10.襲撃(2)
それは確かに下級の悪魔、
十、いや、二十体はいるだろうか。
「多すぎる……!」
数体が群から離れ、散り散りに降下していく。たぶん獲物となる人間を見つけたのだろう。
「くっ……」
誰かが襲われているかと思うと、無力感に体が震える。
「ララミス、あれはなんだ!? 何かわかるのか?」
エカテリーナの声にはっと我に返る。
そうだ、歯噛みしている場合ではない。やつらは最終的に、人が多く集まるこの目抜き通りに降下してくるにちがいない。こうしている間にも悪魔どもの姿は大きくなっている。確実に近づいてきている。
「
「え?」
「
すでに魔術を使うなりして気づいているものもいただろうが、僕はここにいる全員に知らせるつもりで叫んだ。
「
「そんな! あの数……あれがぜんぶそうなの!?」
「に、逃げろー!」
公園の中が騒然となる。判断の早いものは、すでに目抜き通りへと駆け出していた。
(問題はここが公園だということだな)
目抜き通りの商店を見て歩いているときなら、近くの建物に飛び込んだだろう。だが、ここは公園だ。一度通りに出てから、その上で避難できそうな場所を探さなければならない。その間にもやつらは近づいてくる。
(僕ひとりならどうとでもなるが……)
たぶん
「ダメです。間に合いません。エカテリーナ様、茂みに身を隠しましょう」
マーリャの声だった。
彼女も僕と同じことを考え、素早く判断を下したのだろう。すでにエカテリーナの手を引き、通りとは反対方向に走り出している。
僕にはその選択が正しいかはわからない。だが、マーリャ・マスカエヴァは王族の護衛として訓練を受けた少女だ。その判断は信じるに値するだろう。
「アリエル、僕たちも行こう」
「え? あ、はいっ」
彼女たちに続き、僕とアリエルも走り出す。そうしてエカテリーナとマーリャとは少し離れた茂みに飛び込み、身を隠した。
目抜き通りからは悲鳴や怒鳴り声が聞こえてくる。ここからでは襲われているのか、単にパニックを起こしてのものなのか判断がつかない。
息を殺し、身をひそめる。
「アラシャ先輩は大丈夫でしょうか……」
「ッ!?」
ふとつぶやいたアリエルの言葉に、僕ははっとする。
「そうだ、アラシャ……!」
「どこに行くつもりですか、ララミス先輩!」
茂みから飛び出そうとした僕の腕をアリエルが素早く掴み、引き戻す。
「アラシャを探しにいく」
「ダメです。危険です!」
「それくらいわかってる。わかってるから行くんだ。僕は今度こそあいつを助けないといけないんだよ!」
僕とともに落ちてくる鉄骨の下にいた灯子。僕は彼女に何もできなった。せめて灯子だけでもと、突き飛ばしていれば助かったかもしれない。或いは、今の僕――ララミス・フォン・ハウスホーファーのように魔術を使っていれば……。
でも、僕は何もせず、鉄骨に押し潰されて死んだ。一緒にいた灯子もどうなったかわからない。
僕にまた同じ愚を犯せというのか。
「今度こそって何ですか!? さっきからおかしいです。ララミス先輩らしくない。こういうときこそ落ち着いてください」
「く……」
僕はまたも歯噛みする。
「いいですか」
アリエルが僕の手を握った。
「ここにいるわたしたちより、アラシャ先輩のほうがよっぽど安全です。目抜き通りなら隠れる建物はいくらでもあるんですから」
そうしてまるで子どもに言い聞かせるよう説く。
確かにそうだ。頑丈な建物に逃げ込めと言ったのは、ほかならぬ僕だ。アラシャは今まさにそこにいるじゃないか。
「あ、ああ、そうだな。その通りだ」
僕がうなずいたそのときだった。
「ダ、ダメだ! こっちにも、もう……!」
大学生らしき青年が数人、悲愴な悲鳴を上げながら戻ってきた。しかも、よく見れば彼らは、先刻アリエルにからんでいた貴族の学生たちだった。……どうやらマーリャの判断通りだったようだ。もう悪魔どもが目抜き通りに舞い降りてきたらしい。
僕は公園の出入り口に目をやった。が、彼らが
と、思った矢先だった。
彼らの前に一体の
「Kyyyyyyyyyyyyyyyyyy!!!!!」
金切り声のような咆哮を上げた。
学生たちが脱兎の如く逃げ出す。だが、ひとりだけ尻もちをついてしまった。もうすでに恐怖が限界にきていたのだろう。再び立つことはできないようだ。
「く、くるな! くるなよぅ……」
それでも泣き叫びながら、必死で距離をとろうとする。
助けなければ!
――『オレ』を使え!
僕の中でもうひとり僕が言う。
わかっているさ。バカな貴族のお坊っちゃまでも、目の前で悪魔に惨殺されては寝覚めが悪い。
だが、次の瞬間、僕よりも早く飛び出す人影があった。
アリエルだった。
白い
彼女は、今まさに襲いかかろうとしている
と同時、半透明の障壁が展開する。
直後、振り下ろされた凶爪はその障壁によって弾き返された。
よく見れば、アリエルの右の人差し指には指輪が嵌められていた。一見して何の変哲もない銀の指輪だが、どうやら身を守るための
「???」
だが、所詮は知能のない下級の悪魔。拳でその障壁を闇雲に叩きはじめた。
「だ、だめ。このままじゃ……!」
その衝撃はアリエルにも伝わるのか、彼女は苦悶の表情を浮かべる。
僕はチェーン付きの眼鏡を外した。
「『其の名は風――」
僕は魔術発動のトリガーとなる言葉を紡ぐ。
が、その直後、あろうことか
「き、きゃーーー!!!」
二体の
(どうする!?)
一瞬、僕は迷った。
アリエルが耐えることを信じて、このまま
「よい。策があるなら続けよ」
エカテリーナの声。
なんと彼女は
タァン タァン
立つ続けに二度の銃声。発射された弾丸は二体の
「Guoooooooooooooooooooo!!!!!」
石の体でも痛覚があるのか、
「苦しかろう。聖別された銀の弾丸だ。我々人間には痛くも痒くもないがな」
「いえ、エカテリーナ様、人間でも普通に死にます」
「なんと、そうなのか?」
バカな会話をしている。だが、納得した。それならば悪魔にも効果的だし、石の体の
悪魔どもが怯んだ。
(これならいける!)
僕は改めて言葉を紡ぐ。
「『其の名は風――』」
僕の眼前に魔方陣が描き出された。
「『我が敵を切り刻む鋭き刃なり』!」
そして、それが完成した次の瞬間、そこから不可視の風が走り、二体の
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