13.襲撃、再び(2)

 エカテリーナとともに、学院の正門のほうへと僕は走る。


 が、どうやらエカテリーナは運動が不得手のようで、あまり足は速くなかった。実にもどかしい。


「翔ぶぞ。オレにつかまってろ」


 僕はエカテリーナを姫抱きにした。


「『翔』!」


 そうして重力制御の高速魔術シングルシークェンスを使い、人ひとりを抱えているとは思えない……いや、仮に己が身ひとつであったとしてもあり得ない大跳躍を行う。


「おい、何を勝手に……こら、どこを掴んでおるかっ」

「あ、悪い。……なんだ、やっぱりたいしたことないじゃないか」

「ほう。許可なく鷲掴みにしておきながら、なかなか感謝の欠片もない命知らずな台詞よのぅ」


 エカテリーナが口の端をヒクつかせる。


「悪いな。緊急事態だ」

「緊急事態と言い方は関係ないわっ。……おい、こら。さっきから口調が変わっておらぬか?」

「後で戻る」


 そう短く言い捨てながら、僕はいくつかの障害物を飛び越え、或いは、踏み台にして、エカテリーナを抱えたまま跳ぶ。


 そうして辿り着いた学院の正門前。


 そこには十体を超える石像魔ガーゴイルと、山羊頭に四本の腕を持った、赤い皮膚の悪魔が二体――、




 そして、その悪魔どもと戦うひとりの少女の姿があった。




「『』!」


 妖精エルフの如き美貌の少女――アラシャ・ベルゲングリューンが、石像魔ガーゴイルの凶爪を軽やかに躱し、その隙をついて声を発する。直後、その石像魔ガーゴイルは砕け散り、打ち倒された彫像のように動かなくなった。


「ほう」


 と、僕の隣でエカテリーナが感嘆の声をもらす。


 どうやらアラシャはここで悪魔どもの侵攻を、たったひとりで喰い止めてくれていたらしい。


 すぐに加勢しなくては――そう思ったときだった。


 アラシャの死角となる真上から、また一体の石像魔ガーゴイルが襲いかかってきた。しかし、アラシャはそれに気づいておらず――、




 瞬間、前世の僕――降矢木由貴也が最後に見た景色が重なった。




 頭上から非情に、理不尽に命を奪おうと落ちてくる鉄骨。それに押し潰され『オレ』と叢雲灯子は、何もできず死んだ。


 また同じことが起こるのか……?




「灯子!」




 僕は思わず叫んでいた。


 そして、すぐにそれが致命的なミスだったことに気づく。


「ッ!?」


 僕がわけのわからない単語を叫んだことで、アラシャが弾かれたようにこちらを見たのだ。僕はもうこの世にいない人間の名前を未練がましく叫ぶのではなく、彼女の危険を知らせるべきだったのだ。


 頭上の石像魔ガーゴイルが、完全にアラシャの意識から外れる。


 が、次の瞬間、アラシャに襲いかかるべく急降下していた石像魔ガーゴイルに、一本の矢が突き刺さった。


「Gu、Gaッ!」


 屋の勢いでいくらか横に吹き飛び、今度は力なく自由落下で墜落していく。それにアラシャがちらと目をやった。


 ローファーの踵で一度、地面を打ち鳴らす。


 次の瞬間、地面から伸びた石の槍が落下する石像魔ガーゴイルを貫いた。また一体、飛魔が砕け散る。


 僕は矢が飛んできたと思われるほうを見た。

 そこには白い僧衣カソック姿で、クロスボウを手にしたアリエル・アッシュフィールドがいた。


「アリエル! どうしてここに!?」

「いえ、近くの教会でお仕事を手伝わせてもらっていたら、いやな気配がしたので飛び出してきたのですが……」


 だからと言って、クロスボウを持ち出すのもどうかと思うが、今はよくやってくれたと素直に感謝したい。


「何なんですか、ララミス先輩、これは!?」

「あいつの仕業だ」


 僕はその男を見た。


 エーデルシュタイン学院の正門を背にして立つ男――ヘルムート・アッカーマンが嗤う。


「はははははっ。この目障りな学院をぶっ潰そうと思ってたら、生意気な生徒会長殿が現れて、その相手をしていたら――今度はお前かよ、ララミス。ずいぶんと楽しませてくれるじゃないか」


