや母さんは無事だろうか?


「大丈夫だろう」


 僕がそんなに物憂げな顔をしていたのか、シェスターがこちらの心中を察したように言う。


「ヴィエナやリンツにはこのバルトール以上に騎士がいる。仮にここ同様、悪魔の襲撃に遭っていたとしても、たいした被害にはならないさ」

「そうだな」


 僕は納得して、椅子の背もたれに体を預けた。


 尤も、シェスターの言葉は、襲撃が同規模であるという仮定の上に成り立っている。もちろん、そんなことは彼もわかっていることだろう。こことは比べものにならない規模の襲撃を受けていたら? などと考えていても仕方ないのだ。


 僕は話を戻す。


「今回の件、どうもヘルムートが何か知っている節がある」

「ヘルムート? ヘルムート・アッカーマンか?」


 シェスターは問い返してきた。


「ああ」


 うなずいて僕は昨日のことを説明する。


 あの混乱の中にヘルムートがいて、しかも、微塵も慌てることなくまるで傍観者のように街を眺めていたこと。やつを追おうとした僕の前に、そうはさせまいとするかのように石像魔ガーゴイルが立ちはだかったこと。


「気になるな。……そのヘルムートはどうした?」

「探してみたけど見あたらなかったよ」


 僕の探し方が悪いのか、そもそも学院にきていないのか。


 とは言え、見つけたところで、確たる証拠があるわけでもなし。あくまでも印象でしかないので、問い詰めでもはぐらかされてしまえばそれで終わりだ。


「シェスターは、今日はこれからどうするんだ?」


 僕は先の進まない考えを一旦横に置き、シェスターに尋ねた。


「俺はもう寮に帰るさ。ここにはララミスの様子を見にきただけだからな」

「そうか。心配してくれてありがとう」


 改めてお互い無事でよかったと思う。


「そういうお前はどうするんだ?」

「僕はいつも通りさ。この研究室と図書館を往ったり来たりしてる」


 幸いにして、図書館も開放されてることだし。


「動じてないな」

「単に僕が人よりやるべきことが明確で、それで誤魔化しているだけだよ」


 互いに苦笑し合う僕とシェスター。

 尤も、僕のほうはやや自嘲が入っていたが。

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