第1章

1.ララミス・フォン・ハウスホーファーと落ちた神童(1)

 現状、僕には三つの課題がある。



 

 1.魔術の素養を取り戻すこと

 2.魔術の素養が失われていく原因を突き止めること

 3.学院を卒業するまでの何らかの結果を出すこと



 

 もちろん、1が最大の課題だ。

 僕のアイデンティティは魔術の素養にこそあるのだから、これを取り戻すことが至上命題となる。


 2は、1を解決する上で必然的に通ることになるだろう。今のところ、前世の記憶と関係しているかもしれない、という漠然とした憶測はあるが、そこから進んでいない。ただ、極論、原因がわからずとも、力さえ取り戻せたらそれでいいとも言える。


 3は、1も2も解決できなかったときに備えてだ。


 養父母は僕が力を失くしつつあると知っても、ハウスホーファー家から放り出すようなことはしなかった。だからと言って、その優しさに甘えているわけにはいかない。魔術を学び、行使するものの頂点たる魔術師になれないのなら、せめて別の結果を出さなくてはならないだろう。



 

          §§§



 

「と、僕は思っているわけだ」


 午前中の教養科目の講義を終え――今は昼休み。


 僕は、テーブルの向かいに座って一緒にランチを食べるシェスターに、自分の考えを語って聞かせ、先のような言葉で締めくくった。


「まぁ、妥当なところだろうな」


 シェスターはそう同意する。



 

 シェスター――シェスター・フォン・ケーニヒスベルグは、ひと言で言えば『いいやつ』だ。


 ファーンハイト王国第二の都市リンツの領主、ケーニヒスベルグ侯爵の次男として生まれながら、貴族特有の選民思想や特権意識をもたない。


 だからだろうか。学院の特待生だった僕を疎むことも、『落ちた神童』となった僕を見下すこともなく、こうして変わらず学友としてつき合ってくれている。前世云々のバカげた話も真面目に聞いてくれる、よき理解者だ。


 僕が彼を妬ましく思うことがあるとするなら、貴族らしい気品と、多少気障な仕草も似合ってしまう美貌だろうか。



 

「ただ、俺としてはそこまで躍起になる必要はないんじゃないかとは思う」

「というと?」


 僕はチェーン付きの眼鏡越しにシェスターを見据え、彼が後に付け加えたひと言のその先を促す。


「魔術の才能がすべてじゃない。力を失ったとしても、お前はお前で次期ハウスホーファー家の当主になればいい」


 一理ある意見だった。


 この世界において魔術は人の価値を量る絶対的なものさしというわけではない。代々騎士の家系もあれば、教皇庁(バチカン)に身をおく聖職者の家系もある。ハウスホーファー家は魔術師の家系だが、それに代わる身分になるなり、成果を出すなりすれば体面は保てるだろう。


「だけど、僕が納得しない」


 僕はきっぱりと答える。


 そう、それでは僕が納得しないのだ。

 養父母であるハウスホーファー侯爵夫妻は、魔術の才能を見込んで僕を養子にした。実の両親は、同じく僕の魔術の才能を伸ばし、いつの日か世に役立てるために僕を養子に出した。ならば、僕はその期待に応え、そこで結果を出すべきだろう。少なくとも、まだ諦める時期ではない。


「お前のやりたいようにすればいいさ」


 シェスターはそう言って、苦笑した。


 もちろん、無駄な努力をする僕を嘲笑ったのではない。僕の諦めの悪さを肯定した上で、呆れたように笑ったのだ。


 程なくして、ふたりとも昼食を食べ終えた。


「さて、午後からは専門科目の講義だな」


 ここ、王立エーデルシュタイン学院にはいくつかの学科がある。

 例えば、僕やシェスターが在籍する魔術科、聖職者になるための神学科、法律や政治学を学ぶための法・政治学科、などなど。


 午前は全学科共通の教養科目の講義があり、午後から各学科の専門科目の講義や実習――というのが基本的な構成だ。

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