 ヘルムートは愉快でたまらないとばかりに、狂気に顔を歪ませながら言葉を発する。


 どうやらやつは、アッカーマン家からすべてを奪った、或いは、ベルゲングリューン家が隆盛を誇る原因となったエーデルシュタイン学院を、次なる標的に定めたらしい。だが、幸か不幸か、まだ校内に残っていたアラシャが現れたことで、学院のへの侵攻の手が止まったわけだ。


 やつは、召喚した悪魔を支配下に置いているのか、律儀にも悪魔たちを待機させていた。


 間、僕はアラシャと合流する。


「アラシャ、無事か?」

「……」


 が、彼女は、まるで睨みつけるようにして、じっとこちらを見つめてくる。


「なに?」


 僕の問いに、彼女は一度だけかぶりを振った。


「ええ、心配ないわ。……これはどういうこと?」

「詳しいことは後で話すが、先日の悪魔襲撃の件、あれはあいつの仕業だったんだ。そして、今またこの学院を襲おうとしている」

「そう、そういうことね」


 納得するアラシャ。頭のいい彼女のことだ、今ここで理由や目的を確認することに意味はないと切り捨てたのだろう。


 遅れてエカテリーナとアリエルもやってきた。


「ヘルムートの目的は、オレとアラシャ、それとこの学院だ。危ないからふたりは下がっていてくれ」」

「いえ、わたしも手伝います」


 どうやらアリエルの持っているクロスボウはレバーアクション式らしい。レバーを引いて次の矢を装填しながら、力強くそう言った。


「こんなことならショットガンを持ってくるんでした」

「無論、わたしも残るぞ」


 エカテリーナも制服のブレザーの内側から、例の回転式拳銃リボルバーを取り出す。


 僕はアラシャを見た。


「援護があるにこしたことはないわ」


 僕は当然のように彼女を戦力として考えていたが、アラシャはそれについては何も言わず、むしろそれを大前提にして答えてきた。


「わかった。危険だと思ったら一目散に逃げてくれていい」


 エカテリーナとアリエルがうなずく。


「ふたりは後ろから援護。アラシャは、たぶん単独でも石像魔ガーゴイルを倒せるだろうけど、弱ったやつから確実につぶしてくれ」

「ララは?」

「オレはあれの相手だ」


 言いつつ、僕はそちらを見る。


 視線の先にいるのは山羊頭の魔神だ。それが二体。まるでヘルムートを守るかのように立ち塞がっている。やつのところまでいくには、四本腕の魔神を倒さなくてはならないようだ。


「大丈夫なの?」

「やれるさ。今のオレなら」


 僕は迷いなくうなずいた。


 その僕をまたもアラシャは真っ直ぐに見つめてくる。


「わかったわ。……じゃあ、いきましょうか」


 僕とアラシャはうなずき合うと、同時に足を踏み出した。


「作戦会議は終わったかよ?」

「ああ、終わったよ。今からそっちへ行ってやる。お前もここを通りたかったら、オレたちを倒すことだなッ」


 僕は地を蹴り、走り出した。


 前方から二体の石像魔ガーゴイルが向かってくる。が、僕はそいつらには備えない。


 後方からまずは銃弾と矢が飛んできた。二体の石像魔ガーゴイルそれぞれに、着弾、或いは、突き刺さる。そこにすかさず、


「『』!」


 アラシャの衝撃魔術が炸裂し、石像魔ガーゴイルは二体とも粉砕された。


 石の破片の雨の中をくぐり抜け、僕は山羊頭の赤い魔神に迫る。


 近づいてみてわかったことだが、魔神は人間の大人の三倍はあろうかという大きさで、腕の太さは僕の胴ほどもあった。


 魔神の一体が口を大きく開いた。その中に燃え盛る火が見える。


ブレスか!?」


 火を噴くつもりらしい。


 どうする!? と迷ったのは一瞬のこと。僕はすぐに意を決した。


(ここは、飛び込む……!)


