2.三人の従者たち(2)
講義が終われば昼休みだ。
さっきまで一緒だったマーリャは「エカテリーナ様のところへ行かねば」と、手早く荷物をまとめて風のように去っていった。
僕も近くの学生食堂へと向かう。
お恥ずかしい話だが、僕は友達が少ない。
最初はそうでもなかった。だが、僕が魔術の素養を失くしはじめたころから、次第に人が離れていったのだ。みんな神童や特待生というブランドにすり寄ってきていただけ、とは思わない。僕が落ちた神童となったことで、ここぞとばかりに叩き、バカにする連中が出はじめたので、巻き添えを喰うことを恐れたのだ。
そんなわけで午前中最後の講義でシェスターと一緒か、食堂で偶然彼と会わないかぎり、僕はひとり寂しく昼食となるわけだ。
「ララミス」
ランチの載ったトレイを持って、今日はひとりかなと諦めかけていたとき、僕の名を呼ぶ声が耳に飛び込んできた。
声のしたほうを見ると、そこには男女ひと組の生徒がいた。
エカテリーナの従者、イリヤとヴァシリーサだった。
男にしては少し背が低く、中性的な整った顔をしているのがイリヤ。逆に背の高い、凛々しい顔をした女の子がヴァシリーサだ。
僕が見るかぎり、三人の中に序列というものはない。だが、何かにつけてこのイリヤが先頭に立つので、どうやら彼がリーダー的な役割を担っているようだ。
「よかったら一緒に食べないかい?」
「いいね。そうさせてもらうよ」
僕はイリヤのありがたいお誘いに乗り、さっそく四人掛けのテーブルに腰を下ろした。イリヤの斜め前、ヴァシリーサの横だ。
見ればふたりはもう半分以上食べ終えていた。先の講義が早く終わったのかもしれない。
「さっきの講義、確かマーリャと一緒だったんじゃ?」
イリヤが問うてくる。
「ああ。だけど、エカテリーナのところへ行くと言って、颯爽と教室を飛び出していったよ」
「彼女は職務に忠実だから」
苦笑するイリヤ。
「そういうふたりはサボりか?」
「失礼なことを言うやつだな」
これはヴァシリーサだ。
言葉の響きほど怒ってはおらず、むしろ笑っている。
「これでも僕らだって職務に忠実なつもりだよ。エカテリーナ様からは、学校にいる間は好きにしていいと言われている。だから、その通りにしているんだ」
「なるほど」
こちらはエカテリーナの言葉を前向きなものとして受け止め、実践しているようだ。
「僕のほうはマーリャを誘ったんだけどね。あえなく断られてしまったよ」
僕を見つけて声をかけてくれるこのふたりとは大違いだ。
「彼女の態度を見ていれば脈がないことくらいわかるだろうに。意外とめげないタイプなんだな」
「待て、ヴァシリーサ。僕はただ一緒に昼食を食べようと思っただけだ。そこに他意はないよ」
「冗談だ」
ヴァシリーサは、ふふっ、と笑う。
「わかってるよ、君の本命はアラシャ先輩だろう?」
「ッ!?」
イリヤの言葉に、僕は食べていたものを喉に詰まらせそうになった。水を飲み、流し込む。
「わかっていない。どこがわかっているんだ」
「そうなのかい? 僕らの間ではアラシャ先輩だと見ているんだが」
人のいないところで、人をネタに盛り上がらないでもらいたい。
「でも、この話をするとエカテリーナ様が不機嫌になってしまうんだ」
「あと、ちがう意味でマーリャもな」
「……」
まぁ、エカテリーナは、どこまで本気かわからないが、僕を祖国につれて帰ろうと画策しているからな。マーリャはもう言わずもがなだろう。
「実際問題、申し訳ないことに、マーリャは君のことをきらっているようだ」
「みたいだね」
そのきらっている僕の話題が主人や仲間の口から出れば、そりゃあ機嫌も悪くなるというものだ。
「ただ、僕が何かしたかな、とは思うね。まるで心当たりがない」
「彼女はね、君のせいでエカテリーナ様が変わってしまったと考えている節がある」
と、イリヤ。
「は? 僕が?」
彼の思いがけない言葉に、僕は素っ頓狂な声を上げた。
確か午前の講義の前にもマーリャは、エカテリーナが変わってしまったと嘆いていた。変わったことについては僕も同感だ。それをどう受け止めるかは、彼女と意見が異なるようだが。でも、その原因が僕だというのか?
「心当たりがない?」
「残念ながら」
イリヤの問いに僕はうなずいて答えた。
「そうか」
今度はイリヤがうなずき――そこで一拍。
「それが君の罪だ」
「……」
一瞬、彼の目に穏やかならざる光が宿った気がした。
「罪にはそれ相応の報いが必要だろうね。……アラシャ先輩」
「ッ!?」
僕は思わず弾かれたように後ろを振り返った。
そこには確かにアラシャ・ベルゲングリューンがいた。これから昼食なのか、ランチの載ったトレイを持って、席を探しているようだ。
こちらを向いた彼女もすぐに僕の姿を見つけ――むっと眉間に皺を寄せた。
「こんにちは、イリヤ」
呼ばれたのに無視するわけにはいかず、アラシャはこちらに寄ってきた。
「よかったらここに座りませんか? 空いてますよ」
イリヤは中性的な相貌に爽やかな笑顔を浮かべ、そう誘いかけた。
アラシャがちらと僕を見る。
「どうしましょうか。いつもいつもわたしを避けている人がいるようですけど」
そんな嫌味を言ってきた。
多少避けている部分はあるが、その言い方は心外である。
「いつもいつもやたらと突っかかってくる人がいいなら、僕はかまわないよ」
「だ、誰がいつ突っかかりましたか!?」
「さてね」
僕はグラスを口に運び、自分で考えろとばかりに口を閉じた。
まぁ、彼女の狼狽えぶりからして、わざわざ自分の胸に手を当てて考えなくても、僕同様多少なりとも自覚はあるのだろう。
アラシャは、こほん、と咳払いをひとつ。
「わかりました。せっかくなので一緒させていただきます」
そうしてイリヤの横に座った。僕の正面だ。
「さて――」
それを待ってイリヤが切り出した。
「そろそろ行こうか、ヴァシリーサ」
「「は?」」
僕とアラシャがそろって素っ頓狂な声を上げる。
「待て、イリヤ」
「悪いね。僕たちはもう食べ終わったんだ。好きにしていいとは言われているが、そろそろ一度エカテリーナ様のご様子を見にいかないと」
しかし、僕の制止を露ほども聞かずイリヤそう言い、ヴァシリーサとともに立ち上がった。
「ごゆっくり」
「……」
僕は去っていくふたりの後ろ姿を、呆然と見送る。
視線を前に戻すと、アラシャの困り顔があった。たぶん僕も似たような顔をしているのだろう。
テーブルに僕とアラシャが残された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます