11.襲撃(3)
「大丈夫ですか?」
一難去って、アリエルが尻もちをついている貴族の学生に尋ねた。
僕も駆け寄り、彼に手を差し伸べる。
「立てるか?」
「あ、ああ、すまない」
学生は僕の手を取ると、どうにか立ち上がった。
「あんた、すごいんだな。それで何で『落ちた神童』なんて呼ばれてるんだ?」
度肝を抜かれたように問うてくるが、僕はそれを無視する。
「……言うべきことはそうじゃないし、僕でもないはずだ」
「そうだな」
彼はそう言うと、アリエルに向き直った。
「お嬢さん、ありがとう。助かったよ」
「いいえ」
アリエルはにっこり笑って答える。
まったく。ついさっき自分を不愉快な目に遭わせた男を命がけで助けるなんて、お人好しが過ぎるというものだ。
「兎に角、今はどこか安全な場所を探して隠れてください。いずれ騎士団の皆さんが駆けつけてくれるはずです」
「ああ、わかった。そうする。お嬢さんも気をつけてな」
そう言うと踵を返す――が、その動きがぴたりと止まり、再びアリエルと向き合った。
「さっきは悪かったな」
改めてそう言うと、彼は今度こそ去っていく。
アリエルはやっぱり笑顔で応じ、その後ろ姿を見送った。
「『護りの指輪』か。よいものを持たされたな」
貴族学生と入れちがいに、遠巻きに見ていたカテリーナとマーリャが寄ってくる。
『護りの指輪』。
確か対物、対魔力の両方を兼ね備えた障壁を展開する
「そういうエカテリーナ様は、聖別された銀の弾だとか」
「うむ」
エカテリーナは満足げにうなずくと、慣れた手つきで
今回特筆すべきは聖別されているという銀の弾丸のほうなのだが、
「国を出るときに宮殿の宝物庫からヘチくってきた」
「へ、へち……」
あまりにもあんまりな言い方に、アリエルが目を丸くする。
要するに、こっそり持ち出したということらしい。きっと発覚したときは大騒ぎだっただろうな。案外死蔵していて、未だ誰も気がついていないかもしれないが。
と、マーリャが僕のほうへツカツカと寄ってきた。
「ララミス、見たぞ。貴様、何だあの力は!?」
「……」
いや、詰め寄るという表現のほうが適当か。顔が怖い。
やはりマーリャの目は誤魔化せないようだ。知識のないエカテリーナやアリエル、赤の他人のさっきの学生なら兎も角、さすが高い魔術の素養をもって魔術科に入学しただけはある。講義での僕も知っているしな。
「エカテリーナ様の銀の弾丸で弱っていたとは言え、一撃で
マーリャは怒りも露わに、一気にまくしたてる。
「そんなつもりはない。あれこそが僕だよ」
「じゃあ、今の貴様はなんだ!? 貴様ではないとでもいうつもりか!?」
「かもね」
少なくとも今の僕はララミス・フォン・ハウスホーファーなのか降矢木由貴也なのか、自分でも曖昧だ。
「……バカにした答えだな」
マーリャは吐き捨てるように言う。
「悪い。自分でもうまく言えないんだ」
「もういい」
彼女は熱を逃がすようなため息を吐いた。どうやらこの件に関して問答しても埒が明かないと思ったのだろう。尤も、僕も似たようない心境なのだが。
「……眼鏡」
「うん?」
「眼鏡、かけなくていいのか?」
言いながらマーリャは、僕の胸の前にぶら下がっているチェーン付きの眼鏡をちらと見た。
「ああ、これか。いいんだ。別に目が悪くてかけてるわけじゃないんでね」
僕は眼鏡の弦の部分を折りたたむと、胸のポケットに挿し込んだ。まだしばらくはかけないほうがいいだろう。
「つくづく人を喰った受け答えをするな、貴様は。講義のとき、いつも歯痒い気持ちで見ていたこちらがバカみたいだ」
「そうか。心配かけているようで、すまない」
「誰が心配していると言った! 貴様、勘違いも甚だしいぞ」
「……」
あー、うん。そういうことにしておこうか。
話が一段落したところで、エカテリーナが目抜き通りのほうへ目をやった。僕もつられてそちらを見る。
通りからは今も悲鳴や怒鳴り声が聞こえている。先ほどよりも悲痛なものが混じっているので、状況はさらに逼迫しているようだ。
「では、行くか」
エカテリーナが歩き出す。手には先ほどの
「お待ちください、エカテリーナ様」
「うん? なんだ?」
マーリャに呼び止められ、エカテリーナが足を止める。
「どこへ行かれるおつもりですか?」
「決まっておる。人々を助けに行くのだ」
問いかけにきっぱりと答える。
「弾丸もそれほど持ってきておらぬし、悪魔どもをすべてを駆逐できるとも思っておらぬ。だが、騎士団が駆けつけるまで、今まさに襲われているものを助けるくらいのことはできる」
「おやめください。危険です」
「丸腰で襲われているもののほうがよっぽど危険であろうが」
「民がいくら死のうが御身のほうが大事です」
マーリャも負けじときっぱり言い切る。
言い切ってしまった。
僕たち四人の間に沈黙が降りる。
マーリャは自分の言葉の非情さに気づき、はっとしたものの――エカテリーナから目を逸らしたのはわずかの間のこと、再び毅然とした態度で主人に向き合った。己の信念に照らし合わせて、何もまちがったことは言っていないと思い直したのだろう。
僕の横でアリエルが何か言いかけたが、僕は無言でそれを手で制した。……ここはエカテリーナを信じたい。
「ここがツバロフならその理屈も通じようがな」
常冬の国の公女は、従者を咎めるわけでもなく、静かに己の言葉を紡ぐ。
「だが、そこにいるのは我が国の民か? ちがうであろう。世界に悪名高い軍事国家の公女とその従者すらも留学生として受け入れてくれたファーンハイトの国民であり、
その発言にアリエルが嬉しそうに目を見開き、僕を見た。
僕もうなずき、応える。
「……マーリャ」
エカテリーナは改めてマーリャに呼びかける。公女の紫暗の瞳が従者を見た。
「
「くっ……」
マーリャは顔を伏せ、唇を噛む。
「……やはり貴方は変わってしまわれた」
「かもしれぬな。だが、
エカテリーナはどこか誇らしげにそう言い切った。
「さて、マーリャ。
それは即ち、従者を続けるか辞めるかの問いでもあった。
それに対しマーリャは、
「……おともさせていただきます」
その手には、いったい今までどこに隠していたのか、いつの間にか細身の
それにしても、銃と剣か。恐ろしいふたりだな。さすが軍事大国。
「すまない、エカテリーナ。行くのならアリエルもつれていってくれないか? どこか安全な場所があれば、そこに置いていってくれたらいい」
物騒なふたりではあるが頼もしくもある。そばにいれば安心だろう。
「それはかまわぬが……ララミスはどうするのだ?」
「僕はアラシャ先輩を探しにいく」
「ララミス先輩!?」
アリエルが悲痛な声を上げる。
「悪いな、アリエル。僕はどうしても行かないといけないんだ」
聡明な彼女のことだ。きっとどこか安全なところに隠れているだろう。だが、それでも僕は探さずにいられない。
「わかりました。でも、気をつけてくださいね」
アリエルは泣きそうな顔で言う。
僕は再びうなずいて応えた。
もちろんだとも。何もできずに死ぬのは一度で十分だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます