8.休日の過ごし方(5)
エカテリーナと、その従者であるマーリャがオープンカフェにいた。
僕らを見つけ、手を振ってくる。それに応じてこちらも手を上げると、エカテリーナは手招きをはじめた。
「こっちにこい、だそうだ」
僕は苦笑する。
人を呼びつけはしても、自分から寄っていく気はないようだ。まぁ、カフェの席をとっているのだから、それも仕方なしか。
「行ってみよう」
「え?」
驚きの声を上げたのはアリエルだった。
「なに、噛みつきはしないさ」
「それはそうでしょうけど……」
常に周りを三人の従者で固めていたかつての彼女なら近寄れば噛みついたかもしれないが、今はそんなことはないだろう。
僕はさっそく彼女たちのもとに足を向けた。
「やあ、エカテリーナにマーリャ。休日を満喫しているようで何よりだ」
「うむ。今日はな、コーヒーを買いにきたのだ」
得意げに答えるエカテリーナ・ラフマニノフ。
見れば彼女は、淡い色のドルマンカットソーに青色のキュロットという装いだ。本日は澄んだ湖面のような水色の目のほうを眼帯で覆っている。露出しているのは紫暗の瞳。陽射しを受けて、屋内で見るよりも明るく見える。まるで不吉ないわくつきの、神秘的な宝石のようだ。
「今度、お前の研究室に持っていく。置いといてくれ」
エカテリーナはテーブルの上にある紙袋を示す。
「本当に自前で用意するつもりか。そこまで僕の選んだコーヒーを否定されると、少しばかり傷つくな」
「貴様、勝手に飲むなよ」
これはマーリャ・マスカエヴァ。
細身のパンツに白のブラウスという飾りっけのないスタイルで、今日も例の如く僕に敵愾心剥き出しである。
「マーリャ、今日はイリヤとヴァシリーサはどうした? 一緒じゃないのか?」
僕が休日にアラシャと一緒にいるところを見られたら、また何か言われそうだ。席を外しているだけなら、早々に退散しよう
「あのふたりなら今日は別行動だ」
マーリャがむっとしながら答える。
この不機嫌さは僕に向けたものではなさそうだ。
「まったく。エカテリーナ様をお守りする役目を何だと思っているんだ」
断片的な情報をつなぎ合わせるに、どうやらエカテリーナの護衛兼相談役(という名の話し相手)に就いたのは、イリヤとヴァシリーサが先らしい。その後、公女の留学にあたってもうひとり必要だろうということになり、三人目としてマーリャが選ばれたようだ。
故に新参者のマーリャは、古株であるイリヤとヴァシリーサに少なからず対抗心を抱いているのだろう。魔術の素養が高かったことで、ひとりだけ魔術科で入学したこともそれに輪をかけているのかもしれない。
「いいではないか。このファーンハイトに留学してきて一年と少しになるが、未だ危険な目に遇ったことはない。マーリャひとりおれば十分よ。……さて、それはそうと――」
と、エカテリーナが次に目を向けたのはアリエルだった。
「そこで気配を殺しておるのはアリエルではないか?」
「っ!?」
アリエルが体を小さく跳ねさせる。ギクッ、と擬音が聞こえてきそうな動きだった。
確かに彼女は、体半分隠すようにして僕の後ろに立っていた。そんなにエカテリーナに見つかりたくなかったのだろうか。
おずおずと出てくるアリエル。
「エ、エカテリーナ様におかれましてはご機嫌麗しく――」
「よいよい。ここでは
しかし、彼女の挨拶を遮って、エカテリーナはどうでもよさそうにひらひらと手を振る。
なるほど。アリエルはエカテリーナがツバロフの皇族だから緊張していたのか。
教会の加護や魔術ではなく、最先端の科学による通常兵器で軍事大国とまで呼ばれるようになったツバロフ帝国の皇族は、他国の人間には畏怖の対象かもしれない。僕も初めてエカテリーナを見たときは似たような印象だった。
「さて、いつまでも学友たちを立たせておくのも失礼だな。座って好きなものを頼むといい。ここは
「さすがに太っ腹だな。でも、いいよ。それこそ一介の学生同士なんだ。理由もなく奢ってもらうのは申し訳ない」
「む、そうか?」
エカテリーナは少しばかり残念そうだった。
「じゃあ、僕らはここで」
「とは言え、せっかく会ったというのにもう別れてしまうのはもったいないな。……
即断即決。
こちらに何も聞かず、勝手に決めてしまうあたり、実にエカテリーナらしい。
「では、会計をすませてきます」
マーリャが感情の乏しい声でそう言うと、テーブルの上にあった伝票を持って立ち上がった。
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