9.襲撃(1)

 僕たち五人――アラシャにアリエル、エカテリーナ、マーリャ、そして、僕は、公園へと移動した。


 最初にアラシャと待ち合わせをした公園だ。

 まさかスタート地点に、こんな大所帯になって戻ってくるとは思わなかった。


 公園は相変わらず憩いの場所として賑わっている。飲みもの片手に楽しくしゃべっているグループ、買いものの戦利品を広げて満面の笑みで見せ合っている女の子たち。――そんな光景が広がっていた。


 僕たちも空いていたベンチのひとつに陣取った。


 詰めれば三人は座れるであろう小さなベンチにエカテリーナとアリエルが腰を下ろし、僕とアラシャ、マーリャは立っている。エカテリーナと並んで座るアリエルは、やはり緊張の面持ちだ。


「それにしても――魔術科の生徒会長殿が、休日にララミスと仲よく歩いておるとはな」


 エカテリーナは、何やら愉快そうにアラシャへと目を向けた。


「わ、わたしはただ、ララが研究ばかりしてるから気晴らしをさせようと思っただけです」

「それが大きなお世話なんだけどな」


 好きでやっているとまでは言わないが、魔術の素養が失われていく原因の究明は自分のためであり、養父母や家のためにも必要なことだ。必要だからやっていることなので、できればほうっておいてもらいたい。それに僕自身、研究はそれほどきらいではない。実際、僕の知識は日々増えつつある。


「まぁ、よいではないか。こちらとしてもふたりが一緒のところを久々に見れて、満足しておる」


 言葉通り満足げにエカテリーナは言う。


 ふたり一緒のところなんて何度も見ているだろうが、この場合は言い争いをしていない僕とアラシャ、という意味だろう。


「エカテリーナ様は昔のふたりを知っておられるので?」


 と、アリエルが問う。


 たぶん今年入学のアリエルには想像がつかないのだろう。僕がアラシャを煙に巻いて逃げて、その背中にアラシャが文句を言い散らしたり、アラシャが僕に突っかかってきて僕が逃げたり。そんなところばかり彼女は見ているからな。


「ああ、知っているとも。わたしがララミスと知り合ったときはそうだった。あまりに仲がいいので最初は許婚かと思ったものよな」

「ち、ちがいますっ」


 甚だしい勘違いに、アラシャが慌てて否定する。


 この世界の貴族階級の間ではそういうのは珍しくない。貴族同士で婚姻を結び、つながりを強固にするのだ。


(日本じゃ考えられないことだな……)


 と、そこまで考えて、「あぁ、これはまずい」と思った。


「とは言え、そのうちに何やら毎日のようにケンカをはじめたがの」


 僕の思考をエカテリーナの声が遮る。


「まぁ、今のうちにせいぜい思い出を作っておくがよい。学院を卒業したら、ララミスはわたしがツバロフにつれて帰るゆえな」

「何度も言ってるけど――僕は行かないよ」


 いつもはっきり言っているのに、どうやったらわかってくれるのだろうな。皇族として生まれたもの特有のわがままだろうか。


「そんな話があるの?」


 初耳だとばかりに、目をぱちくりさせながらアラシャが聞いてくる。


 そうか。彼女は知らなかったか。


「エカテリーナが勝手に言ってるだけだよ」

「貴方、わかってるの? 貴方は家を継がないといけないのよ?」

「わかってるよ。だから、行かないって言ってるだろ」


 僕にはやらないといけないことがある。


 僕の才能を見出し、それを伸ばすためにエーデルシュタイン学院に入学させてくれた養父母のためにも、僕は一刻も早く魔術の素養を取り戻し、ハウスホーファー家を継ぎ、引き続き首都ヴィエナの統治の一角を担う――。それが僕に課せられた使命だ。