 僕は肉体強化の魔術を使い、魔神の懐に飛び込んだ。さらに、そこから跳躍。山羊頭の下顎を、強化された脚力で蹴り上げる。


 魔神の頭が上を向き、さらに火を吐く寸前で口を閉じさせられたことで、ブレスが口腔内で爆発を起こした。


 着地と同時に僕は、今度は強く地面を踏み鳴らす。


「『其の名は槍。我が敵を刺し穿つ石の槍なり』!」


 次の瞬間、敷き詰められた石畳が隆起し、無数の槍が地面から飛び出した。……先ほど見たアラシャの魔術の真似だ。


 斜め下から飛び出した無数の槍が、前から後ろから突き刺さり、魔神の体が突き上げられる。


「GaaaaaaaaaaAhaaaaaaaaaa!!!!!」


 地の底から響くような断末魔の悲鳴。それが途切れると、魔神の体は光が弾けるようにして消滅した。


「まずは一体!」


 僕は残る一体に向き直る。


「■■■■■」


 魔神の口からもれるそれは、人間の耳には意味のある言葉には聞こえなかった。だが、それが魔術の詠唱であることは理解できた。なぜなら、今まさに四本の腕で抱え込むようにして、巨大な火球ができ上がりつつあったからだ。


「ちっ。『其の名は炎。我が敵を灼き尽くす爆ぜる炎なり』!」


 同じものをぶつけて相殺すべく、こちらも火球を作り上げる。

 そして、同時に投擲。


 いや、同時ではない。見てから判断した分、僕のほうがわずかに遅れた。ふたつの火球は、やや僕の側でぶつかり合った。


 爆発。


「ぐおっ!」


 僕の体が吹き飛ばされる。


 宙を舞いながら、僕は辛うじて地面を確認して上下を把握。どうにか足から着地することができた。


「『魔弾』」


 両足を接地させても未だ爆発の勢いで体が滑る中、僕は十発の魔力弾マジックミサイルを放つ。


 飛び立った魔力弾マジックミサイルは爆煙の向こうにいる魔神へと襲いかかった。

 おそらく全弾命中。


「『其の名は風。我が敵を切り刻み、寸断する鋭き無数の刃なり』!」


 さらに間髪入れず、風刃を放つ。

 一発ではない。立て続けに、時間にして一分近くひたすらに爆煙の向こうへと放ち続けた。


 そうして煙が晴れたとき、そこにあったのはバラバラになった魔神の体だった。今度は断末魔の声もなく、やはり光が弾けるようにして消滅した。


「はぁ……、はぁ……」


 息が上がる。頭がくらくらする。


 魔術は、使ったところで何かを消費するものではない。だが、兎に角、構文を組むために演算し続けなくてはいけない。頭脳労働なのだ。僕の頭脳も、立て続けの魔術に悲鳴を上げていた。


 眩暈と頭痛を堪えて、周りに目をやる。


 十体はいたであろう石像魔ガーゴイルはすでに半数以下にまで減っていた。誰にも怪我はないようだ。


 それだけを確認すると、僕はヘルムートへと向き直った。


「ヘルムート!」

「おーおー、すごいなぁ、おい。さすが神童サマだぜ。『落ちた神童』も返上していいんじゃないか?」


 しかし、ヘルムートはこの状況にも、まだ余裕を見せていた。


「だけど、俺はまだまだこんなのものじゃないぜ。……さぁ、こいよ」


 直後、地面に無数の魔方陣が描かれる。そして、仄光るその中から、再び石像魔ガーゴイルや山羊頭の魔神が現れる。


「何だと!?」

「そ、そんな……」


 後方からエカテリーナとアリエルの悲愴な声が聞こえてきた。むりもない。先ほどまで強気なことを言っていたふたりも、また振り出しに戻されてはたまったものではないだろう。


「ヘルムート、それがアッカーマン家に伝わる知識と技術というわけか」

「ああ、そうだ。だが、それだけじゃないぜ」


 ヘルムートは勝ち誇ったように笑う。


「……だ」

「やつら?」


 何を言っている? 何の話だ?


「俺は知った、やつらのことを。いつの日か、きっとやつらが俺たち人間に復讐しにくる」

「それは悪魔のことか? 悪魔がまた地上に攻めてくるという意味か?」


 悪魔どもは終末戦争アーマゲドンの末に、東の半島に追いやり、封じたはず。とは言え、確かにそれは絶対的なものとはかぎらないが……。


「悪魔? ちがうな。そんなんじゃない」


 だが、ヘルムートはそれを否定する。


「悪魔は人間を何とも思っちゃいない。あいつらは地上を、天上に攻め入るための足場くらいにしか考えていないのさ。だが、やつらはそうじゃない。やつらは人間を恨んでいる。かならず復讐にくるぞ」

「いったい何なんだ、やつらとは!?」

「おしえてやるよ。聞いて絶望しろ、ララミス。とは……ぐッ!?」


 ヘルムートが核心にふれようとしたそのときだった。その腹を、背後から三本の爪のようなものが刺し貫いていた。


「ごふっ」


 ヘルムートが血を吐いた。

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