12.襲撃、再び(1)
気がつけば、あたりはすっかり暗くなっていた。
その闇の中にイリヤとヴァシリーサが立ち、こちらに
「なるほど。あの推理はそっくりそのままお前たちに当てはまるわけか……」
「そういうことだよ」
小柄で中性的な面立ちの少年、イリヤがあっさりと白状する。
「推理? いったい何のことだ!? なぜ私たちにそんなものを向ける」
「おおかた今の
答えたのはエカテリーナだった。
「そんなっ。エカテリーナ様、私は決してそのような――」
「わかっておる。どうやらそう考えているのは、あちらのふたりらしいの」
エカテリーナの言葉に、マーリャが弾かれたようにイリヤとヴァシリーサに向き直った。
「それは本当なのか、イリヤ、ヴァシリーサ」
「ああ、本当さ」
と、イリヤ。
そこに長身の女子生徒――ヴァシリーサが続く。
「今のエカテリーナ様のお姿は、栄えあるツバロフ帝国の公女として相応しくない。愚民に交じって役にも立たない教育を受け、敬意の欠片も持ち合わせていない声に笑って応えるなど、あってはならないことだ」
「だから殺すというのか!?」
「そうさ。偽ものだよ、そこにいるのは。エカテリーナ様の顔をしているが、中身は別ものだ」
「イリヤ、それは本気で言ってるのか? 私たちの役目はエカテリーナ様をお守りすることではなかったのか?」
「守る? ちがうよ。監視さ。エカテリーナ様が愚かな考えに取りつかれないようにね」
ここにきてイリヤはすべての大前提をひっくり返す。自分たちは従者や護衛ではないと言い切ったのである。
「そ、そんな……」
愕然とするのはマーリャだ。むりもない。今までふたりのことを、同じ任務を受けた仲間だと思っていたのだから。
「ということは、命じたのは父上だな?」
一方、エカテリーナは落ち着いた調子で問う。
「その通りですよ。そして、くだらぬ思想に毒されるようであれば始末していいとも言われているのです」
「どうやら父上はよほど
「待て」
僕は思わず割り込む。
「父親が実の娘を殺せと命じたのか!?」
「で、あろうな」
微塵も驚いた様子のないエカテリーナ。
先ほどからずっとそうだ。イリヤたちが護衛役ではなく監視役だと告げたときも平静を保っていた。
「さすがラフマニノフの血統といったところか」
「感心するところかよ」
「前にも言ったであろう? 過去、兄弟姉妹と仲よくしようと思ったものほど早死にしておるとな。実際、若くて美しい
「美しいと自分で言うか? 民衆に支持されるには、もう少し体の起伏が必要じゃないか?」
「なにおう! 見てもいないくせに――」
タァン!
夜闇に銃声が響き渡り、僕たちの足元の地面に一発の弾痕が穿たれた。
「ッ!?」
「おっと」
僕たちは引き鉄を引いたイリヤを見る。
「そういうところですよ、エカテリーナ様。そうやってすぐに愚民と一緒になってバカを踊る。まったくもってツバロフの公女に相応しくない」
イリヤは嘆くように言う。
「イリヤ、ひとつ聞きたい」
「何かな、ララミス」
「なぜ僕に推理を聞かせた? あの推理はそっくりそのままお前たちにも当てはまる。いや、正確にはお前たちの動機をマーリャに当てはめた、というべきか。なぜ僕に聞かせた? 疑いの目をマーリャに向けさせるためか?」
「それもある。計画ではマーリャには、エカテリーナ様を殺し、自らも自殺してもらうつもりだった」
「なっ!?」
マーリャが絶句する。
「もしことが上手く運んだとき、マーリャはそういう考えをもっていた可能性があると、僕たち以外にも証言する人間はほしかったのさ」
「なるほど」
納得した。
「だが、僕はこうして真相に気づいた」
「そうだな。お前は私たちが思っていた以上に聡明だった。失敗したよ。人選を誤った」
と、ヴァシリーサは、己のミスを分析するように言葉を並べる。
「そう、失敗だ。でも、これくらいなら十分に取り返せる。せっかくだ。ここで君にも死んでもらうよ。僕は前から気に喰わなかったんだ」
「僕が?」
「そう。エカテリーナ様に選ばれた君がね。ツバロフにつれて帰る? 将来の夫? ふざけるのもたいがいにしてほしいな」
嫌悪感も露わに、イリヤはそう告げる。
どうやら僕はすっかりふたりの演技に騙されていたらしい。
この学院にきて変わってしまったエカテリーナを喜ぶ振りをしながら、実は欠片も認めていなかった。僕と親しげに接しながら、本当は憎悪すら向けていた。
そう言えば、イリヤは僕に対し、たびたび『罪』という言葉を使っていたか。
「ここで僕たち三人をまとめて始末したとして、いったいどんなストーリィをでっちあげるつもりだ?」
「心配性だな、君は。自分たちが死んだ後のことまで気にしてくれなくてもけっこうだよ」
イリヤは不敵に笑う。
「と言いたいところだけどね。後のことはヘルムート・アッカーマンがうまくやってくれるよ」
「ヘルムート?」
そうだ、忘れていた。ヘルムートだ。
このシナリオの中でやつはどんな役割を演じているのか……?