「あれれ? もしかしてエカテリーナ様とアラシャ先輩による、ララミス先輩の取り合いですか?」

「アリエル、それはちがう。断じてちがうぞ」


 僧衣カソック姿で何を頓珍漢なことを言ってるのだろうな、この見習いシスターは。


「ほう。アラシャはそうだったのか。面白い。受けて立とう」

「ちがうと言ってるわ」

「おい、マーリャ。お前からもエカテリーナに言ってくれ」


 アラシャがぴしゃりと言い、僕はマーリャに助けを求めた。


「もう私は知らん。エカテリーナ様の好きにさせることにした。いちおう私はお前を応援している。お前などに我が祖国の地を踏ませたくないからな」


 マーリャは腕を組み、不機嫌顔で仁王立ち。こちらはこちらでなかなか複雑な心境のようだ。


「……」


 僕は天を仰いでため息を吐く。


 改めて見れば、アラシャとエカテリーナとアリエルの三人がやいのやいのと噛み合わないやり取りをし、それをマーリャがむすっとした顔で見ている。


 何ともバカな光景だ。


 あまりにもバカバカしくて――不意にそれが滲むようにしてぼやけた。四人の姿がよく見えなくなる。


(あぁ、くそ……)


 ほら、見ろ。案の定じゃないか。


「ララ、どうしたの!?」


 僕の異変に最初に気づいたのはアラシャだった。


「……大丈夫だ」


 僕は、涙を流していた。

 泣いている顔を見られたくなくて、眼鏡を外して掌で顔を覆う。


 やっぱりだ。こうなる気はしていた。




 ――




 ララミス・フォン・ハウスホーファーを押しのけて振矢木由貴也が前に出てくれば、アラシャと僕が助けられなかった叢雲灯子を重ね、さらには目の前の彼女たちと今はもう会うことの叶わない友人たちを重ねた末に、こうなるのは自明の理だった。


「でも、ララ……」

「大丈夫だと言ってる!」


 気がつけば、心配して寄ってきたアラシャの手を振り払っていた。


 沈黙。

 僕に四人の視線が集まる。


 一瞬、僕自身も自分が何をしたのかわからず――ようやく理解したときには、己のあまりのバカさかげんに何も言えなかった。せめて謝らなければ。そう思って口を開きかけたとき、先にアラシャが発音した。




「何か飲みものを買ってくるわ。ララ、貴方は座って待ってなさい」




 彼女はまるで逃げるかのように踵を返し、目抜き通りへと歩いていった。


「大人よな」

「そうですね」


 その背中を見送りながら、エカテリーナとアリエルがつぶやく。


「それに比べて、貴様は何をやっているのだ?」


 マーリャが僕に軽蔑の視線を向けた。

 返す言葉もないな。


「ほら、ララミス先輩。座ってください」

「……ああ」


 僕はアリエルに促され、彼女とエカテリーナがあけてくれたベンチに腰を下ろした。


 自分の愚かさに頭を抱える。


 いいかげんに割り切らないと。僕はララミス・フォン・ハウスホーファーであって、降矢木由貴也ではないのだと。アラシャ・ベルゲングリューンと叢雲灯子は似ても似つかない別人なのだと。このままでは僕は灯子の面影を垣間見せるアラシャを避け続けなくてはならなくなる。


 そもそも僕に甦った前世の記憶は、いったい何のためにあるのだろうか。


 今のところ、僕の気持ちをかき乱すだけで、何の役にも立っていない。それどころか僕が魔術の素養を失う原因になっている節すらあって、僕という人間に多大な悪影響を与えている。


(いや、代わりに得たものは……)




「おい、何だあれ……」




 不意にそんな声が耳に飛び込んできた。


 顔を上げる。一見して異常は見あたらなかった。次に周りを見る。みんな遠くの空に目をやっていた。指をさしているものもいて、おおよその方向がわかった。


 僕も立ち上がり、そちらを見る。


「何だ、あれは……?」


 雲ひとつない蒼天に黒い複数の点。

 それがこちらに近づいてくる。


 翼を羽撃かせているような動きがかすかに見て取れた。


 鳥か?

 いや、ちがう。見間違いでなければ、翼の下は人型だ。


「『透視』」


 高速魔術シングルシークェンスを行使。


 視覚を強化した僕の目に映ったものは――。




石像魔ガーゴイルの、群……!?」

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