12.襲撃(4)
エカテリーナやマーリャ、アリエルたちと別れ、僕は目抜き通りを往く。
目抜き通りには、的確な判断でどこかに隠れたものも多いだろうが、その一方でどうしていいかわからず未だ右往左往している人々も多くいる。
友人とはぐれたのか、泣いている少女がいた。
「とりあえず、どこか建物の中に隠れるんだ」
「う、うん……」
声をかけ、安全なところに行くように促す。
今度は、
「そこの方、彼も一緒につれていってあげてください」
「お、俺か? ……よし、任せろ。兄さん、立てるかい?」
彼は最初こそ戸惑っていたが、それもわずかのこと。すぐに快諾し、学生の肩を貸して歩き出した。こういうときは名指しした上で、はっきりと頼むのがコツだ。
そんな混乱の中で、僕は見たことのある顔を見つけた。記憶に間違いがなければ、確かエーデルシュタイン学院の魔術科の女子生徒だ。
「悪い。アラシャ・ベルゲングリューンを見なかったか?」
「え、生徒会長? ううん、見てないわ」
「そうか。ありがとう。気をつけて」
僕はそうやって魔術科の生徒を見つけては、アラシャを見ていないか聞いて回る。
「くそっ。騎士団はまだかよっ」
間、そんな悪態をつく声がそこかしこで聞こえた。
おそらく騎士団の到着まで、まだもうしばらくかかるはずだ。なぜなら、
視線を上へ向けると、数体の
「Gyッ!」
空を飛んでいた一体が急降下してくる。獲物を見つけ、狙いを定めたのだ。
「ちっ。……『魔弾・改』!」
僕が言葉を発した直後、指先のそのまた先に魔方陣が瞬時に描き出された。そこから三発の
それらは逃げまどう人々の間を縫って飛び、今まさに少女に背中に襲いかかろうとしていた
石の欠片をまき散らし、吹き飛ぶ下級悪魔。
『魔弾・改』は、威力は低いものの複雑な機動が可能で、
ほっと胸を撫で下ろして――ふと、僕は奇妙な光景を目にした。
街路樹の下に男がいた。
その男は、この混乱の直中にありながら、まるで自分だけ傍観者であるかのように街の狂騒を眺めている……。
見知った顔だった。
その男は、ファイアールマルク辺境伯アッカーマン家の長男――
「ヘルムート!」
僕は男――ヘルムート・アッカーマンに駆け寄った。
ヘルムートは僕を見ると、可笑しそうに笑う。
「ははっ。なんだ、お前もいたのかよ、ララミス」
「あ、ああ」
僕はその様子に戸惑いを覚えつつも、ヘルムートに尋ねた。
「ヘルムート、アラシャ先輩を見なかったか?」
「あの生意気な平民出の生徒会長殿か? いいや、見てないな」
気がつけば僕は、この緊迫した状況にも拘わらず、いつも以上に人を見下した言い方をするヘルムートを睨みつけていた。
「おっと、悪い。そんな怖い顔するなよ。だけど、あの女を見てないのは本当だぜ?」
「そうか」
「じゃあな、ララミス。生きていたらまた会おうぜ」
ヘルムートが踵を返し、悠然と去っていく。
「待て、ヘルムート。……ッ!?」
その態度を不審に思い、僕は後を追おうとした。
が、そのタイミングで、運悪く一体の
「Kyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy!!!!!」
耳障りな威嚇の咆哮を上げる。
「きゃあああああ!!!」
「で、出たァ!?」
「ひいいいいぃぃぃ!!!」
通りに降り立った悪魔の姿に、人々が散り散りに逃げまどう。
「『魔弾・
僕は咄嗟に
「『其の名は炎。我が敵を焼き尽くすものなり』!」
さらに後ろに下がりつつ炎で灼く。
「GyyyyyyyyyyAhaaaaaaaaaa!!!!!」
断末魔の叫び声を発しながら、
悪魔を一体葬り、僕は視線を前に向ける。
「ヘルムートッ」
やつの姿はさらに遠くなっていた。やはり周囲の混乱など自分には関係ないとばかりに、微塵も慌てることなく歩いていく。
僕は再びヘルムートを追うべく足を踏み出した。
と、そのときだった。
「ッ!?」
またも
前だけではない。後ろにもいる。
総勢五体。
(明らかに僕を狙っている……!?)