まず、ヘルムートが仮定の話だと前置きした上で語ったバルトールの街への憎悪や、アッカーマン家に代々伝わっているという召喚魔術の件については、真実だと見てまちがいないだろう。
一方、イリヤが披露した推理――マーリャによるエカテリーナ殺害の意思も、そっくりそのままイリヤたち自身に当てはまるだけで、これもまた真実だった。本人たちも認めている。
では、どうなる?
(このふたつがひとつに収束したのが先の悪魔大量召喚、及び、襲撃事件だった……!)
僕は素早くそこまで考え、イリヤに問う。
「お前たちとヘルムートは共謀していたのか?」
「共謀? まるであんな愚民と協力関係にあるみたいに言わないでほしいな」
イリヤは心底心外そうに言う。
「ただ単に利害が一致しただけさ」
「表現レベルの話だ。言い方はどうでもいい。答えろ、イリヤ。ヘルムートは今、どうしている?」
イリヤは『後のことはヘルムート・アッカーマンがうまくやってくれる』と言った。ならば、今まさにどこかで何らかの動きをしているはずだ。
「すぐにわかるさ」
イリヤがそう言った直後だった。
不意に、ぞわりと悪寒が走った――。
「ッ!?」
それは昨日、ヘルムートと話しているときにも感じた悪寒。あのときは直後に
恐るべきことに、いま感じた悪寒はそれとは比にならないものだった。
僕は思わず振り返る。
学院の正門。その方角が夜にも拘らず、朝焼けのように仄光っていた。
「まさか……」
「悪魔による学院の襲撃――」
僕のつぶやきを引き継ぐかのように、イリヤが答える。
「それは幸いにして夜だったが、運悪く校内に残っていた生徒が何人か犠牲になった――それが先ほどのお前の質問への答えだ」
さらにヴァシリーサが淡々と述べる。まるで講義中に教師にあてられて、わかりきった正答を答えているかのようだ。
「こうしてはおれんな」
「ああ」
「いいや、あなたたちはここで死ぬんですよ、エカテリーナ様」
ついにイリヤたちの銃が火を噴いた。
と同時、銀色の閃光が走る。
銃口を飛び出した弾丸は誰も傷つけることなく打ち払われた。
「私はエカテリーナ様の従者だ。エカテリーナ様は必ず私がお守りする」
マーリャが静かに、だが、力強く言う。
その手には、複数の刃をつなぎ合わせた蛇腹剣が握られていた。マーリャはそれを一閃しただけで、二発の弾丸を撃ち落としたのだ。
「マーリャ……!」
「何だ、それは……」
憎々しげに声を絞り出すイリヤと、驚きの声を発するヴァシリーサ。
よく見ると、彼女の握る剣のその刀身は、バチバチとかすかに紫電をまとっていた。おそらく魔術と剣技の併用だろう。
「マーリャ、
「もちろんです」
主の言葉に忠実な従者がうなずく。
「ああ、それとな」
何か続きがあるらしいエカテリーナの口調は、一転して実に呑気なものだった。
「明日も講義があるゆえな。早く帰るぞ」
「ええ。そういたしましょう」
エカテリーナの言葉にマーリャは一瞬目を見開いたが、すぐに笑顔でそう答えた。
「行くぞ、ララミス」
「わかった」
「イリヤ、ヴァシリーサ。エカテリーナ様のお命を狙うというなら、この私が相手だ。お前たちが何の役にも立たないと笑ったこのエーデルシュタイン学院で、私が何を学んだか見せてやろう」
魔術騎士マーリャ・マスカエヴァの声を背中に聞きながら、僕とエカテリーナは正門へと走った。
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