5.休日の過ごし方(2)

 バルトールの中心部にある目抜き通りを、アラシャと一緒に歩く。


 金属細工のアクセサリィショップをひやかしたり、ベーカリィカフェで美味しそうなパンを買って食べたり。書店も覗いてみた。最近では印刷技術が安定してきたので、都市部では書籍がたいぶ安く買えるようになった。新聞も休日以外はほぼ毎日刊行されている。


 裏通りの古書店に行って先史文明時代の出版物を探したかったのだが、「今日はやめなさい」とアラシャに止められてしまった。


 そのアラシャはというと、さすがは領主の娘というところか、行く先々で店主から挨拶をされていた。「お安くさせていただきますよ」というのもあったが、その都度それを彼女は丁重に断る。厚意に甘えておけば、学生の身では手を出すのを躊躇われるような銀細工のアクセサリィも買えただろうに。


 尤も、そうしないところが公正明大なアラシャ・ベルゲングリューンという少女なのだろう。


「ララ、次はあのお店に行くわよ」


 次なる目的の商店を指し示し、すたすたと歩いていくアラシャ。


「ずいぶんとはしゃいでいるな」

「は、はしゃいでなどいません」


 僕の言葉に、赤い顔で振り返る。


 目抜き通りの商店を浮かれた調子で見て歩いたり、それを指摘されて赤くなったり。信頼や尊敬はされても、どこか近寄りがたい雰囲気のあるエーデルシュタイン学院魔術科の生徒会長の姿とは思えない。


 僕は肩をすくめて「おっしゃる通りです」とゼスチャで示した。


 アラシャは歩く速度を落として、僕の横に並ぶ。


「本当に久しぶりね」

「そうだね」


 こうして一緒に歩くことがだろう。


 エーデルシュタイン学院への入学にあわせて首都ヴィエナからバルトールにきて、僕はアラシャと出会った。彼女とは、真面目で正義感が強くて融通の利かない性格だが、互いに平民の出だとこともあって、思いのほか気があった。この目抜き通りも、彼女に案内されて初めてきたのだ。僕に前世の記憶などという厄介なものが蘇らなければ、今もそういう関係は続いていただろう。


 だから、ここをアラシャと歩くのは本当に久しぶりだ。


 しかし、今のやり取りはただの前置きだったようで、アラシャは少し改まった様子で切り出してきた。


「貴方、どうしてわたしのことを避けていたの?」


 こちらが本題らしい。


「過去形で言わないでくれ。これからもできることなら避けたい」


 そこは現在進行形だ。ララミス・フォン・ハウスホーファーと降矢木由貴也はちがうと、アラシャ・ベルゲングリューンは叢雲灯子ではないと割り切れないかぎり、僕は彼女を避け続けるだろう。


「どうして? わたしのことが好きになって、意識しすぎでどうしていいかわからない、なんて言い出すわけじゃないんでしょう?」

「言わないね」

「言わないときっぱり言われると、それはそれで癪ね」


 アラシャは呆れたようにため息を吐く。


「勘違いしないでほしいんだけど、魅力がないとは言っていないよ」

「ありがとう。こういう性格だからかしらね、あまりそういうことを言われないわ」


 危うく「だろうね」と同意しかけた。


 自覚があるなら直せばいいのに、と思うが、そんなに簡単なものではないか。僕だって性格を直せと言われたら困る。


「それで、理由は?」


 アラシャは再度問うてくる。さすがにはぐらかせなかったか。


「言いたくない。僕の個人的な理由だよ」

「わたしにも話せないような?」

「そう。アラシャ先輩には話せない」


 ただでさえ前世云々なんてバカげた話なのだ。バカな話をバカな話としてつき合ってくれるシェスターなら兎も角、アラシャは真面目に受け取ってしまう。そして、何より彼女に話せば、僕が勝手に灯子とアラシャを重ねてしまっていることまで話さないといけなくなる。


「わけもわからず避けられてるわたしの身にもなりなさい」

「悪いと思ってるよ」


 まぁ、実際、たまらないだろうな。ある日突然、理由も告げられず避けられるようになるなんて。早く自分の気持ちに折り合いをつけないと。


 とは言え、せめて今くらいは楽しまないと損か。


「でも、こうやってむりやりにでも引っ張ってくれば、出てきてはくれるようね」

「……」


 また楽しむ気の失せるようなことを。

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