これではまるで先ほどから僕にヘルムートを追わせまいとしているかのようだ。
いや、そんなことはどうでもいい。今はこの状況をどうにかしなくてはいけない。五体の
逃げる隙はない。
そして、そんな時間も与えてはくれなかった。
下級悪魔どもがいっせいに襲ってくる。
「オレを舐めるな! ……『雷身破霊』!」
僕の体から雷撃が迸る。
全周囲に飛び出した雷は、五体の
超短射程、超高威力の電撃魔術で、尚且つ、
ただし、
「くっ……」
僕は地面に膝をついた。
ただし、こちらも無傷ではすまない。
「ヘルムートは!?」
立てないまでも顔を上げる。だが、やつの姿はもうどこにもなかった。
「……」
仕方がない。ヘルムートのことは一旦棚上げだ。やつの態度や言動は不審だが、今やるべきことはそれではない。アラシャを探さないと。ダメージの浅くない体に鞭を入れて立ち上がろうとする。
が、その僕の頭上に影が差した。
後ろに何かが立ったのだ。無論、それが何かなんて振り返らなくてもわかる。
思考は一瞬で遠くまで届いた。
逃げる? 背中から襲われるのがオチだ。振り返って魔術を撃つか? きっと間に合わない。いいところ、至近距離で炸裂させての相打ちが関の山だろう。
「くそ……」
瞬時にそこまで判断して――僕は知らず、そう小さくつぶやいていた。
また僕は何もできずに死ぬのか? 悔しさに唇を噛み、拳を固める。
と、そのときだった。
声が聞こえた。
「『潰れなさい』!」
「ッ!?」
僕は咄嗟に前に跳ぶ。
次の瞬間、そこに見えない何か落ちてきた。
転げるようにして振り返った僕が見たのは、落ちてきた何かに潰され、粉々に粉砕される
その向こうに、彼女が立っていた。
「アラシャ……」
アラシャが駆け寄ってくる。
「ララ、無事?」
「ああ、何とかね。助かったよ。そっちも無事で何よりだ」
いつまでも膝をついていてはみっともないので、どうにか活を入れて自力で立ち上がった。
「いったいこんなところで何をやってるのよ。この騒ぎが見えてないの?」
「そっちこそ、人に言えた義理かよ」
この状況下で自ら望んで歩き回っているのはお互い様だ。
「ここは我がベルゲングリューン家が統治を任されている街よ。黙って見過ごせるものですか」
それを聞いて僕はため息を吐く。
実に正義感の強いアラシャらしい行動だ。探しにきて正解だったな。
「で、いったい何が起きてるの?」
「さてね」
こんなに大量の悪魔が出現したのは神聖暦はじまって以来、初めてのことだろう。何か知っていそうなやつはいたが、残念ながら逃げられてしまった。
「とは言え、考えるのも調べるのも後にしないといけないみたいね」
そう言ってアラシャが向けた視線の先を僕も追ってみれば、そこにはまた更なる
「またかよ……」
今度は三体だ。
「また? 何かやったの?」
「いや、心当たりはないね。……おっと、どうやら僕たちの出番はもうないようだ」
「え?」
アラシャが声を上げた次の瞬間、
さらに空気が揺らめくたびに、ひとりまたひとりと騎士が現れる。高位の騎士のみが使えるという
気がつけば、目抜き通りには三十人は下らない高位騎士が出現していた。
彼らはひと言も言葉を発さず、手の動きだけで指示を確認すると、最後にうなずき合い、散開した。
「これで大丈夫そうだな」
「ええ」
この後、一時間とたたずに残るすべての
こうして悪魔の襲撃は幕を閉じたのだった。
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