4.休日の過ごし方(1)

 問題の休日になった。

 何でこんなことになっているのだろう、と思いつつ、僕は待ち合わせ場所に立っている。


 先日、シェスターにことの経緯を話したら、


「ほら、見ろ」


 と、笑っていた。


 何が「ほら、見ろ」なのか考えたくもないが、このことは絶対にイリヤとヴァシリーサに話すまいと決めた。


 待ち合わせはバルトール市の中心部の目抜き通り。

 時折馬車が通りすぎていく大通りには、書店や金属細工のアクセサリィショップ、カフェといった商店が軒を連ねている。


 行き交うのは十代後半から二十代前半の、多種多様な人種の少年少女が多い。ほとんどがエーデルシュタイン学院の生徒だろうが、近年このバルトール市のさらなる学術都市化を推し進めるべく、首都にある王立ヴィエナ大学の一部の学科もこちらに移転してきているので、大学生も少なからず混じっているはずだ。


 市民が食料品を買い込む市場はこことは別の場所にあり、ここは前述の通り趣味の商店が多いので、学生が集まりやすいのだ。


 そこで僕はアラシャ・ベルゲングリューンを待っていた。


 待ち合わせ場所の近くには公園があり、というか、公園があるここを待ち合わせ場所にしたのだが、ここは歩き疲れた若者の休憩場所としてよく使われる。奥にはバスケットボールのコートもあり、最初からストバスが目的の連中も多い。


 学院には世界最高水準の教育を受けるべく異国から留学にきていて、それぞれがそれぞれの文化をもっている。そんな中でスポーツは、文化や習慣を越えて交流できる貴重な手段だ。


「バスケットボール、やったことがあるの?」


 僕が公園の向こうのコートを眺めていると、背後からそんな声が聞こえた。まるで詰問するような硬質な声音だ。


 振り返ると、そこにアラシャが立っていた。

 その表情は、声と同じく険しい。


「ずいぶんと怖い顔をしているね」

「答えなさい。バスケットボールをしたことがあるの?」


 こちらの問いのは何も答えないアラシャに、僕は肩をすくめる。


「あるよ」

「いつ? どこで?」

「一年のとき、学院の体育館で」


 それこそ異文化交流の目的で、ゲルマニクス帝国やミラノ公国の生徒を集めて、交流試合的なことをやったのだ。


「そう」


 しかし、僕が答えたにも拘わらず、アラシャの反応は素っ気ないものだった。


「バスケが何か?」

「いえ、何でもないわ。気にしないで」

「……」


 実に一方的な言い分だな。いったい今の質問の意図は奈辺にあったのだろうか。


「行きましょうか」

「行くって、どこへ?」

「貴方の気晴らしなのだから、貴方の行きたいところに行けばいいわ」

「……」


 僕は一度たりとも気晴らしをしたいと言った覚えはないのだがな。しかも、行きたいところに行けと言うわりには、自分が先に歩き出すのはどうなのだろう。まぁ、とりあえず通りを歩くことはまちがいないので、別にかまわないけど。


 遅れて歩き出したので、彼女の三歩後ろを歩く。


「アラシャ先輩の私服姿、久しぶりに見たな」


 学校では制服のアラシャも今日は、ダメージ加工のデニムパンツに半袖のキャミソールというマニッシュなスタイル。僕も似たり寄ったりで、ワイドパンツにゆったりめのシャツを組み合わせただけのラフな格好だ。


「わたしもよ」

「自分の私服姿を?」

「貴方のに決まっているでしょ」


 にこりとも笑わず、冗談を真面目に返されてしまった。


 僕はアラシャに追いつき、隣に並ぶ。


「貴方のその恰好、前にも見たことがあるわよ」

「そうかい?」


 僕に前世の記憶が甦り、アラシャ・ベルゲングリューンに叢雲灯子の面影を見るようになる前は、休みの日にこうして出かけることもあった。たぶんそのときに見たのだろう。それにしたって一年も前のことなのに、よく覚えているものだ。


「寮暮らしで手持ちが少ないのさ」


 異国からの留学生は当然のこと、エーデルシュタイン学院があるこのバルトールに住んでいないかぎり、生徒は寮生活となる。そうなるとそんなにものは増やせないのだ。


 学院には、魔術科や神学科など、すべての学科をあわせて一学年千人からの生徒がいる。おかげで学院から遠くに近くに、市の至るところに学生寮があって、中には貴族の子どもばかりが集まったバカみたいに広い寮もあるようだ。だが、僕が生粋の貴族ではないせいだろうか、そういうのは性に合わず、僕はごくごく普通の寮に入っている。国も身分も実に多種多様、雑多に入り混じっている。


 一方のアラシャは、このバルトール市の領主のご令嬢。当然、私邸から学院に通っている。私物も増やし放題だろう。


「それならそれで女の子に気づかれないように着回ししなさい」

「はいはい、努力しますよっと」


 男にそんなことを求められてもな。

 いや、貴族嫌いのくせして貴族の嗜みを身につけたシェスターなら、そうでもないのかもしれない。


「どこへ行くか決めたの?」

「ひとつ通りを入ったところにある古書店にでも行こうかと」


 ちょうど先史文明時代の魔術について調べているところだ。関連書籍を探したい。


「却下よ」


 しかし、取りつく島もなく退けられてしまった。


「貴方、わかってるの? 今日の目的は気晴らしよ?」

「……」


 行きたいところもいけない気晴らしとは何なのだろうな。僕は何か不条理なものを感じて空を仰ぎ見た。


 どこかの大貴族のものらしい飛空艇が飛んでいた。

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